一枚の葉を指す。また、紙や写真など薄く平らなものの一枚を数える際にも用いられ、例えば手紙に添えられた一枚の写真を「一葉」と表現する。さらに、一艘の小舟を数える単位としても使われる古い用法がある。
一葉はユリ科の多年草で、漢名に由来する名称である。葉蘭(はらん)とも呼ばれる。
子葉とは、種子植物の発芽時に最初に現れる葉のことを指す。被子植物では、単子葉類は一枚、双子葉類は通常二枚の子葉を持つ。裸子植物では数枚の子葉が観察される。
干葉とは、枯れて乾燥した葉を指す。また、ダイコンの葉や茎を干して食用にしたものを指す場合もあり、この意味では「乾葉」と表記することもある。
中葉とは、ある時代や期間の中ごろ、すなわち中期を指す語である。「葉」は時代や時期を意味する漢字で、例えば「十九世紀中葉」のように用い、その世紀の中盤を表す。
末葉とは、時代の終わりに近い時期を指し、例えば「十九世紀末葉」のように用いられる。また、血筋において遠い子孫、すなわち末裔を意味する場合もある。「ばつよう」と読まれることもある。
朽葉とは、枯れて腐りかけた落ち葉のことを指す。また、そのような落ち葉が帯びる、赤みをわずかに含んだ黄褐色を指して「朽葉色」とも言い、この色名を略して単に「朽葉」と呼ぶこともある。
秋の終わりに草木の葉が赤や黄色に変わる現象、またその色づいた葉そのものを指す。特にカエデの木の葉、あるいはカエデそのものを指して用いられることも多い。表記としては「黄葉」と書く場合もある。
晩秋に落葉樹の葉が赤や黄色に色づく現象を指し、またそのように色づいた葉そのものをも意味する。秋の風物詩として広く親しまれ、特にカエデ類の紅葉を「もみじ」と呼ぶこともある。
病葉とは、病害虫の影響などにより、通常の緑色を失って変色したり、萎縮したりした葉を指す。特に夏の間に赤や黄色に色づいて縮んだ葉をいう。
荷葉とは、ハスの葉を指す語である。また、練り香の一種として、ハスの花の香りを模して調合された香料のこともいう。
晩秋に落葉樹の葉が黄色く色づく現象を指し、またその色づいた葉そのものをも意味する。秋の風物を表す語で、「もみじ」と読む場合もある。
黄葉は秋に草木の葉が黄色や赤色に変わる現象を指し、特にカエデの紅葉を指すこともある。また、カエデそのものやその葉を意味する場合もある。
湯葉とは、豆乳を加熱した際に表面に形成される薄い膜をすくい取って作る食品である。生のままのものと乾燥させたものがあり、豆腐皮や油皮とも表記される。
葉月は陰暦八月の異称で、秋の季節を表す。木々の葉が色づき始め、やがて落葉する時期であることからこの名が生まれたとされる。
「葉巻」とは、刻まずにそのままのタバコの葉を巻いて作った高級なタバコのことで、「葉巻煙草」の略称である。シガーとも呼ばれる。
葉盤は神事において供え物を盛る容器を指し、主に柏の葉を幾重にも重ねて竹ひごで綴じ、平らな形状に作られる。葉椀とも呼ばれ、「枚手」と表記されることもある。
葉身を茎や枝に連結する部分を指し、葉の支持と養分の通路としての役割を果たす。
葉脈とは、植物の葉において水分や養分の輸送を担う維管束が網目状に分布した構造を指します。葉の骨格として形状を支えるとともに、光合成に必要な物質の通路としての役割を果たしています。
鉄葉とは、錫で表面を覆った薄い鉄板を指す。主に錻力とも表記され、錫めっきによって耐食性を持たせた素材として、玩具や日用品の製造に用いられる。
乾葉とは、枯れて乾燥した葉の総称を指す。また、ダイコンの葉や茎を干して保存食としたものも意味し、この場合は「干葉」と表記されることもある。
