小忌とは、大嘗祭や新嘗祭などの重要な神事に際して、奉仕者が一定期間行動を慎み、心身の清浄を保つことを指す。この期間中は特別な装束である小忌衣を着用し、神事に奉仕する。また、その装束である「小忌衣」の略称としても用いられる。
月忌とは、故人が亡くなった日と同じ日に当たる毎月の日を指し、その日には追善供養を行う習わしがある。
年忌とは、故人の没後、毎年巡ってくる命日のことで、一周忌、三回忌などのように数え、追善供養を行う仏事を指す。
近親者が亡くなった際に、その喪に服するために勤務先や学校を休むことを指し、またそのために認められる休暇のこともいう。
忌服とは、近親者が亡くなった際に一定の期間、喪に服することを指す。その期間が終わることを「忌服が明ける」と表現する。
周忌とは、故人の命日から一年ごとに巡ってくる追悼の日を指し、またその回数を表す語である。例えば、一周忌、三周忌などと用いられ、年忌や回忌とも呼ばれる。
遠忌とは、故人の没後三年以上経過した後に営まれる年忌法要を指す。特に長い年月を経た追善供養の際に用いられる表現であり、「おんき」と読まれる場合もある。
遠忌とは、故人の命日から数えて十三回忌以降の長い年月を経た年忌法要を指す。特に二十五年忌や五十年忌など、遠い年次の追善供養を意味する。また、宗祖や高僧などの遺徳を讃えるため、五十年忌以降五十年ごとに営まれる大規模な法会を指す場合もある。宗派によっては「えんき」と読まれることもある。
忌地とは、同じ土地に毎年同じ作物を栽培し続けることで、作物の生育が悪化し収穫量が減少する現象を指す。表記は「厭地」とも書かれ、読み方は「いやチ」ともされる。
忌瓮は、神事において神酒を入れるために用いられる清浄な容器を指す。斎瓮とも表記され、祭祀の場で神聖な役割を担う器として位置づけられる。
忌諱とは、ある事柄を嫌い避けることを指す。特に目上の人に対して、その人の嫌うことに触れて機嫌を損ねることを「忌諱に触れる」と表現する。
忌憚とは、遠慮や気兼ねをすることである。主に「忌憚のない」「忌憚なく」といった否定の形で用いられ、遠慮せずに率直に意見を述べる様子を表す。
他人の才能や優れた点をねたみ、不快に思う気持ち。また、そのような感情を抱くこと。
厭忌とは、ある物事を強く嫌い、避けようとすることを指す。特に因習や慣例など、好ましくないと感じる対象に対して用いられる表現である。
一周忌とは、人が亡くなってから満一年目にあたる命日のことで、この日には故人を偲び供養するための法要が営まれる。一年忌や一回忌とも呼ばれる。
小忌衣は、神事に奉仕する官人が心身の清浄を保つために着用する白地の衣服を指す。神聖な儀式に臨む前に身につけ、穢れを遠ざける役割を果たす。略して「おみ」とも称される。
血忌日は、暦注の一つで、この日に出血を伴う行為や狩猟などを行うことを忌み慎む日とされる。
寒忌竹はタデ科の多年草で、南太平洋のソロモン諸島を原産地とする。茎は平たく帯状に伸び、その形状はサボテンに似ている。夏になると、節々に緑白色の小さな花を咲かせ、観賞用として栽培される。
帰忌日とは、陰陽道において特定の方角を司る鬼神が家に帰る日とされ、その日に遠出から戻ることや帰宅、結婚などの行為を忌むべきとする日である。
獺祭忌は正岡子規の命日を指す言葉で、毎年九月十九日に当たる。子規がその書斎を「獺祭書屋」と称したことに由来し、俳句や短歌の革新に生涯を捧げたこの文人を偲ぶ日として知られている。