度胸があり、物怖じしない様子を指す。また、思い切って事を行うさまや、常識や慣習にとらわれない発想や行動を表す。
心胆とは、心臓と肝臓を指し、転じて人の精神や気力を意味する。特に「心胆を寒からしめる」という表現で、強い恐怖や衝撃によって肝を冷やし、心身の底から震撼させる様子を表す。
地胆はツチハンミョウ科に属する甲虫の総称で、体長は一センチメートルから三センチメートル程度である。体色は青黒く光沢があり、体内にはカンタリジンという有毒成分を含むため、皮膚に触れると炎症を引き起こすことがある。漢名に由来する語で、「土斑猫」と表記されることもある。
肝臓と胆嚢を指すほか、転じて心の奥底や本心、誠意を意味する。肝胆を傾けて語り合うなど、互いに隠し立てせず真摯に打ち明ける様子を表す際に用いられる。
思い切りよく大胆に振る舞うさま。遠慮や躊躇を捨て、思い切った行動をとることを指す。
肝臓で生成される黄褐色の消化液で、胆嚢に貯蔵された後に十二指腸へ分泌される。脂肪の乳化と分解を促進し、消化吸収を助ける役割を担う。
胆石とは、胆汁の成分が固まって結晶化し、胆囊や胆管の中に形成される石状のものを指す。これが生じると、腹痛などの症状を引き起こすことがある。
胆力とは、困難な状況や危険に直面しても動揺せず、物事をやり遂げるための気力や度胸を指す。漢方医学では、肝と胆が気力を司るとされる考え方に由来し、肝っ玉の据わった人物などと表現される。
肝っ玉が太く、物怖じしない性質や様子を指す。勇気があり、危険や困難な状況にも動じない度胸の良さを表す。「豪胆」とも書く。
竜胆はリンドウ科の多年草で、山野に自生する。葉は笹の葉に似ており、秋に青紫色の鐘形で先端が五裂した花を咲かせる。根は苦味が強く、健胃薬として用いられる。漢名の「竜胆」は、その根の味が竜の胆のように苦いことに由来するとされる。
期待が外れたり、望みが絶たれたりして、がっかりして元気をなくすこと。気力を失い、意気消沈した状態を指す。
豪胆とは、肝が据わっており、いかなる物事にも動じない様子を指す。大胆不敵な言動や態度を形容する語で、「剛胆」とも表記される。
魂胆とは、主に隠された意図や計画を指し、特に悪意のある企てや策略を意味する。また、物事の背後にある複雑な事情や込み入った事情を表す場合もある。
苔竜胆はリンドウ科の二年草で、草地に自生する。草丈は約五センチメートルと非常に小さく、春には淡紫色の鐘形の小花を上向きに咲かせる。
「肝胆楚越」は『荘子』徳充符篇に由来する四字熟語で、肝臓と胆嚢のように本来密接な関係にあるものが、楚と越のように遠く隔たってしまったかのように、極めて疎遠な関係になることを意味する。転じて、本来は親密であるべき間柄が、些細なことから大きく対立し、互いに遠ざかってしまう状況を喩える表現として用いられる。
「肝胆相照」は、互いに心の奥底まで隠すことなく打ち明け合える、非常に親密で信頼し合う間柄を表す四字熟語である。肝臓と胆嚢を意味する「肝胆」は、転じて内心や本心の喩えとして用いられ、文字通り「肝胆が互いに照らし合う」という関係性を示す。この表現は、韓愈の「柳子厚墓誌銘」に由来し、深い理解と強い絆で結ばれた友情や意気投合の境地を言い表す。
「肝胆胡越」とは、肝臓と胆嚢のように本来密接な関係にあるものも、胡と越のように遠く隔たったものとして捉えられることがあるという意味で、物事の見方や立場によって、親密な関係が疎遠に見えたり、異なるものが同一視されたりする喩えである。
落胆失望とは、期待が裏切られたり物事がうまくいかなかったりして、がっかりし、元気を失う様子を表す四字熟語である。
明目張胆とは、恐れることなく思い切って事を行う様、あるいは憚ることなく公然と行動する様を表す四字熟語である。本来は勇気を奮って事に当たる意味であったが、後世では主に悪事などを公然と行う場合に用いられる。
文章を書く際の心得を表す四字熟語で、初めは思い切りよく大胆に筆を進め、修練を積んだ後は細部にまで注意を払って字句を練り上げるべきであるという意味である。また、それぞれの段階に相応しい文体そのものを指すこともある。
聞風喪胆とは、評判や噂を耳にして非常に驚き恐れる様子を表す四字熟語である。「風」は風の音や世間の噂を指し、「喪胆」は肝を失うほど驚くことを意味する。つまり、何らかの情報を聞いただけで胆をつぶすほど強い恐怖を覚える状態を形容する表現である。