林泉とは、樹木が茂り泉や池のある景観を指し、特にそのような自然の趣を大規模に取り入れた庭園を意味する。
死後の世界を指す語で、冥土やあの世を意味する。黄泉の下という原義から転じ、死者が赴く場所を表す。
高い所から勢いよく落下する水の流れ、すなわち滝を指す。また、勢いよく噴き出る泉のこともいう。
黄泉は、地下にあるとされる死者の世界を指す。中国では「黄」を地の色と見なすことから、地下の泉を意味する語とされる。死者が赴く場所として「黄泉の客」などの表現で用いられ、冥土と同義である。また「よみ」とも読む。
地熱によって温められて湧き出る地下水を指す。日本では摂氏二十五度以上か、特定の鉱物成分を含むものを温泉と定義している。また、その湯を利用した入浴施設や、その施設が集まる地域のこともいう。
霊泉とは、不思議な効能を持つとされる泉を指し、霊験あらたかな水が湧き出る場所を意味する。また、鉱泉や温泉の美称としても用いられ、特に病気の回復に効果があると信じられた湯を霊湯とも呼ぶ。
山あいの谷間から湧き出る泉、あるいはそのような地形に流れる水のことを指す。
醴泉とは、甘味のある水が湧き出る泉を指す。特に中国では、天下が太平な世に現れるとされる味の良い泉のことで、甘泉とも呼ばれる。
黄泉路とは、死者の魂が通るとされるあの世への道を指す。また、転じて黄泉の国そのものや冥土を意味することもある。
渇驥奔泉は、のどの渇いた駿馬が泉の水を目指して激しく駆け寄る様子を表す四字熟語である。ここから転じて、物事の勢いが非常に激しく、また急速であるさまを喩える。『新唐書』徐浩伝に典拠を持ち、「驥」は一日に千里を走る名馬を指す。
凱風寒泉は、親子の情愛が深いことを表す四字熟語である。特に母子の深い愛情を指すことが多く、また親孝行な子が母を慕う心情の喩えとしても用いられる。「凱風」は『詩経』に由来し、慈愛に満ちた母の情を優しい南風に喩えた語であり、「寒泉」は冷たい泉の意で、井戸水さえ旅人の渇きを癒すのに、子が母を労わらないことを悔いる心情を表す。
悪木盗泉とは、たとえ困難な状況に陥っても不正や悪事に手を染めてはならないという戒めを表す故事成語である。孔子が喉の渇きを覚えながらも、その名が良くないという理由で「盗泉」の水を飲まなかった故事に由来し、道義を重んじる者は、いかなる苦境にあっても節操を守り、不義に近づくことさえ避けるべきであるという教訓を示している。
泉石膏肓とは、山水の風趣を愛でる心が極めて深く、もはや病が膏肓に入ったように治りがたい境地に至っていることを表す。泉石は山水や自然の景観を指し、膏肓は病が深く入り込んで治し難い箇所を意味する。すなわち、俗世を離れて自然に親しむ思いが、あたかも不治の病のように心の奥底に染みついている状態をいう。