自愛とは、自分自身の身体や健康を大切にすることを指し、手紙の結びなどで相手の健康を気遣う「ご自愛ください」という形で用いられる。また、自己の利益を図るという意味でも用いられるが、この場合は「他愛」と対比されることが多い。
互いに愛情を抱き合うこと。特に男女が互いに恋慕う気持ちを指し、相思相愛の関係を表す。
恋愛とは、男女が互いに特別な感情を抱き、相手を恋しく思うこと。また、そのような感情に基づく関係を指す。
純愛とは、私心や打算を交えず、ひたすらに相手を思う清らかな愛情を指す。特に恋愛において、純粋で一途な感情を表し、文学や芸術作品の主題としても用いられる。
情愛とは、人と人との間に生じる深い愛情や慈しみの感情を指し、特に互いに思いやる心の交流や、親密な関係における温かな感情の結びつきを表す。
渇愛とは、激しいまでの切望をもって対象を愛し求めることであり、通常の愛着を超えた執着や渇望を伴う感情を指す。
惜しみながらも、やむを得ず省略したり取り除いたりすることを意味する。特に時間や紙面の制約などにより、本来含めるべき内容を省略する場合に用いられる。
敬愛とは、相手を尊敬し、同時に親しみを込めて愛する気持ちを指す。主に目上の人や優れた人物に対して抱く、敬慕と慈愛が一体となった感情を表す。
ある物事を好み、それに対して深い愛情や関心を抱くこと。特に趣味や娯楽の分野で、熱心に親しむ態度を指す。
愛児とは、深い愛情を注ぎ、大切に育てている子供を指す言葉である。親が我が子に対して抱く慈しみの感情を込めて用いられ、特にその子をいとおしく思う気持ちが強調される表現である。
愛日とは、冬の暖かな日差しを指し、またその貴重な陽光を惜しむ心情を表す。転じて、限られた時間を大切にし、ことに親に孝養を尽くすべき時を怠らずに過ごすことを意味する。
煩悩を捨て去ることができず、特定の物事や対象に心が執着して離れない状態を指す。特に男女間の情愛に未練を残し、断ち切れない心情を表す場合に用いられる。
本来の名前とは別に、親しみや愛情を込めて用いる呼び名のこと。特定の人物や物事に対して、親密さや親しみやすさを表現するために使われる。
好んで歌うこと、特に折に触れて口ずさむような歌を指す。
愛情とは、相手を慈しみ大切に思う心の動きを指す。広くは家族や友人などへの深い思いやりを含み、特に異性に対する恋慕の情を表す場合もある。
愛する我が子である娘を、愛情を込めて大切に思う気持ちを表す語。特に、親が自分の娘に対して抱く深い愛情や慈しみの情を指して用いられる。
大切に思い、それを損なうことを惜しむこと。対象となるものへの深い愛情や執着を抱き、その価値を認めて粗末に扱うことを忍びないと思う心情を表す。
愛想とは、人に接する際の好感の持てる態度や表情を指し、また相手の機嫌を取るような言葉づかいや振る舞いも含みます。さらに、人に対する親しみや好意を表す意味もあり、飲食店などでの勘定の意で用いられることもあります。
愛することと憎むこと。同一の対象に対して抱く相反する感情を指し、特に深い愛情と激しい憎しみが交錯する複雑な心情を表す。
大切にしまい込んで、永久に保存することを指す。特に思い出深い品や貴重な書物などを、深い愛情を込めて保管する場合に用いられる。
特定の対象に対して心が強く引きつけられ、親しみや執着を感じて離れがたく思う気持ちを指す。長く慣れ親しんだものや場所、人に対して抱く、深い親愛の情や未練がましい感情を表す。
熱烈な愛情を注ぎ、深く愛し慕うこと。また、そのような強い感情を指す。
故人が生前に愛用し、大切にしていた品物のこと。その人の思い出を偲ばせるものとして、遺族や関係者に受け継がれる。
親愛とは、人に対して深い親しみと愛情を抱いている様子を指す。特に家族や親しい友人など、心の距離が近い間柄で用いられることが多い。
愛娘とは、親が深い愛情を注ぎ、大切に育てている娘を指す。特に、その慈しみや思い入れの深さを強調する表現として用いられる。
愛妾とは、特に寵愛を注いでいる側室のことを指す。男性が正妻以外に囲い、殊の外気に入り大切にしている女性を意味する。
愛玩とは、動物や物などをかわいがり、大切に育てたり手元に置いたりして、心の慰めや楽しみとすることを指す。
愛誦とは、詩歌や文章を特に好み、それを繰り返し声に出して読み、あるいは節をつけて吟じることを指す。
愛憐とは、深い愛情をもって慈しみ可愛がることであり、また、相手の境遇や心情に心を痛め、情けをかけることを指す。
愛撫とは、愛情を込めて相手の体を優しく撫でることを指す。特に親が子を慈しんだり、恋人同士が互いの肌に触れて愛情を示したりする際の行為を表す。
特別な愛情を注ぎ、深く慈しむことを意味する。主に目上の者から目下の者に対して、あるいは特定の対象に対して注がれる格別な寵愛を指し、愛情の深さと選び抜かれたような特別な扱いを含意する。
特別な愛情を注いで大切にすること。特に目上の者から目下の者に対して、格別の情愛をもって慈しみかわいがることを指す。
たばこを吸うことを好み、喫煙を習慣としている人を指す。
師匠が特に目をかけ、深い愛情と期待を込めて育てている弟子を指す。
愛逢月とは陰暦七月の異称で、七夕の伝説に由来する。牽牛星と織女星が年に一度、天の川を渡って愛を確かめ合うように、この月には二人の星が巡り逢うという故事から名付けられた。
甘棠の愛とは、優れた為政者に対する敬慕の情を表す四字熟語である。『詩経』「召南・甘棠」に由来し、甘棠(あまい梨の木)の下で民衆が善政を施した召伯を偲んだ故事に基づく。後世、人々から深く慕われる政治のあり方を象徴する語として用いられる。
愛する人に対する愛情が、その人に関わるすべてのものにまで及ぶことを意味する四字熟語。故事に由来し、愛する人の家の屋根に止まる烏さえも愛おしく思われる心情を表す。
「愛楊葉児」は、物事の本質を深く究明しようとせず、表面だけを見て満足してしまう態度を喩えた四字熟語である。落葉の季節に黄色く色づいた楊(かわやなぎ)の葉を、幼児が黄金と見誤って大切にする様子に由来する。もとは仏教で、浅い理解に安住することを戒める語として用いられた。
度を過ぎた愛情は周囲の憎しみを招き、身の破滅を引き起こすという意味の四字熟語。『亢倉子』に典拠があり、人の寵愛に甘えて驕ることの危険を戒める。
愛月撤灯とは、月の光を愛でるあまり、灯りの邪魔になる灯燭を消してしまうという故事に基づく四字熟語で、一つの物事を偏愛するあまり、他のものを顧みなくなるほどその思いが強い様子を表します。
「愛屋及烏」は、人を愛するあまり、その人に関わるすべてのものまで愛おしく思う心情を表す四字熟語である。もとは「屋を愛して烏に及ぶ」と訓読し、愛する人の家の屋根にいる烏さえも好ましく感じられるという故事に由来する。深い愛情が対象の周囲へと自然に及ぶ様を言い表した表現である。