人の外見や身なり、あるいは人となりを表す語。主に怪しげな様子や品性を指して用いられる。例えば「怪しげな人体」などと言う。なお、「じんたい」と読む場合は、人間の肉体そのものを意味する。
物事の主要な部分や大部分を指し、全体の概要やおおよその様子を表す。また、物事の根本や起源に遡って考える際にも用いられ、そもそもの原因や起点を示す表現としても機能する。
小体とは、住居や生活の様子が質素で控えめであり、派手さや贅沢さを感じさせないさまを指す。
正体とは、本来のありのままの姿や形を指し、変装や偽装などによって隠されたり変化させられたりする前の真の姿を意味する。また、意識や感覚が正常な状態にあること、すなわち正気を保っていることも表す。
母体とは、出産前後の母親の身体を指す。また、そこから派生して、ある物事が生じる根源となるものや、組織・集団の出所を意味する場合もある。
二つ以上のものが一つにまとまり、一体化することを指す。特に異なる性質や種類のものが結合して新たな単一体を形成する場合に用いられる。
同じ一つの体であることを指す。また、相撲において両力士が同時に倒れるなどして勝敗が判定できない状態を表し、この場合は取り直しとなる。
動物が生殖可能な状態まで成長し、成熟した段階を指す。特に、子孫を産み育てる能力を獲得した個体をいう。
物質の三態の一つで、一定の形や体積を持たず、容器の形状に合わせて自由に広がり流動する状態を指す。例えば空気や各種のガスがこれに当たり、固体や液体と対比される概念である。
年を経た人の身体、あるいは老人そのものを指す語。また、敬意を込めて老人を呼ぶ際にも用いられる。
自分自身が実際に経験し、その過程を通じて感じたり学んだりすることを指す。単なる知識としてではなく、身体や心で直接味わうことを意味する。
体言とは、日本語文法において活用の変化を持たず、単独で主語となることができる語の総称である。名詞や代名詞などがこれに該当し、述語の中心となる用言と対をなす概念として位置づけられる。
体位とは、身体の状態や健康の程度を指すとともに、身体の位置や姿勢そのものを表す言葉である。例えば、体力や健康の水準を高めることを「体位の向上」と言い、また、医療やスポーツの場面では、身体の構えや姿勢のあり方を意味する。
体様とは、物事のあり方や状態、様子を指す言葉である。また、その表記は「態様」と書くこともある。
体力とは、身体が持つ活動や作業を行うための能力を指し、運動や労働に耐える力として理解される。また、病気や怪我に対する抵抗力としての側面もあり、健康状態の維持に重要な要素となる。
体裁とは、外から見たときの様子や形を指し、外見や見かけを意味する。また、世間から見られたときの自分の姿や状態についての印象、いわゆる世間体も含まれる。さらに、一定の形式や枠組みを指す場合もあり、人に気に入られるよう表面を取り繕う行為もこの語で表される。
体の健康状態や具合を指す語で、主に病気や不調の有無、快調さの程度などを表す。
一定の形状と体積を持ち、外部から力を加えない限り容易に変形しない物質の状態を指す。気体や液体と対比される概念であり、分子や原子が強く結合して規則正しく配列していることが特徴である。
手足と胴体を含む人体の部分を指す。特に四肢と体幹の総称として用いられ、身体全体の線や姿を表す際にも使われる。
為体(ていたらく)とは、見苦しい様子や情けない状態を指す言葉である。周囲から軽蔑や嘲笑の対象となるような、みっともない振る舞いや状況を表現する際に用いられる。
病気や怪我の症状が極めて重く、生命の危険が差し迫っている状態を指す。
その人の身なりや様子から、職業や身分などを推し量ることができる外見や格好を指す。顔つきや服装など、外から見て取れる全体の印象を表す。
気体と液体のように、一定の形を持たず流動する性質を持つ物質の総称を指す。物理学や工学の分野では、流動体とも呼ばれる。
病気を患っている状態の身体を指し、健康を損なった人の体そのものを表す語である。病に冒された肉体という意味合いを持ち、病人の身体状況を言い表す際に用いられる。
益体とは、役に立つことや整った状態を指すが、多くは「益体もない」という否定形で用いられ、つまらないことや無駄なことを意味する。
