「五百」は、数詞として五百を表すほか、数が多いことの比喩としても用いられる。例えば「五百重の錦」のように、幾重にも重なった美しい錦を意味し、非常に多くの層や華やかさを形容する表現である。
百官とは、朝廷に仕える数多くの役人を総称する語である。文武の諸官を含む広範な官職を指し、国家の行政を担う官吏全体を漠然と概括する表現として用いられる。
多くの獣、あるいはあらゆる種類の獣を指す。特に、ライオンがその代表として「百獣の王」と称されるように、獣の世界全体を象徴する表現として用いられる。
多くの物事や考えが次々と現れること。特に、様々な意見や問題などが絶え間なく出てくる様子を表す。
百足は、細長い体に多数の体節を持ち、各節に一対の足が生えた節足動物の総称である。口には毒腺があり、咬まれると激しい痛みを伴う。漢字では「蜈蚣」と書くこともある。
百舌はモズ科の鳥で、低山に生息する。頭と背中は赤褐色をしており、腹部は白色である。カエルなどを捕食し、秋には「キイーキイー」という鋭い声で高く鳴く。漢字では「鶪」や「鴃」と書くこともある。また、獲物を木の枝などに刺しておく習性があり、これを「モズの速贄(はやにえ)」と呼ぶ。
ある数量を百等分すること、またその一つ分を指す。百分率を算出する際の基礎単位として用いられる。
ユリ科の多年草の総称で、主に鱗茎から生育する。花は一般にラッパ状の形を呈し、香りが高く観賞価値に優れる。地下の鱗茎は食用とされることもある。漢名に由来し、鱗茎が多数重なり合う様子からこの名が付けられた。
百重とは、幾重にも重なり合っている様子を表す。山々が連なり、幾層にも折り重なって続いているような情景を指し、主に自然の風景の重なりや連なりを形容する際に用いられる。
百千は、百と千という数を指すとともに、数が多いことを表す語である。例えば「百千度」という表現は、何度も繰り返すさまを意味する。
ビャクブ科に属するつる性の多年草で、中国を原産とする。江戸時代に日本へ渡来し、夏季には淡い緑色を帯びた四弁の花を咲かせる。その根は薬用として利用される。
百代とは、長い年月や多くの時代を指す語である。百歳(ももとせ)と同様に、時間の長さを表し、特に悠久の歳月や幾世代にもわたる長い期間を意味する。例えば「百代草」のように、長い年月を経たものや、長く続くものに用いられる表現である。
百の夜を数える意から、長い期間にわたる夜を指す。また、単に多数の夜を漠然と表す場合もある。
百眼とは、厚紙に眉や目の形を描いた眼鏡状の仮面を指し、ひもで耳にかけて用いる。これを装着して目つきや表情を変え、小噺などの寄席芸を演じることもある。目鬘とも呼ばれる。
八百長とは、勝負事において事前に結果を仕組んでおきながら、あたかも真剣に争っているように見せかける行為を指す。転じて、互いに示し合わせた不正や、いんちきを意味する。語源は、八百屋の長兵衛という人物が相手に合わせて碁の勝敗を調整した故事に由来するとされる。
小百合はユリの美称であり、接頭語「さ」が付いた「百合」を指す。主に夏の季語として用いられる。
百面相とは、次々と表情を変えて様々な顔つきを見せることを指す。また、寄席芸の一つとして、簡素な衣裳や小道具を用いて素早く扮装を変え、多彩な表情や仕種を演じて見せる芸能をも意味する。
全体を百とした場合における、ある部分の割合を示す数値表現であり、パーセンテージに相当する。
透百合はユリ科の多年草で、海岸の岩場に自生する。夏に黄赤色の花を上向きに咲かせる。その名は、花弁の基部が細く、花弁と花弁の間に隙間が見えることに由来する。
鬼百合はユリ科の多年草で、山野に自生する。夏に、黄赤色で黒紫色の斑点のある花を咲かせる。鱗茎は食用となる。姫百合に比べて大きいことからこの名がある。別表記として「巻丹」とも書く。
「百磯城」は「ももしき」と読み、宮中や皇居、内裏を指す語である。由来は「ももしきの」が「大宮」「内」などにかかる枕詞であることによる。また、数多くの石で築いた城という原義から転じて、堅固で尊い場所として宮殿を表現したものとも解される。
百千鳥は、数多くの小鳥や様々な種類の鳥を総称して指す語である。また、特にチドリという鳥の別称としても用いられる。
百日咳は、百日咳菌の感染によって引き起こされる呼吸器疾患で、主に乳幼児に多く見られる。特徴として、短く連続した咳の発作が起こり、その後に笛のような音を伴う吸気がみられる痙攣性の咳が持続することが挙げられる。
姥百合はユリ科の多年草で、林内の木陰などに自生する。茎の中程に楕円形の葉をつけ、夏にはユリに似た緑白色の花を咲かせる。開花期に根元の葉が枯れ落ちる様子が、歯の抜けた姥を連想させることに由来する名である。別表記として「蕎麦葉貝母」とも書く。
一斗百篇とは、酒を一斗飲む間に百篇の詩をものすごい速さで作るという意味で、詩人の豊かな才能と奔放な酒興を表す四字熟語です。杜甫の「飲中八仙歌」に登場する李白の詩才を称える表現に由来します。
『易経』に由来する四字熟語で、多くの人々がそれぞれ異なる考えや意見を持つことを意味する。同じ目標に向かっていても、個々の立場や視点によって様々な方策や思案が生じるという人間の多様性を示す表現である。
一呼百諾とは、一声呼べば百人が諾うという意味で、権力者や人望のある者の呼びかけに多くの人がすぐに応じ、従う様子を表す。転じて、権威や人徳によって周囲が素直に従い、物事が円滑に進む状況を指す。
「一樹百穫」とは、人材を一人育てることは、一本の木を植えて百倍の収穫を得ることに等しく、長い目で見れば非常に大きな利益をもたらすという教えである。『管子』に由来するこの言葉は、教育や人材育成の重要性を説いた比喩表現として用いられる。
百舌勘定とは、互いに言い争いながら勘定を支払うことを渋り合う様子を指す。百舌鳥が鳴き騒ぐように、人々が口論しながら支払いを押し付け合う光景を喩えた表現である。
変態百出とは、次々と姿や形を変えていくさまを表す四字熟語である。「変態」は形態がさまざまに変化することを指し、「百出」は次から次へと現れ出ることを意味する。この語は、事象や状況が絶え間なく移り変わり、一つの形に留まらない様子を言い表す際に用いられる。
百様玲瓏とは、多くの様々な物事がすべて美しく澄み切って、一点の曇りもないさまを表す。転じて、人の心や技量が完全に整い、あらゆる面において優れていることを意味する。