人目とは、世間一般の人々の視線や注目を指す。他人から見られること、あるいはその評価を意識する状況を表し、目立つことで周囲の注意を引いたり、逆に他人の目を避けて行動したりする際に用いられる。
多くの人々の視線や注意を指し、世間一般の観察や評価を意味する。衆人の目が一致する状況を表す際に用いられる表現である。
囲碁において、碁盤上に配置された九つの黒点を指す。これらは盤上の特定の位置を示す目印であり、対局において下手がこれらの点に予め石を置くことでハンディキャップを設定する方式、またはそのような条件で行われる対局そのものを意味する。表記としては「星目」と書くこともある。
升目は、升を用いて計った分量を指す。また、格子状に区切られた正方形の区画を意味し、原稿用紙などのマス目を指す場合もある。表記としては「枡目」と書くこともある。
木目とは、木材の表面に現れる年輪や繊維の模様を指す。また、皮膚や物の表面の細かな状態や手触りを表し、転じて心遣いや配慮が行き届いている様子を意味する。例えば、肌理細かな肌や、細部まで気配りのされた文章などに用いられる。表記としては「肌理」と書くこともある。
木目とは、木材の切断面に現れる年輪や繊維の配列によって生じる模様を指す。柾目と板目に大別され、木材の質感や強度にも関わる。木理や肌理とも呼ばれ、その模様は樹種や切断方向によって多様な表情を示す。
尻目とは、顔を向けたまま瞳だけを動かして横や後ろを覗き見る様を指し、横目と同義である。また、周囲の物事や干渉を意に介さずに、それを無視して進んでいく態度を表す際にも用いられる。「後目」と表記されることもある。
木材の繊維が縦方向に平行に通ったまっすぐな木目のことを指し、板目に対して用いられる。柾目とも表記する。
目合とは、互いに視線を合わせて心を通わせることを指し、特に愛情を含んだ眼差しのやりとりを意味する。また、転じて男女が肉体関係を結ぶことをも表す。
目差とは、物を見るときの目の表情や視線を指す言葉である。目つきや視線そのものを表し、時に「眼差」や「眼指」とも表記される。
目深(まぶか)とは、帽子などを深くかぶり、目が隠れるほどになる様子を表す。また、「めぶか」と読むこともある。
眼球を覆う皮膚のひだで、上下に分かれる部分を指す。開閉することで眼球の保護や潤いの保持などの役割を果たす。漢字では「瞼」とも書く。語源は「目の蓋(ふた)」に由来する。
目頭とは、鼻に近い側の目の端の部分を指す。感動などで涙がこみ上げるときに熱くなる部位としても知られ、この状態を「目頭が熱くなる」と表現する。対義語は目尻である。
タイルや石、煉瓦などを張り合わせたり積み上げたりする際に生じる継ぎ目のことを指す。
目星とは、物事の大体の見当やおおよその見込みを指す。また、眼球の表面に現れる白い小さな斑点を意味することもある。
計量器や測定器などに付けられた、数値や量を示すための印のことを指す。定規や温度計、はかりなどに刻まれた線や数字がこれに当たり、正確な測定を行う際の基準となる。
目尻とは、顔の外側、すなわち耳に近い方の目の端の部分を指す。目頭の対義語であり、感情が高ぶって嬉しそうな表情になることを「目尻を下げる」などと表現する。
「目茶」は道理に合わない様子や、常識を外れた行いを指す。また、程度が並外れて甚だしいことや、物事が混乱・破壊された状態を表すこともあり、後者の場合は「目茶目茶」と重ねて用いられることが多い。表記は「滅茶」と書く場合もあるが、いずれも当て字である。
実際にその場に居合わせて、事件や出来事を直接見ること。偶然に現場を目にした場合などに用いられる。
目算とは、目分量で大まかな数量や程度を見積もること、また、そのようにして立てたおよその見通しや計画を指す。
目端とは、文字通り目の端の部分を指すが、転じて物事を素早く察知し、状況に応じて適切に対応する機転の利きを意味する。例えば「目端が利く」という表現は、その場の状況を瞬時に判断して柔軟に行動できる能力を表す。
書物の内容を章や節などの単位に分け、その見出しを掲載順に並べて示した一覧を指す。また、より広く、箇条書きにされた項目や題目を順序立てて列挙したものも意味する。
目測とは、物差しなどの計測器具を用いずに、肉眼によって対象の距離・長さ・高さ・大きさなどを大まかに推し量ることを指す。
目であいさつを交わすこと。言葉を発さずに、視線やわずかな目の動きによって相手に敬意や挨拶の意を伝える行為を指す。
目録とは、書物の内容を章立てなどに従って示した目次のことを指す。また、贈り物の際に実物に代えて品名を記した文書や、師匠が弟子に伝授する奥義などの名目を記した文書の意味でも用いられる。さらに、図書や美術品、所蔵品など、物品の名称や内容を一覧にしたリスト、すなわちカタログとしての用法もある。
