公平で偏りのないこと。また、そのような状態や性質を指す。私心や不正がなく、道理にかなった判断や行動が行われる様子を表す。
正覚とは、仏教において一切の迷いや妄執を断ち切り、真理を完全に悟りきった境地を指す。仏陀が成道によって到達した、この上ない真実の智慧と覚りの状態を表す語である。
正気とは、精神状態が正常で気の確かなことを指す。また、酒に酔っていない状態、すなわちしらふの意味でも用いられる。
正絹とは、混ざり物のない純粋な絹、またはその絹で織られた織物を指す。純絹や本絹とも呼ばれ、人造絹糸(人絹)と区別して用いられる。例えば「正絹のネクタイ」のように、高級な絹製品を示す表現として使われる。
正午とは、一日のうちで太陽が真南に位置する時刻を指し、昼の十二時に相当する。かつての時刻の呼び方では、午の刻のちょうど真ん中にあたることからこの名がついた。
正直とは、嘘や偽りを交えず、ありのままを素直に表す様子を指す。また、物事の本心や真実のところを述べる際にも用いられる。
正税とは、律令制において国や郡の倉庫に収められた租としての稲を指す。毎年春に官稲を利息付きで貸し出す出挙を行い、その利稲を国や郡の諸経費に充てた。大税とも呼ばれる。
正体とは、偽装や変装などによって隠されたり変化させられたりする前の、本来の姿やありさまを指す。また、正常な意識や感覚が保たれている状態、すなわち正気を意味することもある。
正札とは、商品に付けられた札に、掛け値のない実際の値段を記したものを指す。また、そのように表示された値段そのものを意味し、正価と同義である。
正室とは、主に身分の高い者の正式な妻を指す語で、本妻ともいう。側室に対する概念である。また、転じて、屋敷の表側にあり、格式を重んじる座敷の呼称としても用いられる。
正業とは、社会において正当と認められるまともな職業を指し、生計を立てるための本筋の仕事として捉えられる。
正価とは、商品に表示された価格のことで、割引や値引きをせずに販売する際の金額を指す。定価や表示価格と同義で、特に小売業において掛け値のない実際の売り価格として用いられる。
正誤とは、正しいことと誤っていること、あるいはその判断を指す。また、誤りを正す行為や訂正の意味も含み、例えば「正誤表」のように用いられる。
正貨とは、その額面通りの価値を有する貨幣を指し、金本位制の国における金貨や銀本位制の国における銀貨のように、本位貨幣として機能するものをいう。
普通の状態であり、特に変わったところや問題がないことを指す。物事が本来あるべき姿を保ち、規則や基準から外れていない様子を表す。
事実や内容に誤りがなく、確実であるさま。また、物事の基準や規範に合致している状態を指す。
正大とは、心構えや振る舞いが道理に適っており、隠し立てのない堂々とした様を指す。私心なく公明正大な態度で事に当たる気風を表す語である。
国家や政府によって公式に編纂された歴史、またはその書物を指す。また、中国においては紀伝体で記された歴史書の総称としても用いられる。
正面からまっすぐに見ること。また、物事をありのままに直視することを指す。
正式とは、略式や略称に対して、定められた手続きや形式をすべて備えている様子を指す。特に公文書や儀式、制度などにおいて、規定通りの厳格な方式で行われることを表す。
道理や法律に照らして正しく、適切であること。また、そのような状態や性質を指す。
夢に見たことが現実に起こることを指し、予知夢の一種とされる。逆夢(さかゆめ)と対比される概念で、夢の内容がそのまま現実化する現象を表す。
正統とは、ある分野において正しい血筋や系統を受け継ぐことを指す。特に家元制度や芸道などで、始祖から連綿と続く正当な継承者を意味する。また、宗教や学問の分野では、始祖の教義や思想を忠実に守り伝える立場や流派を表し、異端と対比される概念である。
正占は、物事を正確に言い当てる占いのことを指す。語源は「まさうら(正占)」が転じた「ますら」である。
正面(まとも)とは、まっすぐに対面する様子を指し、例えば陽光を真正面から浴びる場合などに用いられる。また、きちんとしていて正常な状態や、まじめな様子を表すこともあり、真っ当な職業に就くといった表現で使われる。表記としては「真面」と書くこともある。
正道とは、物事の正しい道理や筋道を指し、人として踏み行うべき正しい行いや生き方を意味する。邪道に対立する概念であり、社会や倫理において規範とされる道を歩むことを示す。
正文とは、注釈や解説の対象となる主要な文章を指す。また、条約や国際文書において、解釈上の基準となる特定の言語で書かれた原本の文章を意味し、例えば国連憲章では英語や中国語など五つの言語による文章がこれに当たる。
