下風(おろし)とは、山の斜面を吹き下りる強い風を指す。特に山岳地帯で見られる現象で、「赤城おろし」などのように山の名を冠して呼ばれることが多い。漢字では「颪」とも書く。
中風とは、脳梗塞や脳出血など脳血管障害により運動神経が麻痺し、全身あるいは半身不随の状態に至る病気を指す。中気とも呼ばれ、「チュウブ」または「チュウフウ」と読むこともある。
現代に流行している様式や趣向を指す。特に服装や髪型、生活様式など、その時代の風潮を反映したものを形容する際に用いられる。
台風とは、夏から秋にかけて北太平洋南西部に発生する熱帯低気圧のうち、中心付近の最大風速がおよそ17メートル毎秒以上のものを指す。暴風や大雨を伴い、日本を含む東アジア地域に大きな気象災害をもたらすことがある。漢字表記の「颱風」に代わる書き換え字として用いられる。
冬期に日本海側で吹く北西の季節風を指し、特に強い風雪を伴う場合に用いられる。大陸からの冷たい空気が日本海上で水分を蓄え、日本列島の山地にぶつかることで大雪を降らせる原因となる。
良い風習や風俗を指し、社会に定着している健全な慣わしや習慣を意味する。美風と同義で、悪風に対置される概念である。
春に東の方向から吹いてくる風を指す。ひがしかぜ、こちかぜとも呼ばれ、春の訪れを告げる穏やかな風として知られる。
波風とは、海面に立つ波とそれを起こす風を指す。また、人生における困難や争いごとの喩えとしても用いられ、平穏な状態が乱される様子を表す。
南から吹く風を指し、特に夏の季節風として主に西日本で用いられる語である。
威厳に満ちた様子や、厳かで立派な態度を指す。周囲を圧倒するような堂々とした気風や、人を畏敬させる風格を表す。
恒風とは、季節や時期にかかわらず、ほぼ一定の方向から吹き続ける風のことを指す。例えば、赤道付近で常に東から吹く貿易風や、中緯度地帯で西から吹く偏西風などがこれに当たる。
追風とは、船の進行方向に吹く風、すなわち順風のことを指す。物事が順調に運ぶことに喩えて用いられることもあり、「追風に帆を上げる」とは好機を捉えて事を進めることを意味する。
風邪を引いたような感じがする状態を指し、軽い風邪の症状を帯びていることを表す。表記としては「風邪気」と書くこともあり、「かぜけ」と読む場合もある。
風巻とは、激しく吹き荒れる風を指し、特に冬期に雪を伴って吹きすさぶものをいう。「し」は風の意である。
風韻とは、物事や人物に備わった優雅で味わい深い趣のことを指し、洗練された美しさや情感が感じられる様を表します。自然の景色や芸術作品、あるいは人の振る舞いなどに、しみじみとした風情や品格が漂っている状態をいいます。
風と雲を指すほか、変動や激動の兆しが見られる情勢を表す。また、優れた人物が才能を発揮する機会や、そのような時代の状況を竜が風雲を得て天に昇ることに喩えていう。
風雅とは、上品で趣のある様子を指し、特に自然や芸術に表れる優美な情感をいう。また、詩歌や書画などの文芸の道、あるいはそれらをたしなむ風流な営みを意味する。
風懐とは、風流を愛でる雅やかな心情を指すとともに、心の内に秘めた思いや感情をも意味する。
風格とは、人や作品に表れる独特の気品や趣を指す。人の場合には気高い人柄や品格を意味し、作品においてはその表現に感じられる特有の味わいや雰囲気を表す。
詩文を作ることを指し、また自然や詩歌に親しみ風流を楽しむことを意味する。「風」は『詩経』の国風、「騒」は『楚辞』の離騒に由来し、ともに詩文の模範とされたことからこの語が生まれた。
