狂喜とは、理性を失うほどに激しく喜ぶことを指す。通常の喜びを超えた極度の興奮状態を表し、狂おしいほどの歓喜に身を震わせる様子をいう。
狂犬とは、狂犬病に感染した結果、凶暴性を増し、人や他の動物に無差別に噛みつくようになった犬を指す。
心が乱れ、正しい判断ができなくなる状態を指す。激しい感情や衝動に駆られて理性を失い、物事の道理を見失う様を表す。
気が狂ったように荒れ狂う様子を指し、常識を超えた乱暴さや凶悪さを表す。特に動物の性質などについて用いられることが多く、同音の「凶暴」と書かれる場合もある。
精神の均衡を失い、正常な判断や行動ができなくなる状態を指す。激しい感情の高ぶりや極度の衝撃などによって理性を失い、常軌を逸した言動を示す様をいう。
風狂とは、常軌を逸した狂おしい精神状態、あるいはそのような人物を指す。また、世間の慣習に捉われず、風流の道に深く通じた生き方、あるいはそのような境地に達した人をも意味する。
粋狂とは、普通の人ならば興味を持たないような物事に強い好奇心を抱き、それに熱中する性質、あるいはそのような人を指す。常軌を逸したほどの風変わりな趣味や行動を伴うこともあり、「酔狂」とも書く。
酔狂とは、酒に酔って理性を失う状態を指すほか、普通ではしないような風変わりな振る舞いや、そのようなことを好む性質、またそうした人物を表す。伊達や酔狂でするというように、実利ではなく気まぐれや趣味として行う様子にも用いられる。表記は「粋狂」や「酔興」と書くこともある。
陽狂とは、狂気を装う行為、あるいはそのような振る舞いをする人物を指す。佯狂とも表記され、本心を隠すために故意に常軌を逸したふりをすることを意味する。
突然で常軌を逸した様子を指し、予期せぬ奇抜な言動や、調子外れでとっぴな振る舞いを形容する。
ある物事に対して極度に興奮し、我を忘れるほど夢中になる状態を指す。
荒れ狂う大波を指すとともに、転じて激しく乱れて収拾のつかない事態や情勢を喩える表現として用いられる。
狂ったように騒ぎ立てることを指し、人々が熱狂や興奮のあまり秩序を失って大騒ぎする状態を表す。特に集団が異常な熱気に包まれた状況や場所を形容する際に用いられる。
荒れ狂うように吹きすさぶ激しい風を指す。特に勢いが猛烈で、周囲のものを巻き上げるような大風を意味する。
佯狂とは、狂気を装う行為、あるいはそのような振る舞いをする人物を指す。漢字表記としては「陽狂」とも書かれる。
激しく狂ったように荒れ狂うさまを指し、常軌を逸した乱暴な行動や、物事が極めて激しく勢いを増して収拾がつかない状態を表す。
気分が高揚して抑制が効かず、騒がしく振る舞う状態を指す。また、精神医学においては躁病と同義で、感情が異常に高揚し、活動性が亢進する精神状態を表す。
間狂言とは、能の一曲の中で狂言方が登場して演じる部分を指す。能の主題や筋立てを語り、物語の展開を説明する役割を担い、観客の理解を助ける。能と能の合間(あい)に演じられることからこの名がある。
俄狂言は、即興で行われる滑稽な狂言の一種であり、座興として演じられる茶番狂言を指す。にわかとも呼ばれ、表記としては「仁輪加狂言」と書くこともある。
我慢強狂とは、我慢強さが尋常ではないほどに強く、ある種の狂気じみた域に達している様子を表す四字熟語である。
狂言綺語とは、道理に合わない虚妄の言葉や、表面だけを飾り立てた美辞麗句を指す。転じて、小説や物語など、事実に基づかない作り話を軽んじて言う語として用いられる。白居易の詩文にも見られる表現であり、「きょうげんきぎょ」とも読む。
狂喜乱舞とは、極度の喜びに心を奪われ、舞い上がるように興奮し、我を忘れて踊り狂う様子を表す四字熟語である。
狂悖暴戻とは、常軌を逸して道理に背き、乱暴で非道な振る舞いに及ぶさまを表す四字熟語である。狂って理性を失い、道理に逆らう「狂悖」と、暴虐で道理に外れた「暴戻」とが結びつき、極めて横暴で無法な状態を強調する表現となっている。
狂瀾怒濤とは、激しく荒れ狂う大波や怒涛を意味し、転じて世の中や情勢が激しく動揺し、収拾がつかないほど混乱した状態を表す。