「奕世」と同じく、代々続く家系や連綿と続く子孫の繁栄を意味する。主に「奕葉の家」などの形で用いられ、由緒ある家柄が長く栄える様を表す。
葉椀は、神事において供え物を盛る容器を指す。カシワの葉を幾重にも重ねて竹ひごで綴じ、中央を窪ませた形状を特徴とする。葉盤とも呼ばれ、漢字では「窪手」と表記されることもある。
葉蘭はユリ科の多年草で、中国が原産地である。根茎から伸びる葉は長さ約四十センチメートルの長楕円形をしており、生け花の材料として、また料理の敷物として用いられる。「一葉」や「蜘蛛抱蛋」とも表記する。
楓葉とは、カエデの葉を指す語である。特に秋に色づいた赤や黄色の美しい葉、いわゆる紅葉した状態のものをいう。古くから詩歌や文芸において、秋の風物詩として詠まれてきた。
「嫩葉」は「わかば」と読み、若々しく柔らかい新芽や若葉を指す。春先に芽吹いたばかりの、瑞々しく鮮やかな緑色を帯びた葉の総称として用いられる。
芽吹いたばかりの若々しく柔らかい葉を指す。新緑の季節に樹木や草花に生える新しい葉を表し、「若葉」と表記することもある。
檜葉はヒノキの葉を指す語である。また園芸分野ではヒノキ科に属する植物の総称として用いられることがあり、特にアスナロやヒノキアスナロの別称としても知られている。
蘇葉は、チリメンジソの葉を陰干しにした生薬であり、解毒や健胃の効能があるため薬用に用いられる。
七葉樹はトチノキ科の落葉高木を指す名称であり、漢名に由来する。その名は小葉が七枚前後集まって一枚の葉を形成する特徴に基づく。一般には「とち」とも呼ばれる。
大葉藻はヒルムシロ科の多年草で、浅い海底に群生する海草である。葉は細長いひも状で、長さは一メートルに達することもある。かつては藻塩草とも呼ばれ、製塩に用いられた歴史を持つ。別名としてウミヤナギやアジモがあり、漢名に由来する「大葉藻」のほか、「甘藻」と表記されることもある。
オオバコ科に属する多年草で、道端や野原などに広く自生する。葉は根元から放射状に広がり、長い花茎を伸ばして穂状の花をつける。古くから薬草としても知られ、車前草とも呼ばれる。
山梗葉はキキョウ科の多年草を指す語であるが、これは漢名からの誤用であり、正しくは沢桔梗(さわぎきょう)と呼ばれる。
マツ科の常緑高木で、主に山地に自生する。針状の葉が五本ずつ束になってつくことが名称の由来である。建材や器具の材料として用いられるほか、その樹形を愛でて庭木や盆栽として観賞用にも栽培される。ヒメコマツとも呼ばれる。
広葉樹とは、葉身が平たく広がった形状を持つ樹木の総称であり、針葉樹と対比される。かつては闊葉樹とも呼ばれた。
合言葉とは、あらかじめ定められた特定の言葉であり、それによって互いの身分や仲間であることを確認するために用いられる。また、転じて、ある集団が共通の目標や主張を掲げる際の標語やモットーを指すこともある。
赤朽葉は、襲の色目の一つで、表地を紅、中重を赤みがかった黄、裏地を青に配した配色を指し、主に狩衣や下襲に用いられた。また、染色の名称としても用いられ、茶色がかった赤みを帯びた色調を表す。
アカバナ科の多年草で、山野の湿地に自生する。葉は長楕円形をしており、夏には淡い紅紫色の小さな四弁花を咲かせる。種子には長い白毛があり、風に乗って飛散する性質を持つ。「柳葉菜」の表記は漢名からの誤用とされ、「赤花」と書かれることもある。
キュウリウオ科の海魚で、北海道南東部の沿岸に生息する。体は細長くワカサギに似ており、産卵期には大群で川を遡上する。多くは干物として食用にされる。名称「シシャモ」はアイヌ語に由来し、その体形が柳の葉に似ていることから名付けられた。