風狂とは、常軌を逸した狂おしい精神状態、あるいはそのような人物を指す。また、世間の慣習に捉われず、風流の境地に深く通じる生き方を貫くこと、あるいはそのような人物をも意味する。
風琴とは、空気を送り込んで音を出す鍵盤楽器の総称で、特にパイプオルガンを指すことが多い。また、手風琴(アコーディオン)を略して風琴と呼ぶ場合もある。
ある時代や社会において、人々の考え方や行動に広く見られる傾向や流れを指す。時勢や世相を反映し、変化していく性質を持つ。
風月とは、風や月に代表されるような趣深い自然の景色を指し、心を慰め楽しませる風流な景物を意味する。また、そうした自然の風物を題材として詩歌や文章を詠む風雅な営みをも表す語である。
掛け物が風などで揺れ動くのを防ぐため、掛け軸の両端に下げる重しのこと。玉や石など、適度な重量のあるものが用いられる。
世間で広まっている根拠の不確かな話を指し、噂や風評と同義である。人々の間で伝えられ、必ずしも事実に基づかない情報を意味する。
空気や水素などの気体を入れて膨らませる、紙やゴムなどでできた玩具。手で突いたり、糸でつないで飛ばして遊ぶ。また、同様の原理で気体を詰めて浮揚させる軽気球(バルーン)のことも指す。
風が吹き起こることを指す。また、そのように言葉や議論が勢いよく口をついて出る様子を表し、談論風発などの表現で用いられる。
風鈴は、金属や陶器、ガラスなどで作られた小さな釣り鐘形の鈴で、軒先などに吊るして用いる。風に揺られて涼やかな音色を響かせ、主に夏の風物詩として親しまれている。
風と波を指し、特に風によって波が立つ様子や、その波そのものを表す。
風評とは、世間で広く取り沙汰される噂や評判を指し、特に悪い内容の評判について用いられることが多い。人や物事の評価として流布する情報であり、根拠が確かでない場合も含まれる。
風情とは、そのものに備わった独特の情緒や趣を指し、特に風流な味わいを感じさせる場合に用いられる。また、様子や気配を表すこともあり、さらに、謙遜や軽蔑の意を込めて「…のような者」という意味でも使われる。
風物とは、ある土地や季節に特有の自然の景観や事物を指す言葉である。特に、その土地の気候や風土に根ざし、季節の移ろいとともに現れる景色や、それにまつわる事物を総称する。例えば、秋の空や紅葉、あるいはその時期に味わうサンマなど、季節感を強く感じさせるものがこれに当たる。
体を湯に浸したり蒸気に当てたりして温め、洗浄するための設備や場所を指す。また、その湯自体を指すこともある。さらに、公衆浴場、すなわち銭湯を意味する用法もある。
風を防ぐための仕組みや装置を指す。特に、自動車や列車の運転席前面に取り付けられたガラス製の遮蔽物を「風防ガラス」と呼び、走行時の風圧や飛来物から乗員を保護する役割を果たす。
食物や飲み物が持つ、味覚や嗅覚を通じて感じられる独特の趣や味わい。素材そのものの持ち味や、調理・加工によって生まれる特有の香りや後味を含む。
風が砂の表面を吹き渡ることで生じる、波状の模様を指す。特に砂丘や砂浜などに現れる自然の造形をいう。
風流とは、上品で趣のある様子を指し、特に自然の風情を愛で、詩歌や茶道、書画などの芸道をたしなむ雅やかな境地を表す。世俗を離れ、風雅を解する生き方を意味し、洗練された美意識や情感の豊かさを含む概念である。
家風とは、その家に代々受け継がれてきた独特の気風や習慣、生活態度のことを指します。家族の価値観や行動様式に表れ、その家の成員に自然と身につく雰囲気や習わしを意味します。
浦風とは、海岸沿いや入り江に吹き渡る風を指す。海辺の地形に沿って吹くため、しばしば穏やかで湿り気を含んだ風として感じられる。