式目とは、武家社会において法規や制度を箇条書きにしたものを指し、例えば「御成敗式目」がその代表例である。また、連歌や俳諧を詠む際に守るべき規則、あるいはそれを記した書物のことも意味する。ここでの「式」は法式を、「目」は条目のことを表している。
糸目とは、細い糸や糸筋、あるいはそのような模様を指す。また、凧の釣り合いを取るために取り付ける糸のこともいう。この語は「金に糸目をつけない」という慣用句で、惜しみなく金銭を使う様子を表す際にも用いられる。さらに、ゴカイ科の環形動物の名称としても使われ、河口などの泥中に生息する平たく細長い体を持つこの生物は、釣りの餌とされる。
耳目とは、文字通りには耳と目を指すが、そこから転じて、外界の情報を受け取る感覚器官としての機能、すなわち見聞や視聴を意味する。さらに、多くの人々の注意や関心が向けられる対象を指すこともあり、世間の注目を集める様子を表す際に用いられる。
色目とは、衣服の色合いやその調子を指す。また、関心や好意を暗示するような目つきや態度、特に異性に対して色っぽく流す視線を意味する。
見目とは、目に見える外観や様子を指す。特に人の顔立ちや容姿の美しさを表す際に用いられ、整った容貌を「見目うるわしい」などと表現する。また、世間に対する体裁や面目という意味でも使われ、人の目を気にする様子を「見目を気遣う」と言う。同じ読みの「眉目」と意味が重なる部分がある。
盲目とは、視力を失い目が見えない状態を指す。また、理性を失い物事の判断ができなくなる様子の比喩としても用いられ、例えば恋愛や無批判な信頼など、冷静な分別を欠いた状態を表す。
囲碁の碁盤上に記された九つの黒点を指す。また、実力に差がある対局において、下手が対局開始前にこれらの点のいずれかに黒石を置いてから着手を始めるハンディキャップ制度のこともいう。表記は「井目」とも。
「皆目」は、下に打ち消しの表現を伴って用いられ、物事の状態や程度がまったくないさまを表す。見当や見込みがまるでつかないという意味合いで、「全然」や「まるで」に近い、強い否定の気持ちを強調する副詞である。
眉目とは、眉と目のことを指し、転じて顔つきや容貌の意味で用いられる。人の顔の主要な部分である眉と目から、顔全体の様子や美醜を表す表現である。
科目とは、細かく区分された個々の項目を指し、特に勘定科目のように計算や整理の対象となるものに用いられる。また、教育の分野においては、学習内容を体系化した学科や教科の区分を意味し、選択科目のように履修の対象となるものを表す。表記としては「課目」と書くこともある。
茶目とは、子供じみた無邪気ないたずらや、そのような振る舞いをする人を指す。悪意のない軽い戯れや、愛嬌のある悪戯心を意味し、人を不快にさせるものではなく、むしろ親しみや可愛らしさを感じさせる性質である。
要目とは、物事の要点や核心を成す重要な項目を指す。特に、議論や計画、文書などにおいて中心となる事柄を意味し、全体を理解する上で欠かせない要素を表す。
面目とは、世間における評判や評価、あるいは人としての体面や名誉を指す。時間内に仕事を完成させることで面目を保つとか、恥ずかしい負け方をして面目がないといった使い方をする。また、「メンボク」と読むこともある。
書目とは、書物の目録を指すとともに、個々の書物の題名、すなわち書名そのものを意味する語である。
破目とは、望ましくない状況に追い込まれた状態や、苦しい立場に立たされることを指す。例えば、避けたい結果が避けられずにそうなってしまう場合に用いられ、「羽目」と表記されることもある。
除目とは、平安時代以降に行われた大臣以外の官吏の任命儀式を指す。春と秋の年二回が定例であり、春は地方官を任命する県召の除目、秋は京官を任命する司召の除目と称された。その語源は、任官者の古い名を除き、新たな名を記した目録に由来する。
粗目とは、粗目糖の略称であり、結晶が粗くざらざらとした感触の砂糖を指す。
鳥目とは、中央に穴の開いた銭貨を指す語で、転じて金銭一般をも意味する。その由来は、穴の形状が鳥の瞳に似ていることに因む。読みを「とりめ」とする場合は、夜盲症など別の意味となるので注意を要する。
鳥目とは、暗所において視力が著しく低下し、物が見えにくくなる症状を指す。夜盲症とも呼ばれ、多くの鳥類が夜間には視覚を十分に働かせられないことに由来する名称である。なお、「ちょうもく」と読む場合は別の意味を表す。
見渡す限りすべてに広がっている様子を指し、視界に入る範囲の全体をいう。