針葉樹とは、針状や鱗片状の細長い葉を持つ樹木の総称であり、マツやスギ、ヒノキなどがこれに含まれる。葉の形状が平たく広がる広葉樹と対比される区分である。
葉鶏頭はヒユ科に属する一年草で、雁来紅(はげいとう)とも呼ばれます。秋に茎の先端の葉が鮮やかな紅色に染まる様子が特徴です。
落葉松はマツ科の落葉高木で、日本特産である。中部山地に自生し、線形の葉と円錐形の樹形が特徴である。春の新緑と秋の黄葉が美しく、常緑のマツ科の中で特に落葉することからこの名がついた。表記は「唐松」とも書く。
落葉樹とは、秋から冬にかけて葉を落とし、春に新芽を吹いて再び葉を茂らせる樹木の総称である。サクラやケヤキ、カキなどに代表され、多くは温帯地域に分布する広葉樹である。これに対し、一年を通じて葉をつけている樹木は常緑樹と呼ばれる。
仏像を安置する台座の一種で、ハスの葉をかたどった形状をしている。
絵言葉とは、絵画や絵巻物の内容を説明する文章を指す。特に絵巻物においては、詞書(ことばがき)と呼ばれる説明文を指し、その詞書が付された絵巻物そのものを指す場合もある。
松葉杖は、足に障害のある人が歩行を補助するために用いる杖で、わきの下に当てて体重を支える構造をしている。その名は、杖の上部が松の葉のように二股に分かれている形状に由来する。
柚葉色とは、柚子の葉のような黒みを帯びた深い緑色を指す。
迦葉仏は過去七仏の第六番目に位置し、釈迦牟尼仏の直前に出現した仏とされる。
桐の葉が一枚落ちる様子から秋の到来を感じ取ることを指し、転じて物事の衰退や終わりが近づいている兆候を暗示する表現として用いられる。
槐葉蘋はサンショウモ科に属する一年生の水生シダ植物である。漢名に由来する名称で、その姿が山椒の葉に似ていることから山椒藻とも呼ばれる。
蔦紅葉は、秋に紅葉するツタの葉を指す語である。また、イタヤカエデの別称としても用いられ、これはカエデ科の落葉高木で、掌状に浅く裂けた葉が秋に黄葉する特徴を持つ。
広く平たい葉を持つ樹木の総称で、針葉樹に対する語として用いられる。かつては「広葉樹」の旧称としても使われた。
一枚の落ち葉から秋の訪れを感じ取るように、わずかな兆候や現象から物事の本質や今後の成り行きを鋭く見通すことを意味する。『淮南子』に由来する四字熟語で、細部に現れた変化から大局を推し量る洞察力の喩えとして用いられる。
「庇葉傷枝」は、葉をかばおうとして枝を傷つけるという意味から、小さなことや些末な事柄にこだわるあまり、かえって大事なものを損なってしまう愚かさを表す四字熟語である。『史記』「汲黯伝」に由来し、物事の本質や大局を見失うことの戒めとして用いられる。
飛花落葉は、春の花が散り秋の葉が落ちる様子を表す四字熟語で、この世のすべてが絶えず移り変わり、はかなく無常であることをたとえた表現である。
桐葉知秋とは、わずかな前兆から物事の成り行きや将来の大きな変化を予見することを意味する。秋の訪れを、一枚の桐の葉が落ちる様子からいち早く察知するという故事に由来する。
「麁枝大葉」は、粗い枝と大きな葉を意味する四字熟語で、文章表現において細部の規則にこだわらず、自由闊達に筆を揮う様子を喩えたものである。朱子語類にも見られる表現であり、形式にとらわれない雄渾な筆致を形容する際に用いられる。
栴檀双葉とは、大成する人物は幼少の頃から並外れた素質や才能を現しているという喩えを表す四字熟語である。白檀(栴檀)は発芽したばかりの双葉の時分から既に芳香を放つことに由来し、仏典『観仏三昧海経』を典拠とする。
支葉碩茂は、枝や葉が大きく生い茂る様子から転じて、本家も分家も含めた一族全体が繁栄することを意味する四字熟語である。『漢書』「叙伝」に典拠を持ち、「枝葉碩茂」とも表記される。