三枝(さきくさ)は、茎が三つに分かれて生える草木の総称で、古くから吉祥のしるしとされてきた。その具体例としては、ミツマタやフクジュソウ、ジンチョウゲなど諸説がある。語源は「幸草(さきくさ)」に由来し、縁起の良い植物として捉えられてきた。また、「さいぐさ」と読む場合もある。
三彩とは、三種類の色の釉薬を用いて装飾を施した陶磁器の総称である。特に中国唐代に製作された「唐三彩」が著名であり、緑・白・褐(または黄)などの釉を掛け分けた華やかな作風が特徴とされる。
三枚とは、一枚の三倍を指す数量表現である。また、魚の調理法の一つとして、頭を落とし、中骨を境に両側の身を切り離して、骨と二枚の身に分けることを意味する。例えば「鯛を三枚におろす」などと用いられる。
三助とは、銭湯において湯を沸かすことや、客の背中を洗うなどの雑務を担当する男性の使用人を指す言葉である。
三位とは、位階制度における第三位の位階を指し、正三位と従三位に分けられる。また、キリスト教の教義においては、唯一の神が父なる創造主と子なるキリスト、聖霊という三つの位格として現れるという三位一体の概念を表す。
三余とは、学問に励むのに最も適した三つの余暇を指す。冬は一年の余り、夜は一日の余り、雨降りは季節の余りとされ、これらを有効に活用して勉学に専念すべきだという教えである。この考え方は『三国志』に由来する。
三里は灸術において用いられる経穴の一つで、膝蓋骨の外側下部にある窪みに位置する。この部位に施灸を行うと、様々な疾患に効能があると伝えられている。
三伏とは、夏至後の第三と第四の庚の日(それぞれ初伏・中伏と呼ぶ)および立秋後の最初の庚の日(末伏と呼ぶ)を合わせた期間の総称である。これは夏の最も暑さが厳しい時期を指し、「三伏の候」などの表現で時候の挨拶に用いられる。
三業(サンゴウ)とは、仏教において後の報いの因となる三種の行為、すなわち身体による行い(身業)、言葉による表現(口業)、心の働き(意業)の総称を指す。なお、「サンギョウ」と読む場合は、料理屋・待合茶屋・芸者屋の三種の営業を意味する。
三方とは、三つの方向や三つの面を指す語である。また、神仏や貴人に供物を捧げる際や、儀式において物を載せるために用いられる台のことも指し、その台は前面と左右の三面に穴が開いているのが特徴である。かつては食事の膳としても使用された。読み方は「サンボウ」ともする。
三幅とは、並幅(約36センチメートル)の布を三枚横に縫い合わせた幅を指し、その幅を持つ布地や、特にその幅で作られた布団などを表す語である。
同じことを何度も繰り返す様子を表す。二度や三度にとどまらず、頻繁に繰り返される行為や状態を指す。
三線は沖縄を代表する弦楽器で、本土の三味線と形状が類似している。演奏には撥を用いず、人差し指に義甲を装着して弦をはじく。胴には蛇皮が張られることが多く、その特徴から蛇皮線とも呼ばれる。
三一とは、二つの賽を投げて三と一の目が出る組み合わせを指す。また、江戸時代には、身分の低い侍を卑しんで用いた語で、特に「三一侍」という表現で用いられた。この呼称は、彼らの給金が年間三両一分に過ぎなかったことに由来し、ここでの「ピン」はポルトガル語で「一」を意味する語に因んでいる。
三楽とは、人が願い望む三つの事柄を指す。益となる三楽と損となる三楽があり、益は礼儀と音楽をほどよくわきまえること、人の善行をほめること、賢い友が多いことであり、損は驕楽(わがままにふるまうこと)、佚遊(なまけること)、宴楽(酒盛りをすること)であるとされる。これは『論語』に由来する概念である。
三絃は、中国を起源とする三本の弦を持つ撥弦楽器で、日本の三味線の原型となったものです。長い棹と小さな胴を持ち、主に爪や撥を用いて演奏されます。
三鈷は密教で用いられる仏具の一種で、金剛杵に分類される。金属製で三つに分かれた叉の形をしており、元来は武器に由来する。煩悩を打ち破る象徴として法具に転用されたものである。
三柏はリンドウ科の多年草で、山地の沼地などに自生する。カシワに似た三枚の小葉からなる複葉が特徴であり、夏には花茎の先に白い花を総状に咲かせる。葉は薬用とされ、別名をミズハンゲといい、「睡菜」と書くこともある。
三筋に分かれている状態、あるいはその分岐点を指す語。「三叉路」のように用いられる。読みは「みつまた」ともする。
十三夜とは、陰暦における毎月十三日の夜を指す。特に陰暦九月十三日の夜を指すことが多く、その夜の月は「後の月」や「栗名月」「豆名月」とも呼ばれる。中秋の名月に次いで美しいとされる秋の風物である。
三七日は、二十一日間、または二十一日目を指す。特に人の死後二十一日目を意味し、この日に行われる法事を指すこともある。由来は三と七を掛けると二十一になることから。
