一夏とは、僧侶が一つの寺院に留まり、夏の間を通して修行に専念する期間を指す。陰暦の四月十六日から七月十五日までの九十日間を指し、これは「一夏九旬」を略した呼び方である。
初夏とは、夏の始まりの時期を指す。陰暦では四月の異称としても用いられ、時候の挨拶などにも使われる。口語では「はつなつ」と読まれることもある。
夏季とは、一年のうちで最も気温が高く暑い時期を指す。特に暦の上では六月から八月頃までを指し、夏の季節を総称する語として用いられる。例えば夏季オリンピックや夏季休暇のように、他の季節と区別する際にも使われる。
夏安居の期間中に経典を書き写すことを指し、またそのようにして写経された経典そのものをも意味する。
夏至は二十四節気の一つで、太陽が黄道上で最も北に位置する点(夏至点)を通過する時期を指す。北半球ではこの日、昼間の時間が一年で最も長くなり、夜が最も短くなる。通常、太陽暦では6月21日頃に当たる。
消夏とは、夏の暑さを避け、涼を求めることを指す。特に、暑気をしのぐための方法や避暑そのものを意味し、「銷夏」の書き換え字としても用いられる。
夏の最も暑い時期を指し、季節の頂点に当たる盛夏を意味する。
常夏とは、一年を通じて夏のような気候が続く状態を指す。特に、季節の変化が少なく、常に温暖な気候が保たれる土地や地域の様子を表す際に用いられる表現である。
夏の最も暑さの厳しい時期を指し、季節が夏の頂点に達した状態を表す。真夏と同義で、厳冬に対応する概念である。
結夏とは、僧侶が夏の三か月間、一カ所に定住して修行に専念する夏安居(げあんご)の期間に入ることを指す。
「夏越」は「夏越の祓」の略称であり、六月晦日に行われる神道の禊ぎの儀式を指す。この行事は半年間の罪や穢れを祓い、残り半年の無事を祈るもので、「名越」とも表記される。
夏季に孵化し飼育される蚕のことで、夏の時期に育てられる蚕を指す。
孟夏とは、夏の始まりの時期を指す言葉で、初夏を意味する。また、陰暦における四月の異称としても用いられ、夏の最初の月を表す。
夏の暑さを避けて涼を求めること。また、暑い季節を快適に過ごすための工夫や行動を指す。
半夏生は、夏至から十一日目にあたる時期を指し、陽暦では七月二日頃に当たる。この名称は、薬草である半夏(カラスビシャク)が生える頃という意味に由来する。また、ドクダミ科の多年草である三白草の別名でもあり、水辺に自生し、夏に白い花穂をつける頃、花に近い葉の一部が白く変化する特徴を持つ。この植物はカタシログサとも呼ばれる。
夏の盛りに青々と葉を茂らせた木立を指す。夏の季節感を強く感じさせる情景を表す語で、木々が生い茂る生命力に満ちた様子を連想させる。
夏安居とは、陰暦四月十六日から七月十五日までの三か月間、僧侶が一カ所に定住して修行に専念する仏教の慣行を指す。雨期に外出を控えて集団で学問や瞑想を行うことで、僧団の規律を強化し、修行の深化を図るもので、安居または夏籠もりとも呼ばれる。
夏初月は陰暦四月の異称で、夏の始まりを告げる月を意味する。
「九夏三伏」は、夏の最も暑い時期を指す四字熟語である。「九夏」は夏の三か月、すなわち夏の九十日間を意味し、「三伏」は夏至後の三度目と四度目の庚の日、および立秋後の最初の庚の日をそれぞれ初伏・中伏・末伏と称し、これらを総称したものである。
夏の火鉢や冬の扇のように、季節に合わず役に立たないもののたとえ。また、時機を失して無用となること。
夏侯拾芥は、『漢書』夏候勝伝に由来する四字熟語で、学問や知識が豊富であることを意味する。夏候勝が経書に精通し、その教えを求めて多くの弟子が集まった故事に基づき、優れた学識を持つ人物や、多くの人々が知識を求めて集まる様子を表す。
夏癸殷辛とは、古代中国の暴君である夏の桀王と殷の紂王を指す四字熟語である。張衡の「東京賦」に典拠があり、二人の君主の悪政や放蕩を喩えて、世を乱す愚かな支配者の代名詞として用いられる。
夏下冬上は、炭火をおこす際の工夫を表す四字熟語である。季節に応じて火種の位置を変える知恵を示し、夏は炭の下に、冬は炭の上に置くと、より効率よく火がおこるという意味である。
夏雲奇峰は四字熟語で、陶淵明の四季を詠んだ詩における夏の情景を表す。夏空に湧き立つ入道雲が、あたかも奇抜な形の山峰を描き出す様を詠んだもので、顧愷之の「神情詩」にも関連して言及される。
冬夏青青とは、松やこのてがしわのような常緑樹が、寒い冬も暑い夏も変わらず青々と茂る様子に喩えて、人の節操が堅固で、いかなる時も志や信念を変えないことを表す四字熟語である。『荘子』の「徳充符」に由来する。
四季の移り変わりを表す語で、春、夏、秋、冬の一年を通じての季節の巡りを指す。転じて、歳月の経過や物事の変化、また一年中を通じての様子を意味する場合もある。