山や野原に雪が降り積もり、その白い雪が一面を覆っている様子を指す。特に山頂などが雪をかぶった状態を表し、富士山の初冠雪といった表現で用いられる。
風雪とは、風と雪が同時に起こる気象現象を指し、特に強風を伴って激しく降る雪を意味する。転じて、人生における厳しい試練や苦難の喩えとしても用いられる。
根雪とは、豪雪地帯において冬期に降り積もり、そのまま固く凍りついて春の訪れまで解けずに残る雪を指す。
淡雪とは、春先などにうっすらと積もる、すぐに消えてしまうはかない雪のことである。泡雪や沫雪とも書き、泡のように儚く消えやすい雪の性質を表す。
細雪とは、空から静かに舞い降りる細やかな雪のことを指す。粉雪のように軽やかで、まばらに降る様子から、冬の風物詩としても親しまれている。
蛍雪とは、蛍の光や雪明かりを頼りに勉学に励む故事に由来し、苦労しながら学問に打ち込むことを指す。貧しい環境でも灯りを得て夜学に勤しむ姿勢を表し、転じて苦学や刻苦勉励の喩えとして用いられる。
傾斜地に積もった雪が、自重や気温の上昇などの要因によって地盤面に沿って急激に滑落する自然現象を指す。特に春先の融雪期に発生しやすい。
雪洞(ぼんぼり)とは、絹や紙で覆いを施した手燭、あるいは小型の行灯を指す。主に室内の照明具として用いられ、柔らかな光を放つ。読みを「せつどう」とする場合は、雪中に掘った穴や洞窟を意味する別語となる。
雪渓とは、高山地帯の谷間や斜面において、夏季の温暖な時期にも解け残る雪や氷が帯状に連なる地形を指す。
雪原とは、高山など万年雪に覆われた広大な地域を指すほか、一面に降り積もった雪で覆われた平坦な野原をも意味する語である。
雪が解けて消えていく様子、またその時期を指す。特に冬から春へと移り変わる季節の兆しとして用いられ、雪解けの情景や春の訪れを連想させる言葉である。
かつて受けた恥辱や敗北を晴らし、名誉を回復することを意味する。過去の不名誉な出来事に対して仕返しを果たすことで、汚名をそそぐ行為を指す。
雪垂とは、樹木の枝などに積もった雪が自重や気温の上昇により滑り落ちる現象を指し、またその落下する雪そのものをもいう。
雪代とは、春の訪れとともに積もった雪が解け始め、その水が川へと流れ込んだり、野原に溢れ出たりする現象を指す。また、その雪解け水そのものを意味し、雪代水とも呼ばれる。
雪洞(せつどう)とは、登山時に露営や緊急避難のため、雪を掘って作った横穴や縦穴のことを指す。なお、「せっとう」と読む場合は茶室の風炉覆いを、「ぼんぼり」と読む場合は別の意味となる。
斑雪(はだれゆき)とは、薄く降り積もった雪、あるいは解け残ってまだらに地表に残っている雪を指す。特に春先にみられる情景を表す語で、「はだらゆき」とも読まれる。
豪雪とは、通常の降雪をはるかに超える大量の雪が降り積もる現象を指し、特にそのような気象が繰り返される地域を豪雪地帯と呼ぶ。
積雪とは、降り積もった雪、あるいは雪が地面に堆積している状態を指す。気象観測においては、地面を雪で覆っている状態やその深さを表す用語として用いられる。
深く降り積もった雪を指す語であり、特に冬の情景を表す。また、雪そのものの美しさや清らかさを称える表現としても用いられる。
雪のように白く透き通る肌を指す語で、「雪膚」と同義である。主に女性の美しい肌を形容する表現として用いられる。
雪駄は、竹皮で編んだ草履の裏に革を張り、踵の部分に金属の金具を打ち付けた履物である。名称の由来は、茶人・千利休が雪の日に履いたという故事にちなむとされる。古くは「セキダ」と発音し、「席駄」の表記も用いられた。
雪隠は便所を指す語で、禅宗の用語に由来する。本来は「セツイン」と読まれたものが転じて「セッチン」となり、「せんち」と読む場合もある。
雪打とは、仏塔などの建築物において、本屋根の下に設けられた庇状の屋根を指す。主に法隆寺金堂や薬師寺東塔などに見られ、壁面を雨や雪から保護する役割を果たす。裳階(もこし)とも呼ばれ、「雨打」と表記されることもある。
沫雪は、泡のように軽やかで儚く消えやすい雪を指す。春先などに舞う淡い雪の形容として用いられ、表記には「泡雪」の字を当てることもある。
