大成とは、物事を立派に成し遂げることを指す。また、特定の分野において優れた人物となることや、関連するものを広く集めて一つにまとめ上げる集大成の意味も持つ。
小成とは、わずかな成果や不完全な成功を指す。大きな達成には至らないものの、一定の進展や手応えを得た状態を表し、往々にして「小成に安んずる」のように、その程度の成功で満足してしまうことへの戒めとして用いられる。対義語は大成である。
天成とは、人為を加えず自然のままに形成されることを指す。また、生まれつき備わっている性質や才能を意味し、天性と同義として用いられることもある。
可成(なるべく)は、可能な限りそのようにすることを表す副詞で、望ましい状態や行為を実現するために最大限の努力を払う意を込めて用いられる。漢字では「成る可く」と書くこともある。
物事が新たに生み出され、形を成すことを指す。特に化学や生物学の分野において、新たな物質や化合物が作り出される過程を表す。
複数の要素や部分を組み合わせて、新たな一つのものを生み出すことを指す。特に写真においては複数の画像を組み合わせて一つの画像を作成する技術を意味し、化学の分野では元素から化合物を生成したり、単純な化合物からより複雑な化合物を作り出す過程を表す。
創業によって築かれた基盤を継承し、その事業や伝統を確固たるものとして維持・発展させていくことを指す。
物事をなし遂げること、またその結果として完成に至ることを指す。特に長年抱いてきた願望や目標が実現する場合に用いられ、努力の末に得られた満ち足りた結果という含みを持つ。
成仏とは、仏教において煩悩を離れ悟りを開き、仏の境地に至ることを指す。また、転じて人が亡くなり、安らかな仏の世界へ往生することを意味し、死を婉曲に表現する際にも用いられる。
成年とは、心身が十分に発達し、一人前の社会人としての責任を負うことができる年齢に達した状態を指す。日本の法律では満二十歳をもって成年と定められているが、婚姻した場合は二十歳未満でも成年とみなされる。また、皇室典範においては天皇、皇太子、皇太孫の成年は満十八歳とされている。
成育とは、人や動物が生まれてから成長し、成熟に至るまでの過程を指す。また、それらを育てる行為をも意味する。植物に関しては、通常「生育」の表記を用いる。
成敗(せいはい)とは、物事が成就することと失敗することを併せて指す語である。成功と失敗、あるいは事が成るか敗れるかを意味し、その結果は往々にして時の運に左右されるものとされる。なお、「せいばい」と読む場合は、処罰や討伐を意味する別語となる。
成敗とは、主に裁きを下すことや処罰を行うことを指す。裁判や審判の意味もあり、喧嘩両成敗のように双方を罰する場合にも用いられる。かつては罪人を打ち首にする処刑の意味もあった。なお、「セイハイ」と読む場合は、物事の成り行きや結果を表す別の語となる。
物事がうまくいくかどうかという結果を指す言葉で、成功と失敗の両方の可能性を含む概念を表します。
成算とは、物事をなし遂げる見込みや成功の可能性を指す言葉である。計画や行動の結果が期待通りに成就する確かな見通しがある場合に用いられる。
団体や組織を構成する一人ひとりのことを指し、その集団に所属して活動に参加する人を意味する。
成分とは、ある物事を構成する個々の要素や物質を指す。例えば、食品においては栄養素などの構成物質を意味し、文法においては文を形作る主語や述語などの各部分を指す。
成熟とは、果実や穀物が十分に育って実ることを指す。また、人間が心身ともに十分に成長し、円満な状態に達することも意味する。さらに、物事がちょうどよい時期を迎え、機が熟するという状況を表す際にも用いられる。
努力や活動によって得られた良い結果や、物事を成し遂げた際の実りを指す。特に、研究や事業などにおいて達成された目覚ましい業績に対して用いられることが多い。
成魚とは、成長過程を終え、生殖能力を備えた成熟した魚を指す。稚魚や幼魚の段階を経て、体の構造や機能が完全に発達した状態を表す。
成人とは、子供が成長し一人前の人間となることを指す。また、法律上では満二十歳に達した者を意味し、この年齢に達することを成年に達するとも表現する。
学業や業務などにおいて達成された成果を、一定の基準に基づいて評価した結果を指す。学習の進捗状況や仕事の達成度を数値や段階で示すものであり、学習成績や営業成績などの表現で用いられる。
成形とは、材料に加工を施して特定の形状を作り出すこと、あるいはその過程で形状が定まることを指す。特に工業分野において、鋳造や射出成形などの方法により製品の形態を形成する意味で用いられる。
生殖可能なまでに成長した動物を指し、特に幼生や未成熟な段階を経て完全な発達を遂げた個体をいう。
型を用いて素材を一定の形状に作り上げることを指す。特に、陶磁器や金属、樹脂、あるいは食品などを、所定の型にはめて成形する工程をいう。
老成(ひね)とは、物事が長い時間を経て古びた状態を指し、特に生姜などが熟成された様子を表す。また、年齢よりも大人びた様子や、考え方や態度が成熟していることを意味する場合もある。
老成とは、年齢の割に考え方や態度が大人びており、落ち着きがある様子を指す。また、長年の経験や修練を積み重ねることによって、技芸や人格が円熟し、深みを帯びた境地に至ることも意味する。
その場ですぐに完成すること。特に、特定の服装や装備を身につけることで、即座にそれにふさわしい外見や役割を備える様子を指す。
物事がすべて整い、完全に仕上がった状態を指す。また、そのように仕上げる行為をも意味する。
変成(へんじょう)とは、仏の功徳によって成り変わることを指し、特に女性が男性に生まれ変わることを意味する。一方、「へんせい」と読む場合は、形が変わって生じること、あるいは形を変えてつくる意となる。
