因果とは、原因と結果の関係を指す。また、仏教思想においては、前世の行いが現世の報いとして現れるという縁起の理法を意味し、特に悪業による不幸な結果を指して用いられることもある。転じて、単に不運な状況や、理不尽に思えるような出来事を表す場合もある。
因業とは、仏教の因果応報の考え方に基づき、不幸な結果を招く原因となる悪い行いを指す。また、転じて、頑なで情け容赦のない態度や冷酷な振る舞いを形容する際にも用いられる。
ある事象や結果を引き起こす原因となる要素を指す。また数学においては、ある数や式を積の形で表した際の構成要素を意味する。
因循とは、古い習慣やしきたりに従うばかりで、新しいことを取り入れようとしない態度を指す。また、物事を決断せずにぐずぐずと引き延ばす様子や、そのような優柔不断な性質も表す。
ある物事が生じるもととなる事柄。また、そのような事柄が起こった理由や根拠を指す。
ある事態や現象が生じる直接の原因となるもの、またその原因そのものを指す。物事の始まりや発端を表し、「基因」と表記されることもある。
偶因とは、物事が生じる偶然の事情や原因を指す。予測しがたい偶然の要素が重なり合って、ある結果を引き起こす際の要因を表す語である。
敗因とは、試合や競争などにおいて負けるに至った原因や理由を指す言葉である。勝因と対をなす概念で、敗北の背景にある要因を分析し、今後の改善に役立てる際に用いられる。
勝因とは、勝利に至った要因や理由を指す言葉である。試合や競争などにおいて、なぜ勝つことができたのかを分析する際に用いられ、その原因を探求することを意味する。対義語は「敗因」である。
因果覿面とは、悪い行いをした報いとして、その結果がすぐに目の前に現れることを意味する。
小さな利益にこだわるあまり、かえって大きな利益や大切なものを失うことを意味する四字熟語。目先の小さな得を追い求める結果、より重要な機会や価値を損なう愚かな行為を指す。
古い習慣や方法に固執して改めようとせず、その場しのぎの対応に終始する様子を指す。また、決断力に欠け、物事をはっきりと定めずに曖昧なままにしておく態度も表す。
因果報応とは、善悪の行為がその原因となって、それに応じた結果が巡ってくるという仏教の教えを表す四字熟語である。良い行いには良い報いが、悪い行いには悪い報いが必ず訪れるという、因果の道理に基づく考え方を指す。
因果応報とは、善悪の行為に応じてそれ相応の報いが訪れるという仏教の教えに基づく概念である。もとは過去や前世の行い(因)が結果(果)をもたらすという意味で、善因には善果、悪因には悪果が伴うことを説く。現代では特に悪い行いに対する罰としての報いを指して用いられることが多い。
因往推来とは、過去の出来事や原因を手掛かりとして、未来の成り行きや結果を推し量ることを意味する四字熟語である。『楊子法言』「五百」に由来し、歴史や経験に基づいて将来を予測する思索の姿勢を表す。
悪因悪果とは、悪い行いが原因となって、それにふさわしい悪い結果が生じることを意味する四字熟語である。仏教の因果応報の思想に基づき、悪い原因(悪因)は必ず悪い結末(悪果)を招くという道理を表している。