胴体とは、頭部や四肢を除いた体の中心部分を指す。また、飛行機や船などの乗り物において、主要な構造部分を表す場合にも用いられる。
黄体とは、卵巣において排卵後に形成される黄色を呈する内分泌組織であり、主にプロゲステロン(黄体ホルモン)を分泌し、妊娠の維持に重要な役割を果たす。
献体とは、生前の本人の意思に基づき、死後に遺体を医学教育や研究のために無償で提供することを指す。
衣服を身に付けていない状態の体、すなわち裸身を指す。美術の分野では、衣服をまとわない人体を描いた絵画を裸体画と呼ぶ。
総体とは、物事の全体を指す言葉である。また、事柄の根本や全体にわたる様子を捉え、総じてそうだという意味でも用いられる。
電気や熱を容易に伝える性質を持つ物質を指す。金属の多くはこの性質を有し、特に銀や銅、アルミニウムなどが代表例として挙げられる。伝導体や良導体とも呼ばれ、これに対して電気や熱をほとんど通さない物質は絶縁体と呼ばれる。
主に体格や体つきの大きさを指し、特に大柄な身体をいう。
「為体」は、物事の本来の姿や正体を指す言葉である。特に、その実態がはっきりと把握できないものに対して用いられ、「得体が知れない」などの表現で、不可解な性質や正体不明であることを表す。表記としては「得体」と書かれることも多い。
「勿体」とは、わざとらしく重々しい様子や態度を指し、また偉そうに見せかけるさまを表す。故意に仰々しい振る舞いをすることを「勿体をつける」といい、もったいぶった話し方を「勿体ぶって話す」と表現する。漢字表記としては「物体」と書くこともある。
卦体(ケッタイ)は、奇妙なさまや変なさま、不思議なさまを表す語であり、主に関西地方で用いられる。例えば「卦体な話」や「卦体な人」のように、通常とは異なる様子や不可解な状況を指して使われる。なお、「ケタイ」と読む場合は易の用語として、占いの結果を意味する。
拗体とは漢詩における詩体の一つで、絶句や律詩の形式において平仄の規則に従わない変格の詩体を指します。
反体制とは、現存する政治体制や社会体制に異議を唱え、その変革や打破を目指す立場や思想を指す。
世間体とは、社会一般の人々から見たときの体裁や面目のことを指し、自分や家族の行動や状態が周囲からどのように評価されるかを気にする気持ちを表す。
一定の地域と住民を有し、法律に基づいて自治権を行使する地方行政の単位を指す。都道府県や市町村などがこれに該当し、地方公共団体とも呼ばれる。
直方体とは、六つの面がすべて長方形であるか、あるいは二つの正方形と四つの長方形からなる立体であり、平行六面体の一種である。
写真や映像において、カメラによって撮影される対象となる人物や事物を指す。特に写真撮影の分野で用いられ、画面に収められる主題そのものを意味する。
眼球内において水晶体と網膜の間に充満する、透明なゼリー状の組織を指す。その構成の大部分は水分であり、眼球の形状を保つとともに、光が網膜に到達するまでの通り道としての役割を果たしている。
二人以上の者が心を一つにし、まるで一つの体であるかのように強く結びついていることを表す。非常に緊密な協力関係や、深い愛情や信頼に基づく一体感を指す。
異体同心とは、身体は別々であっても心が一つに通じ合っていることを表す四字熟語である。主に夫婦や親友など、深い絆で結ばれた間柄において、互いの思いや考えが一致し、強い信頼関係が築かれている様子を喩える際に用いられる。
「量体裁衣」とは、体の寸法に合わせて衣服を仕立てることを意味し、転じて物事を行う際に、実際の状況や条件に応じて適切な方法を取るべきであるという教訓を表す。『南斉書』「張融伝」に由来する故事成語であり、状況に合わせて柔軟に対応することの重要性を説いている。
物我一体とは、自己と外界の事物との区別がなくなり、一体となる境地を指す。主に仏教や老荘思想において、悟りの状態や自然との融合を表す際に用いられる。
無理無体とは、道理に合わないことを強引に押し通すさまを表す。道理をわきまえず、乱暴に物事を進めることを意味し、「無理」と「無体」の両語がともに強引さを強調する四字熟語である。
体貌閑雅とは、姿形や容貌が落ち着きがあり、上品で優雅な様子を表す四字熟語である。「体貌」は身体つきと顔立ちを指し、「閑雅」は静かで洗練された趣を意味する。これらが結びつき、外見全体から感じられる穏やかで気品のあるたたずまいを形容する言葉となっている。