正身(そうじみ)とは、まさにその人であることを指し、本人や当人を意味する。語源は「ショウジン」が転じたものとされる。
正木はニシキギ科に属する常緑の低木で、その名は樹皮の繊維が真っ直ぐに通っていることに由来するとされる。
法令や規則、制度などをより適切なものに改め直すことを指す。特に既存の条文や規定の内容を見直し、不備や時代に合わない部分を修正する行為をいう。
税務申告や登記、判決などにおいて誤りがあった場合に、それを正しい内容に改めることを指します。例えば、確定申告の内容に誤りが発覚した際に行う所得税の更正決定などがこれに当たります。
誤りや不正確な箇所を正しい状態に改めること。特に文章や表記の誤りを直す場合に用いられる。
誤りや不適切な部分を改め直して正しくすること。特に制度や習慣などに対して用いられる。
誤りや不十分な点を改め、正しい状態に直すことを指す。例えば、予算案や軌道など、計画や方向性の調整に用いられる。
真実であり偽りがなく、確かにその通りであることを指す。また、紛れもなく本物であることを表す。
不正な行為や風紀を厳しく取り締まり、規律や秩序を正すことを指す。組織や集団内の規律を引き締め、健全な状態を維持するために行われる措置を意味する。
不足や誤りを補い、正しい状態に整えることを指す。計算の誤りを直したり、予算案を審議して適切な内容に修正する場合などに用いられる。
僧侶の階級制度における最高位を指し、大僧正・正僧正・権僧正などの段階に分かれる。
その事柄や状況にふさわしく、道理にかなっていること。また、そのさま。
厳しく公正な態度で物事に対処する様子を指す。規則や基準を厳格に適用し、偏りや不正のない公正さを保つことを意味する。
小麦粉を食塩水で練り、水洗いして小麦タンパク質と分離させた後、沈殿させて得られるでんぷんを指す。主に煮て糊として用いられる。
正朔とは、正月の初日のことを指し、元旦を意味する。また、暦そのものを指す場合もある。この語は、年の始まりを表す「正」と、月の初日を表す「朔」とから成り立っている。
正餐とは、西洋料理などにおいて正式な献立に沿って供される料理、あるいはその食事そのものを指す。特に晩餐会など格式ある場での食事を意味し、日常の軽食とは区別される。
誤りや悪い状態を正しい方向に改めることを指す。特に道徳や秩序など、規範に関わる事柄について用いられる。
「刪正」は、文章や記述の内容を削除したり修正したりして、より正確で適切な形に整えることを意味する。これは「刪修」と同義であり、主に文章の推敲や校正の過程において、不必要な部分を省き、誤りを正す作業を指す。
斧正とは、自作の詩文の添削を他人に依頼する際に用いる謙譲語で、斧で切り正すという原義に基づき、自身の未熟な作品を相手が直してくれることを願う気持ちを表します。
醇正とは、混じりけがなく本来の姿を保っていることを指す。特に、品質や性質が純粋で正統である様子を表し、「純正」と表記されることもある。
誤りや不備を改め正すことを指し、特に制度や規則、文章などの不適切な部分を修正して正しい状態に整えることを意味する。
正念場とは、歌舞伎や浄瑠璃において主人公の真価が最も強く発揮される重要な場面を指す。転じて、物事の成否がかかる最も重大な局面や、真の力量が試される場面を意味する。「性念場」とも表記する。
奇計や策略を用いず、正面から堂々と攻めていく方法を指す。
四辺の長さが等しく、四つの角がすべて直角である四角形を指す。
正東風は真東から吹いてくる風を指し、春の季語として用いられる。表記は「真東風」とも書く。
弾正台は、律令制において警察・監察を担当した官庁である。主に都の風俗取締まりや犯罪捜査を職務とし、その長官である弾正尹をはじめとする役人たちが、朝廷の秩序維持に当たった。「弾正」という語には、罪を糺し正すという意味が込められている。
帰正反本とは、誤った道から離れ、正しい道に立ち返り、根本に帰ることを意味する四字熟語である。『蜀志』「馬超伝」に典拠を持ち、本来の正しい状態や道理に回帰するという思想を表す。
悪い行いを改めて正しい道に立ち返ることを意味する四字熟語。
臨終に際して心を乱さず、安らかに往生を念じる心境を指す。特に仏教において、死を目前にした者が信仰に基づいて平静を保ち、来世の浄土への確信を抱く様を表す。
仏教において、邪な道を捨てて正しい道に立ち返ることを意味する。特に、誤った教えや行いから離れ、仏法の正しい教えに帰依することを指す。
方正の士とは、心が正しく行いがきちんとした立派な人物を指す。品行方正で私心がなく、常に道義に従って行動する人を形容する表現である。