短期間で物事を完成させること。また、そのような方法や過程を指す。通常、急いで仕上げる必要がある状況や、短期集中型の学習・訓練などに用いられる。
偶成とは、意図せずに自然とできあがること、またその作品を指す。特に詩歌や文章など、創作の分野において用いられ、計画や作為を伴わずにふと生まれた成果をいう。
晩成とは、物事が通常よりも遅く完成することを指す。特に人間においては、年齢を重ねてから才能や人格が成熟し、大成する様子を表し、「大器晩成」の成句で用いられることが多い。
二つ以上の異なる要素を組み合わせて新たなものを形成すること。また、それらが融合して一つのまとまりを成すことを指す。
いくつかの要素や成分が組み合わさって、一つのまとまったものを形づくること。また、その組み合わせそのものや、組み立てられたものの構造を指す。
転成とは、ある性質を持つものが異なる性質のものへと変化することを指す。特に文法においては、語の意味や用法が転じて、元とは別の品詞として機能するようになる現象を意味し、そのようにして生じた語を転成語と呼ぶ。
ある事柄の実現を目指し、その達成を期すること。特に、特定の目標や計画を成し遂げようと努力する姿勢を指す。
建築物や土木構造物が完成し、使用に供することができる状態になることを指す。特に大規模な建造物の完成をいう場合が多い。
達成とは、目指していた目標や計画を成し遂げることを指す。努力の末に望む結果を得るという意味合いが強く、特に困難を伴う事柄を遂行した際に用いられる。
多くの同種のものを集め、一つのまとまった形に整えることを指す。また、そのようにしてまとめられた成果物そのものも意味する。
いくつかの要素や部分が集まり、一つのまとまったものを作り上げること。また、そのようにして組み立てられたもの自体を指す。
技芸や心身を鍛え上げ、優れたものに仕上げることを指す。長い修練を経て、能力や精神を磨き高める過程や結果を表し、「錬成」とも書かれる。
熟成とは、時間をかけて十分に完成し、発酵や熟度が進むことで独特の風味や品質が生まれることを指す。特に食品や飲料において、その過程を経て味わいが深まる状態を表す。
他人の意見や提案などに対して同意し、それを支持することを指す。会議や議論の場において、ある案に同意する意思を示す際に用いられる。
錬成とは、技芸や心身を鍛え上げ、磨きをかけて一人前に育て上げることを指す。特に、修練を通じて人格や技能を陶冶・育成する際に用いられ、青少年の育成や武道などの修行の場で使われる。表記としては「練成」と書くこともある。
夙成とは、幼少の頃から優れた才能や知性を示し、年齢よりも成熟した振る舞いや考え方を持つことを指す。早熟とも呼ばれ、通常の成長過程を超えて早期に完成度の高い能力や人格が形成される様を表す。
成蹊とは、徳の高い人物のもとには、自然と人々が慕い集まる様子を表す故事成語である。『史記』に引用された「桃李言わざれども、下自ら蹊を成す」という言葉に由来し、桃や李の木は何も言わないが、その花や実を求めて人が集まり、自然と小道ができるように、優れた人徳を持つ者の周囲には、知らず知らずのうちに人が集まるという意味を表す。
建築物や土木工事などが無事に完成することを指す。特に大規模な建造物の完工をいう場合が多く、竣工や落成と同義で用いられる。
小物成とは、江戸時代に年貢(本途物成)以外に課せられた雑税の総称を指す。田畑の収穫物から納める年貢を「物成」と呼ぶのに対し、それ以外の諸税を区別して用いられた語である。
未成年とは、法律で定められた成年の年齢に達していない状態を指し、またその状態にある人を指す。日本の法律では、二十歳に満たない者をいう。
緑色植物が太陽光のエネルギーを用いて、二酸化炭素と水から酸素と炭水化物を生成する一連の生化学反応を指す。
成丁者とは、一人前の大人として認められる年齢に達した者のことを指す。主に明治時代に用いられた表現で、現代でいう「成人」に相当する。
急に大金持ちになること、あるいはそのような人を指す。一夜にして富を得た者を意味し、俄大尽や俄長者などとも呼ばれる。
すでに成立して広く知れ渡っている事実を指す。特に、議論や交渉の余地なく受け入れざるを得ない状況を表す際に用いられる。
既成概念とは、すでに世の中に定着し、広く受け入れられている考え方や物事の捉え方を指す。長い時間をかけて形成され、人々の間で共通の前提として機能している観念や価値観を意味する。
「揮汗成雨」は、汗を振るい落とすと雨のように降りかかるほど多くの人が集まっている様子を表す四字熟語である。もとは『戦国策』に由来し、人々が溢れかえる繁華な街の様相を誇張して描写する際に用いられる。
羽翼已成とは、鳥の翼がすでに完成している様子から転じて、勢力や力が十分に備わり、独立して行動できる状態に達していることを意味する。特に、後継者や部下が一人前になり、もはや手助けを必要としない状況を指して用いられる。
「一成一旅」は、支配する領土が狭く、統治する民も少ない状態を指す四字熟語である。ここでの「一成」は十里四方の土地を、「一旅」は五百人の兵士を意味し、ともにその規模の小ささを表している。わずかな基盤から国を興すような、ごく小さな勢力や基盤のたとえとして用いられる。出典は『春秋左氏伝』哀公元年にある。
一気呵成とは、物事を一息に成し遂げることを指す四字熟語である。特に文章を途切れることなく一気に書き上げる様子を表し、「一気」は一呼吸、「呵」は息を吐くことを意味する。詩文の創作などにおいて、最初から最後まで勢いを保って完成させることを喩える表現として用いられる。