大路とは、多くの人が行き交う広い道を指し、大通りとも呼ばれる。特に都市の主要な通りを表す際に用いられ、小路(こうじ)に対比される概念である。
水路とは、水を流すために設けられた通路を指し、灌漑や上水道などに用いられる送水路を意味する。また、船舶が航行するための航路、すなわち海路や河川の交通路を指す場合もある。
末路とは、人生の終わりの時期を指し、特に晩年の境遇をいう。また、転じて道を踏み誤んだ者が辿り着く悲惨な結末や、堕落しきった状態を表す際にも用いられる。
目路とは、目で見通すことのできる範囲を指す語で、視界の限界を表す。眼路とも書き、主に「目路の限り」という表現で用いられる。
回路とは、電流や磁気が流れる経路を指す。また、生体内における物質やエネルギーの循環経路、すなわちサイクルを意味する場合もある。
当路とは、交通の要所にあたる意から転じて、政治上や社会において重要な地位を占めることを指し、またその地位にある人を指す語である。
敵の包囲を突破して逃れるための道筋を指す。また、困難な状況を打開する方法や手段の比喩としても用いられる。
岐路とは、道が二つ以上に分かれる地点を指す。転じて、人生や物事の方向性が大きく変わる可能性のある重大な選択を迫られる局面を意味する。読みは「きろ」であり、「えだみち」と読む場合は別の語義となる。
空路とは、航空機が航行する経路を指す。また、航空機を利用した移動手段そのものも意味し、例えば飛行機で海外へ向かう場合などに用いられる。
海路は、船舶が航行する海上の通路を指す語で、航路やうみじとも呼ばれる。陸路に対する海上の交通路を意味し、「カイロ」と読む場合もある。
海路とは、海上を船舶が航行する経路を指す。また、その航路を利用した船旅そのものを意味することもある。
活路とは、困難や危機に直面した際に、そこから抜け出し生き延びるための方法や手段を指す。行き詰まった状況を打開する突破口としての道筋を意味する。
恋路とは、恋心が相手に通じるまでの過程や、恋愛そのものを道に喩えていう語である。恋に迷い、理性を失う様子を「恋路の闇」と表現したり、他人の恋愛を妨げることを「恋路の邪魔をする」などと用いる。
旅をする道筋や行程を指し、また旅そのものや旅の途中を意味する。
船舶や航空機が航行するために定められた通路を指し、海図や航空図上に示される安全な経路を意味する。
人や物が行き来するための道筋を指し、建物内や敷地内など特定の空間における移動経路として用いられる。特に避難時などに安全に通行できる経路を確保するといった文脈で使われることが多い。
針路とは、船舶や航空機などが進むべき方向、あるいは実際に進んでいる方向を指す。羅針盤の針が示す方角に由来し、航路や進路の決定において用いられる語である。
商品が生産者から消費者へと流通する経路を指し、特に販売のためのルートや手段を意味する。新たな市場を開拓したり、既存の販売網を拡大する際に用いられる概念である。
険路とは、山岳や渓谷など地形の険しい場所を通る、歩行や通行が困難な道のことを指す。傾斜が急で、道幅が狭く、時には崖に面しているような危険な経路を意味し、しばしば「嶮路」とも表記される。
街路とは、市街地を走る道路のことを指し、特に都市の街区を構成する主要な道路を意味する。街路樹が植えられるなど、都市景観の一部としての役割も持つ。
路銀とは、古く用いられた言葉で、旅をする際に必要な費用、すなわち旅費を指します。特に、道中の交通や宿泊、食費など、旅を続けるための資金を意味し、「路銀が尽きる」などの表現で用いられました。
路地とは、建物と建物の間に設けられた狭い通路を指し、裏通りや住宅地の細い道を表す。また、門の内側や庭園内に設けられた通路の意味もあり、この場合は「露地」と表記することもある。
路頭とは、道の端や道ばたを指す語である。転じて、生活の行く末や生計のよりどころを意味し、特に「路頭に迷う」という表現で、生活の手段を失って困窮する状態を表す際に用いられる。
路用とは、旅の途中で必要な費用、すなわち旅費のことを指す。特に、道中の交通費や食費、宿泊費など、旅行に伴う諸経費を意味する古い表現である。
鉄道、特に線路や軌道を指す語。大陸などの広大な土地に敷設された鉄道を連想させる表現として用いられることもある。
潮の干満によって生じる海面の流れや、その通り道を指す。また、広く海上の航路や船の通る道を意味し、特に遠く隔たった海路を表現する際に用いられる。「しおみち」とも読む。
列車や電車などが走行するために敷設された軌道を指し、鉄道の運行経路を構成する設備をいう。レールや枕木などで構成され、遮断機や信号機と連動して交通の安全を確保する役割を担う。
眼路とは、目で見渡すことのできる範囲を指し、視界や視野に相当する。見通せる限りの空間を意味し、「眼路に入る」などの形で用いられる。また、「目路」と表記されることもある。
陸路とは、陸地を通る道筋や経路を指す。海路や空路と対比される交通手段であり、陸上を移動するための道を意味する。
険路とは、地形が険しく切り立っているために通行が困難な道を指す。山岳地帯などで見られる険しい道筋を表し、「箱根の険路を越える」などのように用いられる。表記としては「険路」と書かれることもある。
八十路は、数詞の八十を表すとともに、特に人の年齢として八十歳を指す言葉である。長寿を祝う文脈で用いられ、例えば「元気に八十路を迎える」といった表現で、その節目の年齢を穏やかに示す。
二本の道路が直角に交差する地点を指し、四方向に道が延びる交差点のことをいう。
「三十路」は、数詞の「三十」に接尾語の「路」を付けた語で、三十歳を指す。人生の節目としての年齢を表し、特に「三十路の坂」という表現では、三十歳という人生の転換点や節目を坂に喩えて用いられる。
「六十路」は数え年で六十歳を指す語であり、人生の節目となる年齢を表す。また、転じて六十年という歳月の経過をも意味する。
槐門棘路とは、古代中国の周代において国政を担う最高幹部を指す四字熟語である。朝廷の前庭に植えられた三本の槐の木は三公の座を表し、九本の棘は九卿の位置を示したことに由来し、これらを合わせて政界の枢要な地位にある高官や公卿を総称する語となった。
冤家路窄とは、仲の悪い者同士が思いがけず出会うことを意味する。狭い道で顔を合わせるように、避けたい相手と偶然に遭遇する状況を表す。
旅に出る人に対して、道中の無事と安全を願ってかける言葉。特に長旅に臨む人への挨拶として用いられる。
「一路順風」は、船が追い風を受けて帆を張り、順調に進む様子に由来する四字熟語である。転じて、旅立つ人に対して道中の無事を祈る挨拶として用いられる。また、物事がすべて順調に、都合よく進行していく様子の喩えとしても使われる。「一路」はひたすらにその道を進むことを意味する。
話や議論、思考などの筋道がきわめて明確で、整然としている様子を指す。論理の展開に矛盾や飛躍がなく、一貫性をもって組み立てられていることを表す。