烈風とは、激しい勢いで吹き荒れる強い風のことで、樹木の幹を揺るがすほどの力を伴うものを指す。
疾風とは、急激に吹きつける強い風を指す。突風とも呼ばれ、その勢いが激しく速い様子から、物事が非常に迅速に行われる喩えとしても用いられる。なお、「しっぷう」とも読む。
破風とは、日本建築における切妻造や入母屋造の屋根の両端に取り付けられる合掌形の飾り板を指し、その板によって囲まれた部分も含みます。形状や設置位置によって唐破風や千鳥破風などの種類があります。
通風とは、空気の流れを良くして新鮮な空気を取り入れ、内部の空気を入れ替えることを指す。特に建物や閉鎖された空間において、換気を図り空気を清浄に保つための作用や、そのための構造を意味する。
強風とは、風力が強く、樹木全体が揺れ動くほどの風を指す。気象用語としては、注意報が発令される基準となる風速に達した状態をいう。
悪風とは、社会において望ましくない風俗や習慣を指す。人々の道徳や行動に悪影響を及ぼし、良風美俗と対比される概念として用いられる。
淫風とは、性に関してみだらな風習や風潮が社会に広まっている状態を指す。また「婬風」と表記されることもある。
心地よく感じられる程度の弱い風を指し、そよ風や微風と同様の意味で用いられる。
体内に尿酸塩が蓄積することによって引き起こされる疾患で、関節などに炎症が生じ、腫れや激しい痛みを伴う。
順風とは、船や人が進む方向と同じ向きに吹く風のことで、追い風とも呼ばれる。進行を助ける好都合な風を指し、逆風の対義語である。
微風とは、そよそよと静かに吹く、ごく弱い風のことを指す。木の葉をわずかに揺らす程度の、穏やかな風情を伴う自然現象を表す語である。
微風とは、そよそよと静かに吹く、ごく弱い風のことを指す。
初夏の頃、青葉を渡って吹く爽やかな風を指す。夏の季語としても用いられる。
弊風とは、社会や集団において望ましくない習慣や風俗を指す言葉である。特に、長く続くことで弊害をもたらすような悪習や、改善すべきとされる風潮を意味する。
激しく吹き荒れる風を指し、特に気象災害をもたらすような強い風を意味する。
古くから受け継がれてきた風習や習慣、また先人の教えや精神が後世に伝えられ、今に生き続けている様子を指す。
初夏にさわやかに吹き渡る風を指し、若葉の香りを運んでくるような快い風をいう。
風に向かうことを指し、また転じて人や思想を仰ぎ慕い感化を受けることを意味する。「コウフウ」とも読む。
国風とは、古代日本の諸地域に固有の風俗や習慣、またその土地々々の気風を指す。さらに、各地で伝承されてきた民謡や俗謡といった歌謡の意にも用いられる。
廻風とは、渦を巻くように吹き荒れる風のことで、つむじ風や旋風を指す。漢字表記としては「回風」と書くこともある。
風棘とは、手足の指の骨が結核菌に感染し、紡錘状に腫れ上がり、痛みを伴う炎症性の病変を指す医学用語である。
風鐸とは、寺院の堂や塔の軒先などに吊り下げられる青銅製の釣鐘形の鈴のことで、風に揺られて音を鳴らす。また、夏に用いられる風鈴と同じものを指すこともある。
風塵とは、風に吹かれて舞い上がる塵や砂埃を指す。また、煩わしい世俗の雑事や世間の騒がしさを喩える表現としても用いられ、さらに、ごく小さく軽いものの比喩や、戦乱など世の乱れた状態を表すこともある。
冬の季節に北の方角から吹き込む冷たい風を指す語で、特に厳しい寒さを伴う北風を意味する。
北西太平洋の熱帯海域で発生する熱帯低気圧のうち、中心付近の最大風速が毎秒約17メートル以上のものを指す。猛烈な風雨を伴い、日本を含む東アジアや東南アジアに大きな被害をもたらすことがある。
