学問や文芸に傾倒するあまり、体が弱く気力に乏しいさま。また、そのような性質や人を指す。
劣弱とは、他と比べて劣っており、力や強さが不足している状態を指す。特に、能力や性質、あるいは組織や体制などが脆弱で、十分な機能を発揮できない様子を表す。
年齢が若いことを指すとともに、数え年で年齢を言う際に、その年の後半に生まれた場合を表す。後者の用法では、同じ年の前半に生まれた「年強」と対をなす表現である。
弱視とは、眼鏡やコンタクトレンズを用いても十分な視力の矯正が得られない状態を指し、そのような視覚機能の低下した目のこともいう。
弱小とは、力や規模が弱く小さいことを指す。例えば、弱小チームというように、強大な相手に対して劣る状態を表す。また、年齢が若く未熟であるという意味でも用いられ、年少者や経験の浅い者を指す場合がある。
弱震とは、家屋がわずかに揺れ、戸や障子が音を立てる程度の地震を指す。かつて用いられた地震の強さを表す階級の一つである。
弱冠とは、男子が二十歳に達することを指す語である。古代中国の礼制に由来し、元服の儀式で冠を着ける年齢であったことからこのように呼ばれる。転じて、二十歳前後の若い年齢を広く意味し、また、一般に年が若いことの表現としても用いられる。
細くしなやかな竹を指し、特に若い竹を意味する。また、メダケの別称としても用いられる。
弱音とは、困難に直面した際に発せられる意気地のない言葉、あるいは気力の萎えた弱々しい声のことを指す。
弱虫とは、気力に欠け、困難に直面した際にすぐに挫けたり逃げ出したりするような臆病な人を指す言葉である。
衰弱とは、身体や精神の活力が次第に失われ、弱っていく状態を指す。長期間の病気や過労などによって生じ、体力や気力が著しく減退する様子を表す。
体が弱く、病気にかかりやすい状態を指す。体力や抵抗力が乏しく、健康状態が不安定な様子を表す。
内容や中身が十分でなく、必要とされるものが欠けている様子を指す。また、見た目が頼りなく、力強さに欠ける様子についても用いられる。
物事の性質や状態が柔らかくて弱いことを指す。また、意志や態度が弱々しく、しっかりとした芯がない様子を表し、精神や考え方のたるみや弱さをいう場合にも用いられる。
精神力や体力などが弱く、しっかりとしていない様子を指す。また、物事の根拠や基盤が頼りなく、確かさに欠けるさまを表す。
体つきや体格が細くて弱々しいさまを指し、華奢で力強さに欠ける様子を表す。
臆病で気力に欠け、困難に直面した際に勇気を持って立ち向かうことができない性質を指す。
ヒノキ科の常緑高木を指す。漢名「弱檜」に由来し、日本では「椹(さわら)」とも呼ばれる。
気力に乏しく、意志が弱くて決断力に欠ける様子。困難に直面した際にしっかりと立ち向かう強さがなく、容易に挫けたり屈服したりする性質を指す。
体が弱々しく、力のない様子を指す。特に、病気や疲労によって体力が衰え、ひどく弱っている状態をいう。
弱法師とは、足元がふらつきながら歩く僧侶の様子を表す語で、「よろぼし」とも読む。
意志が弱く、物事を最後までやり遂げる忍耐力や決断力に欠ける様子を指す。困難に直面した際にすぐに諦めたり、自分自身の決意を貫くことができない性格を表す。
「蓬莱弱水」は、中国の伝説に登場する蓬莱山と弱水という二つの遠く隔たった場所を指す四字熟語である。蓬莱は東海の彼方にあるとされる仙人の住む理想郷であり、弱水は西方の鳳隣洲を流れる川と伝えられる。この二つが並び称されることで、比べようもなく遠い距離や、容易には到達しがたい隔たりを喩える表現となっている。「蓬莱弱水の隔たり」ともいう。
薄志弱行とは、意志が薄弱で決断力に欠け、物事を断固として実行に移す力が乏しい様子を表す四字熟語である。心がかりはあってもそれを貫く強さがなく、行動が伴わない状態を指す。
心神耗弱とは、善悪を判断しそれに基づいて行動する精神の能力が著しく低下している状態を指す。刑法上、責任能力が制限されていると認められる場合があり、裁判においては刑の減軽事由となることがある。
『書経』に由来する四字熟語で、弱い者を併合し、混乱した国を攻め取ることを意味する。転じて、勢力の弱い相手や混乱した状況につけ込んで利益を得る行為を指す。
「強幹弱枝」は、樹木の手入れにおいて根幹を強く保ち枝を適度に剪定することを指す。転じて、中央の権力を強化し地方の権限を抑制する統治理念を表す。ここで「幹」は中央政府を、「枝」は地方政権を象徴する。この語は『史記』に由来し、国家の安定を図るために中央集権を重視する考え方を示している。
強食弱肉とは、強い者が弱い者を食い物にするという自然界の摂理を表す四字熟語である。この語は、唐代の文人である韓愈の「送浮屠文暢師序」に由来し、弱肉強食とも言われる。転じて、人間社会においても、力や権力を持つ者が弱者を圧倒し、利益を独占するような厳しい生存競争の様相を喩える際に用いられる。