話し手(一人称)と聞き手(二人称)以外の第三者、あるいはそれ以外の事物を指し示す代名詞の総称である。例えば「彼」「彼女」「あの人」「あれ」などがこれに当たり、文法上で人称を区別する重要なカテゴリーを形成している。
河川が運搬した土砂が河口付近に堆積することによって形成される、概ね三角形を呈する平坦な地形。デルタとも呼ばれる。
三つで一組となる掛け物や調度品を指し、特に三幅一対の掛け軸や絵画、あるいは三つ揃いで用いられる物をいう。
三国一とは、かつて世界の主要な国々と考えられていた唐(中国)・天竺(インド)・本朝(日本)の三か国の中で最も優れていることを意味し、そこから転じて、広く世界で第一であること、この上なく優れていることを指す表現である。
ドクダミ科の多年草で、半夏生(はんげしょう)とも呼ばれる。漢名の「三白草」は、花期に茎の先端近くの葉が三枚ほど白く変化することに由来する。湿地や水辺に自生し、夏に花穂をつける。
陰暦の第三夜頃に見える細く弓状の月を指し、その前後の期間にも見られる。秋の季語としても用いられる。
江戸時代に夫が妻に離縁を通告するために交付した書状を指す。その内容がおよそ三行半にまとめられていたことに由来し、後に離縁そのものをも意味するようになった。
「降三世」は、密教における五大明王の一尊である降三世明王の略称である。東方を守護し、三界(欲界・色界・無色界)に住む衆生の煩悩を調伏し、仏法に帰依させる役割を担うとされる。
胸三寸とは、心の奥底に秘めた考えや本音を指す表現である。胸先三寸ともいい、他人に明かさず内に留めておく心情を表す際に用いられる。
当事国以外の国を指し、特に国際紛争などにおいて直接の利害関係を持たない国を意味する。
月の最終日、すなわち三十番目の日を指す語である。暦の上で月の締めくくりを表し、朔日(ついたち)の対義語として用いられる。漢字では「晦日」と表記されることもある。
甚三紅は、アカネで染めた紅梅色の絹布を指す。その名は、江戸時代に京都の桔梗屋甚三郎がこの染色を始めたことに由来する。
三度笠は、すげがさの一種で、顔を覆うように深く作られた形状が特徴である。江戸時代に、江戸と大坂間を日に三度往復した三度飛脚が用いたことに由来する名称である。
三毬杖は、正月十五日に行われる厄除けの火祭り行事を指す。由来は、毬打に用いる長い柄の槌を三本立てたことに因むとされ、左義長とも呼ばれる。
三狐神(さぐじ)は、農家において田の神として祀られる神を指す。本来は「みけつかみ」と呼ばれるが、その当て字である「三狐神」を音読みした「サンコシン」が転じて「さぐじ」となったものである。
三つの方向へ分岐する道路の交差点を指す。道が三筋に分かれる地点を表し、進路を選択する際の目印となる地形である。
三鞭酒とは、発泡性の白ワインの一種で、祝宴などの晴れの席で用いられる酒である。フランスのシャンパーニュ地方に由来する名称で、同地で生産されるものを指すことが多い。
カエデ科の落葉高木の一種で、漢名「三角楓」に由来する名称である。唐楓(トウかえで)とも呼ばれる。
ミクリ科に属する多年草で、沼や池などに自生する。葉は細長い線形をしており、夏には球状の頭花を付ける。果実は球状に集まり、その形状が栗の実に似ていることからこの名がある。また、「実栗」や「黒三稜」とも表記される。
九夏三伏とは、夏の最も暑さの厳しい時期を指す四字熟語である。九夏は夏の三か月すなわち九十日間を意味し、三伏は夏至後の三度目の庚の日を初伏、四度目の庚の日を中伏、立秋後の最初の庚の日を末伏とする、特に暑さの厳しい期間を総称したものである。
円融三諦とは、天台宗の教義において、空・仮・中の三つの真理が互いに妨げ合うことなく、円満に融け合い、一つの実相を成していることを表す概念である。
益者三友とは、孔子が『論語』において説いた交友の心得で、人にとって有益な三種類の友人を指す。すなわち、正直な人、誠実な人、見聞の広い博識な人であり、こうした友人と交わることを勧めている。
韋編三絶は、繰り返し熱心に読書することを意味する故事成語である。古代中国の書物は韋(なめし皮)のひもで綴じられており、孔子が『易経』を何度も読み込んだため、その綴じひもが三度も切れたという『史記』の故事に由来する。そこから、書物を綴じるひもが切れるほど熱心に読み耽る様子を表すようになった。
一筆三礼とは、書簡をしたためる際に、一字一字を心を込めて丁寧に書き、さらに三度礼を尽くすように慎重に扱うことを意味する。転じて、物事を行うにあたり、非常に細心の注意を払い、礼儀正しく慎重に対処する態度を表す四字熟語である。