ある物事に注意を向け、特に注意深く見つめることを指す。特定の点や部分に意識を集中させて観察・考察する際に用いられる。
多くの人々の視線や注目を指し、世間一般の見解や評価を表す。
費目とは、支出や経費を項目別に分類した名称を指し、特に会計や帳簿において費用の内訳を明確にするための区分として用いられる。
項目とは、全体を構成する個々の区分や事項を指す語である。特に、内容を細かく分けた各部分や、箇条書きに列挙される一つ一つの事柄を意味し、分類や説明を行う際の単位として用いられる。
節目とは、木材などに見られる節の部分を指す。また、物事の区切りや変わり目を意味し、例えば人生の重要な転機や、期末テストのような一つの区切りとなる出来事を表す際に用いられる。
裏目とは、期待や意図とは反対の結果が生じることを指す。また、さいころにおいて、表面に出た面の反対側の面を意味する。
跡目とは、家督や家名、財産などを継承すべき地位、またはその継承者のことを指す。主に家制度において前の当主から後継者へと受け継がれるべき権利や義務を包含し、転じて組織や集団における後任者の意味でも用いられる。
物事の大筋と細部を指し、全体の骨組みとなる主要な部分と、それを構成する個々の詳細な項目を総称する語である。
駄目とは、効果や価値がなく無益な状態を指す。また、禁止や不可能を表し、役に立たないものや機能しない状態にも用いられる。囲碁では双方の地とならない空き地を意味し、演劇や映画の分野では演出家が演技に対して行う指示を指すこともある。
嘱目とは、期待を込めて注意深く見つめることを指す。また、単に目に触れることや、俳諧において目に留まった事物を詠むことを意味する場合もある。「属目」と表記することもある。
課せられた項目を指し、特に教育の場において学習すべき個々の学科を意味する。学校の時間割などで用いられ、例えば「国語」「数学」といった各教科を表す際に使われる語である。
題目とは、書物や文章の題名や表題を指すほか、研究や議論の対象となる主題や問題点を意味する。また日蓮宗においては「南無妙法蓮華経」の七字を指す特別な用法を持つ。
文目とは、模様や色合いのことを指し、また物事の区別や筋道を意味する。例えば、暗闇で模様が見分けられない様子や、道理を弁えない愚かな者を形容する際に用いられる。
目脂とは、目から分泌される粘液が固まったもので、目頭や目尻に溜まることがある。寝起きなどに特に見られ、目やにとも呼ばれる。
目弾はシソ科の二年草で、原野に自生する。夏から秋にかけて淡紅色の唇形の花を咲かせ、全草は婦人科疾患などに用いられる漢方薬となる。また、まばたきや目くばせを意味する語でもあり、これは子供が短く切った茎をまぶたにはさんで目を大きく開かせる遊びに由来する。別表記として「益母草」とも書く。
傍目とは、物事の当事者ではなく、第三者の立場から見る視点や見え方を指します。直接関わりのない外部の者が観察する印象であり、実際の内情や心情とは異なる場合が多いことを含意します。
「属目」とは、関心を持って目を留め見守ることを指します。また、目に触れるものや情景を意味し、例えば目にしたものを即興で詠む「属目吟」のような表現に用いられます。「嘱目」と表記されることもあります。
目翳とは、瞳に濁りが生じて視力が損なわれる眼病を指す。白内障に相当する病状であり、「翳」はかげる、すなわち曇る意に由来する。
目庇とは、かぶとや帽子の前方に突き出て、目を日光や雨などから保護する部分を指す。また、建築においては、窓や出入口の上部に設けられた狭いひさしのこともいう。表記は「眉庇」と書くこともある。
目が回るような感覚に襲われ、周囲が揺れ動いて見えたり、自身の平衡感覚が失われて倒れそうになる状態を指す。眩暈とも表記される。
目が見えない状態、あるいはそのような状態にある人を指す語。視覚を失っていることを表し、同義の「盲」という表記も用いられる。
目眥とは、目尻のことであり、目頭に対して外側の端の部分を指す。
目をこすってよく見るように、注意深く観察することを意味する。転じて、ある物事に特別な関心を寄せ、注目する様子を指す。
枡目は、ますではかった分量を指すほか、格子状に区切られた升や罫線のことを表す。例えば原稿用紙の升を埋めるといった使われ方をする。表記としては「升目」と書くこともある。
柾目とは、木材の年輪がほぼ平行に走り、板面に現れる真っ直ぐな木目のことを指します。板目に対して柾目は狂いが少なく、材質が均一であるため、高級材として重宝されます。正目とも表記されます。