一面に白く降り積もった雪を指す語で、その様子が寝具の衾(ふすま)を掛けたように見えることに由来する。
無実の罪を晴らし、潔白を証明することを指す。冤罪を雪ぐという意味で、不当な嫌疑や中傷から解放され、名誉を回復する行為を表す。
雪合戦などで、雪を手で握り固めて作った投げるための雪の塊を指す。
雪庇(せっぴ)とは、山の尾根や稜線において、風下側に張り出すように形成される雪のひさし状の突出部を指す。風によって運ばれた雪が堆積し、不安定な状態でせり出していることが多く、登山者にとっては崩落の危険性を伴う。
六月雪はアカネ科に属する常緑の小低木で、白丁花(ハクチョウゲ)の別名として知られる。その名は漢名に由来し、六月頃に白い小花を雪のように咲かせることにちなむ。
地上に積もった雪が強風によって舞い上げられ、視界を遮るほど激しく吹き荒れる現象を指す。冬季に発生し、吹雪と同様に気象状況が悪化する状態を表す。
夏が過ぎてから初めて降る雪、あるいはその雪によって山頂などが白く覆われる現象を指す。特に冬の訪れを告げる自然の風物詩として捉えられる。
粗目雪とは、春先の日中に解けかかった雪が夜間に再凍結することを繰り返すうちに、ざらめ糖のように粗い粒状となった積雪を指す。冬の終わりから春にかけて見られる現象である。
雪花菜(きらず)は、豆腐を製造する際に大豆を絞った後に残る搾りかすを指す。その名称は、包丁で切らずにそのまま調理に用いられることに由来する。また「おから」とも呼ばれ、同義語として扱われる。漢字表記では「切らず」と書くこともある。
雪を丸めて球状にし、それを互いに投げ合う遊び。通常は二組に分かれて行い、雪の玉をぶつけ合うことで勝敗を競う。冬の戸外での遊戯として広く親しまれている。
陰暦二月の異称で、雪が解け始める時期であることに由来する。
雪が激しく降り、風が吹き荒れる冬の気象現象を指す。
雪を丸めて大小二つの玉を作り、それらを積み重ねて人形のように形作ったもの。冬の風物詩として親しまれ、特に子供の遊びや地域の行事などで見られる。
牡丹雪とは、牡丹の花びらを思わせるような大きな雪片が降る雪のことを指します。
噴雪花(ゆきやなぎ)は、バラ科の落葉小低木で、中国原産である。時に暖地の川辺で野生化している。葉はヤナギに似て小形で短く、春には白い小花を雪が積もったように無数に咲かせる。観賞用として親しまれ、コゴメバナとも呼ばれる。漢名に由来し、珍珠花や雪柳の表記も用いられる。
「肌肉玉雪」は、肌が玉のように滑らかで雪のように白いことを表す四字熟語である。唐代の韓愈が「殿中少監馬君墓誌銘」で用いた表現で、主に若々しく美しい肌の様子を形容する際に使われる。
「報仇雪恥」は、恨みを晴らし、恥をそそぐことを意味する四字熟語である。主に『水滸伝』などの作品において、受けた屈辱や害に対する復讐を成し遂げ、名誉を回復する行為を指して用いられる。
報仇雪恨とは、恨みを晴らすために敵に復讐し、積もった無念を雪ぎ清めることを意味する。
氷のように清らかで雪のように純粋な心や姿を表す四字熟語。高潔で汚れのない人格や、清涼感のある美しい様子を形容する際に用いられる。
氷甌雪椀は、氷のように透き通った磁器の茶碗や雪のように白い磁器の茶碗を指す語で、特に優れた磁器の器を美称する表現である。中国南宋の詩人范成大の詩に由来し、清らかで美しい磁器の風合いを氷や雪に喩えた雅やかな四字熟語である。
飛雪千里とは、雪が激しく降りしきり、遠くまで一面の雪景色が広がっている様子を表す四字熟語である。雪が風に舞い、はるか遠くまで白銀の世界が続く雄大な情景を指し、冬の厳しいながらも美しい自然の景観を描写する際に用いられる。
団雪之扇とは、『文選』所収の班婕妤「怨歌行」に由来する四字熟語で、潔白な絹地に作られた団扇(まるおうぎ)を積もった雪に喩えた表現である。夏に用いられて愛用されるが、秋が訪れると不用となる扇の運命を、君主の寵愛が移ろいやすいことへの喩えとして詠んだもので、転じて、人の情愛や寵愛の儚さ、また季節の移り変わりに伴う物の盛衰を象徴する語として用いられる。