颶風とは、主に熱帯地方で発生する激しい暴風雨を指す。かつては台風やハリケーンといった気象現象を表す古い気象用語として用いられ、広義には強い風や暴風そのものを意味することもある。
急に吹き起こる強い風を指し、旋風やつむじ風を意味する。また「飆風」と表記することもある。
大風子はイイギリ科に属する落葉高木で、東南アジアを原産地とする。果実は直径約十センチメートルの球形を呈し、外皮は褐色を帯びている。内部には数十個の種子が含まれており、これから採取される油は大風子油として知られる。
太刀風とは、刀を振るう際に生じる風のことを指し、またその鋭い切れ味や勢いを風に喩えた表現でもある。
蛇腹を伸縮させて空気を送り、鍵盤を操作して音を出す箱型の携帯楽器。アコーディオンに同じ。
半風子はシラミの異称である。これは「虱」という漢字が「風」の字の半分の構成から成っていることに由来する呼び名である。
真東から吹いてくる風を指す語で、特に春の季語として用いられる。表記は「真東風」とも書く。
白南風は、九州地方を中心に梅雨明けの頃に吹く南風を指す語である。夏の訪れを告げる風として知られ、「しろはえ」とも読まれる。
地衡風とは、気圧傾度力とコリオリ力が釣り合った状態で生じる風のことで、等圧線に沿って吹く性質を持つ。
見風乾はカバノキ科の落葉高木を指す語で、その漢名に由来する。赤四手(あかしで)とも呼ばれる。
貝寄風とは、陰暦二月二十日頃に吹く西風を指す。春先に海から吹き寄せるこの風は、貝類を海岸に打ち上げることからその名がついた。
東風菜はキク科の多年草で、山地に自生する。茎や葉には短い毛が生えており、夏から秋にかけて、白色で中心部が黄色い頭状花を咲かせる。漢名に由来する名称であり、「白山菊」と表記することもある。
春に吹く強い風を指し、特に砂塵を巻き上げながら激しく吹きすさぶ様子を表す。春の訪れとともに現れる荒々しい風の現象である。
ヒヤシンスはユリ科の多年草で、地中海沿岸を原産とする。鱗茎から広線形の葉を伸ばし、春に香りのよいラッパ形の花を総状花序につける。花色は赤、青、紫、白などがあり、ニシキユリとも呼ばれる。
時代の変革期や社会の激動に乗じて、めざましい活躍を見せる人物を指す。特に、新たな潮流を生み出し、歴史に名を残すような傑出した才能や行動力を持つ者をいう。
風媒花とは、風によって花粉が運ばれ受粉が行われる花のことで、マツやイネ科の植物などに見られる。昆虫などの媒介者を必要とせず、風の力に依存して繁殖する仕組みを持っている。
「風馬牛」は、互いに遠く離れていることのたとえであり、転じて、まったく無関係であることや関心が向かないさまを意味する。この語は、発情期に相手を求めて奔走する馬や牛でさえも行き来できないほど隔たっているという、『春秋左氏伝』の故事に由来する。
風物詩とは、季節の風景や情緒を詠んだ詩を指す。また転じて、ある季節を特徴づける事物や風情そのものを表す語としても用いられる。例えば、夏の風物詩といえば花火や金魚売りなどが挙げられる。
風来坊とは、どこからともなく現れてはまた去っていく人のことである。また、気まぐれで一箇所に落ち着かず、自由気ままにふるまう人を指しても用いられる。
風土記とは、奈良時代に朝廷の命により諸国で編纂された地誌を指し、郡郷の名称の由来や土地の産物、伝承などを記録したものである。また、広義には特定の地方の風土や文化を記述した書物全般を意味する。