眇目とは、片方の目が不自由である状態、あるいは両目がうまく揃わずに物を見る様子を指す。また、目を細くして一点を凝視する動作をも意味する。
注意深く見つめること。特に、鑑賞や評価に値するものに対して視線を注ぐことを指す。
鳩目とは、紙や革製品などに開けられた小さな穴、またはその穴にはめる丸い金具を指す。紐やひもを通すために用いられ、その丸い形状が鳩の目に似ていることからこの名がついた。
僻目とは、物事を正しく見極められず誤って認識することを指し、見間違いや見誤りを意味する。また、眼球の位置が通常と異なり、視線がずれている状態や、そのような目の様子を表すこともあり、斜視のことを指す場合もある。
瞑目とは、目を閉じて内省にふける行為を指す。また、安らかな心境でこの世を去ることを意味し、平穏な死の様子を表す際にも用いられる。
書物の篇や章に付けられた題目を指す語で、「編目」と表記されることもある。
感心や驚きのあまり、目を見開いて凝視する様子を表す。
一目散とは、脇目も振らずに一心不乱に駆け出す様子を表す。何かに追われるように必死で走るさまを指し、慌てて逃げ去る際の動作を描写する際に用いられる。
ヒラメ科に属する海水魚で、体は著しく側扁し両眼が体の右側に集まっている。漢名「比目魚」に由来する名称であり、鮃の字も当てられる。
江戸時代、徳川吉宗が享保の改革において庶民の意見を広く聴取するために設置した投書箱で、民衆の訴状や要望を受け付けた制度を指す。
ボラ科の海魚で、北日本の沿岸に生息する。外見はボラに似ているが、口が赤いことが特徴である。夏季に美味とされ、秋には「眼奈太」とも表記される。
「真面目」は「しんめんもく」と読み、物事の本来の姿やありのままの様子を指す。真価や本質が現れた状態を表し、時に「真骨頂」と同義で用いられる。なお「しんめんぼく」とも読まれ、「まじめ」と読む場合は別の意味となる。
真面目とは、物事に対して誠実で本気な態度を指す。例えば、学問や仕事に真剣に取り組む様子を表す。また、人柄が偽りなく誠実であることも意味し、信頼できる人物像を形容する際に用いられる。ただし、「シンメンモク」と読む場合は異なる意味を持つので注意を要する。
粗目雪とは、春先の日中に解けかかった雪が夜間に凍結することを繰り返すうちに、ざらめ糖のように粗い粒状となった積雪を指す。
目論見とは、何かを成し遂げようとする際の計画や企てを指す。特に、周到に考え抜かれた策略や意図を含む場合が多く、しばしば他人には容易に看破されないような計算された思惑を意味する。
徒目付とは、江戸幕府における役職の一つで、目付の指揮下にあって監察や取り締まり、探偵などの任務に当たった者を指す。御徒目付とも呼ばれ、徒横目(かちよこめ)も同様の職務を担った。
滋目結(しげめゆい)は、目結(四角形の図案)の柄を生地一面に染め出し、総絞りにした染め物を指す。鹿の子絞りの一種で、全体に細かい絞りが施されているのが特徴である。表記は「繁目結」とも書く。
潤目鰯はニシン科の海魚で、本州中部以南に分布する。マイワシに似ているが、体形はより丸みを帯び、尻びれが小さい。脂は少ないものの、干物にすると美味である。その名は、大きくて縁が赤く、潤んでいるように見える目に由来する。
眉を吊り上げ目を怒らせて、険しい表情でにらみつける様子を表す。激しい怒りや厳しい非難の感情を込めて相手を睨むさまを指し、目くじらを立てて苛立つような表情を形容する表現である。
鳶目兎耳は、鳶の鋭い視力と兎の敏感な聴覚を併せ持つことを意味する四字熟語で、遠くまで見通す目と微かな音も聞き逃さない耳を備えた人物を指す。特に情報収集に長けた報道関係者、例えば新聞記者や雑誌記者などを喩えて用いられる表現である。
鵜が水中の魚を探し、鷹が空から獲物を狙うように、人が何かを懸命に探し求める様子を表す。熱心に目を凝らして探し回るさまをいう。
一目見ただけで物事の状況や本質が明らかに理解できる様子を表す。物事が極めて明白で、詳しい説明を要しない状態を指す。
一目十行とは、一度に十行の文章を読むことを意味し、読書の速さと理解力に優れている様子を表す四字熟語である。梁の簡文帝が幼少時から並外れた読解力を持ち、一度に十行ずつ読んだという故事に由来する。書物を素早く読みこなす能力のたとえとして用いられる。
囲碁の用語に由来する四字熟語で、相碁は実力が同等の者同士が打つ碁を、井目は碁盤上に示された九つの星(黒点)を指す。転じて、何事においても人々の力量には優劣様々な差があり、多様であるということを表す。
美しい宝石や貴重な品物が多く並び、目を奪われる様子を表す。転じて、優れた作品や美しい物事が豊富に揃い、見る者の目を楽しませる状況を指す。