時間を置かずにすぐに物事を行う様子を表す。注文や依頼を受けてから遅延なく対応する場合などに用いられる。
早暁とは、夜が明け始める頃、つまり日の出前の薄明るい時間帯を指す。早朝や明け方とほぼ同義で、一日の活動が始まる早い時刻を表す。
早計とは、十分な考慮を経ずに性急に下した判断や、軽率な計画のことを指す。物事を深く考えずに結論を急ぐ様を表し、早まった思案に基づく行動を意味する。
早耳とは、他の人よりも早く情報や噂を聞きつけること、またそのような能力を持つ人を指す。情報に敏感で、いち早く知らせをキャッチする様子を表す。
早業とは、目にも留まらぬほど素早く、しかも鮮やかに成し遂げられる技や手腕を指す。特に、驚くべき速さと確かな手際の良さを併せ持った動作や業績を形容する際に用いられる。
春の初めの時期を指し、寒さが緩み草木が芽吹き始める頃を表す。冬の名残を感じさせながらも次第に春の気配が濃くなる、移りゆく季節の趣を捉えた表現である。
早生とは、同種の野菜や果物などの中で、他の品種よりも早く成熟する性質や、その品種自体を指す。また、転じて、年齢の割に考え方や態度が大人びている子供や、早熟な人を意味することもある。対義語は晩生である。
早世とは、本来ならばまだ人生を全うすべき年齢に達していない者が、若くしてこの世を去ることを指す。特に夭折や夭逝と同義に用いられ、長寿を全うできなかった無念さや惜しみの気持ちを含意する表現である。
早稲とは、通常の稲よりも早い時期に成熟する稲、またはその品種を指す。晩稲(おくて)に対する語である。
早晩は、遅かれ早かれいつかはそうなる時が来ることを指し、物事の成り行きを予測する際に用いられる。また、時間の早さと遅さを対比して言う場合や、朝と晩という一日の時間帯を表す意味も持つ。
早鐘とは、火災などの緊急事態を告げるために急き立てるように打ち鳴らす鐘、またはその音を指す。転じて、不安や緊張から心臓の鼓動が激しくなる様子を、その鐘の音にたとえて表現する。
川の流れが速く、水勢の激しい場所を指す。特に、川底の地形が急峻なため水の流れが速くなっている箇所をいう。
歩く速度が速い様子を表す。また、そのような速い歩調で歩くことを指す。
時期が早すぎて、まだ適切な段階に至っていないことを指す。物事を行うにはまだ早いという判断を示す際に用いられる。
最早は、ある事態がすでに進行し、もはや元の状態には戻れないことを表す。また、時間の経過を強調し、ある時点がとっくに過ぎ去っていることを示す場合にも用いられる。
早鮓は、酢で締めた魚肉と飯を交互に重ねて漬け込み、一夜ほどで食べられるように調理したすしの一種である。また、魚肉を細かく刻むことで酢に早くなじませたものも指し、一夜鮨とも呼ばれる。主に夏の季語としても用いられる。
早合点とは、相手の話や状況を十分に確かめもせずに、自分勝手に理解したと思い込むことを指す。早のみこみとも言い、誤解や判断の誤りを招くことが多い。
早場米とは、気候条件により植え付けや収穫時期が早い地域で生産される米、あるいは一般の新米よりも早く収穫され市場に出回る米を指す。対義語は遅場米である。
早乙女とは、主に田植えの時期に田仕事に従事する若い女性を指す。また、転じて少女や若い女性一般を表すこともある。「早」は若々しさや瑞々しさを意味する接頭語として用いられている。
早緑月は陰暦一月の異称で、この時期に草木の緑が次第に増し始める様子に由来する。
早苗饗とは、田植えを終えた後に田の神を送る祭礼を指す。この行事は「さなぶり」とも呼ばれ、農作業の一段落を祝い、神に感謝を捧げる夏の風習である。
時期尚早とは、ある事を行うにはまだ早すぎる状況を指す。物事の実行や判断が適切な時期を待たずに焦って行われることを戒める表現であり、社会情勢や周囲の状況を考慮して機会を待つべきだと諭す際に用いられる。