風呂敷とは、物を包んで運ぶために用いる正方形の布を指す。かつては風呂場で衣類を包んだり、浴後の足を拭ったりしたことに由来する。転じて、誇張した発言や大げさな計画を意味する「大風呂敷を広げる」という慣用句にも用いられる。
浜防風はセリ科の多年草で、主に海浜に自生する。葉は羽状複葉をなし、夏には小さな白い花が密生して咲く。若葉は食用とされ、根は薬用に用いられる。
真東風は、真東の方向から吹いてくる風を指す語である。特に春の季語として用いられ、春の訪れを告げる風とされる。表記としては「正東風」と書くこともある。
破傷風菌が傷口から体内に侵入し、神経系を侵す急性感染症である。主な症状は高熱や筋肉の硬直、痙攣などで、重症化すると短期間で死に至ることもある。
黒南風は、梅雨の始まりの頃に吹く南風を指す語である。夏の訪れを告げる湿り気を帯びた暖かい風で、主に日本の気象において用いられる表現である。
雪が激しく降り、風が吹き荒れる冬の気象現象を指す。
風見鶏は、屋根の上などに設置され、風向きを示すために用いられる鶏の形をした器具を指す。転じて、自らの確固たる信念を持たず、時流や周囲の状況に応じて態度や意見を容易に変える人物を喩える表現としても用いられる。
感孚風動とは、真心をもって相手の心を深く動かし、風が草木をなびかせるように自然に感化し導くことを意味する四字熟語である。
自然の美しい景物を指し、特に花・鳥・風・月を代表として、それらが織りなす風光明媚な情景を表す。また、そうした自然の情趣を詩歌や絵画に詠み描く風雅な趣味や、その道に親しむことを意味する。
鶴唳風声とは、わずかな物音や些細な兆候にも過敏に反応し、極度に警戒する心理状態を表す。本来は鶴の鳴き声や風の音を敵襲と誤認する様子から、戦場で兵士が緊張に陥っている喩えとして用いられ、転じて何かに脅かされていると感じて必要以上にびくびくしている様を指す。
磑風舂雨は、羽蟻の群れが石臼の周囲を回るように飛べば風が起こり、上下に飛べば雨が降るという古くからの言い伝えに基づく四字熟語で、物事が起こる前兆を意味する。「磑」は石臼、「舂」は臼で穀物をつくことを指す。
凱風寒泉は、親子の情愛が深いことを表す四字熟語である。特に母子の深い愛情を指すことが多く、また親孝行な子が母を慕う心情の喩えとしても用いられる。語源は『詩経』にあり、「凱風」は慈愛に満ちた母の情を優しい南風に喩えた詩題に、「寒泉」は冷たい泉の水でさえ旅人の渇きを癒すのに、子が母を労わらないことを悔いる心情を表した言葉に由来する。
雲竜風虎とは、『易経』に由来する四字熟語で、雲は龍に従い、風は虎に従うという自然界の相応じ合う様子を表し、転じて、優れた人物や英雄が時勢に応じて現れ、互いに引き合い、影響し合うことを意味する。
「運斤成風」は『荘子』徐無鬼篇に由来する四字熟語で、斤(おの)を振るう様があまりに速く巧みであるため、風を起こすほどであるという故事に基づく。本来は大工の卓越した技量を称える表現であるが、転じて詩文の添削など、あらゆる分野における見事な手腕や巧妙な工作を賞賛する際に用いられる。また、他人に自分の作品の批評や修正を依頼する謙譲の意を込めて使う場合もある。
威風凛凛とは、堂々とした風格や厳然たる気迫が感じられ、近寄りがたいほどの威厳に満ちた様子を表す。特に、姿勢や態度が雄々しく引き締まっており、人を圧倒するような貫禄を備えていることを指す。
威風凛然とは、態度や雰囲気に厳然とした威厳が備わり、近寄りがたいほど凛々しく堂々としている様子を表す。威厳と気迫に満ちた「威風」と、きりっと引き締まった「凛然」とが結びつき、人を圧倒するような重々しい風格を言い表す四字熟語である。