井戸の周囲を木で「井」の字形に組んだ枠を指す。また、その形状やそれを図案化した模様を表し、井筒とも呼ばれる。
井筒とは、井戸の地上部分を囲む木や石で造られた構造物を指し、井戸側とも呼ばれる。また、その形状を模様化した井桁模様のことも意味する。
井守はイモリ科の両生類で、日本に固有の種である。池や井戸などの淡水に生息し、外見はトカゲに似る。体の背面は黒褐色を呈し、腹面は鮮やかな赤色をしているため、アカハラの別名もある。漢字では「蠑螈」と表記することもある。
物事が整然と秩序立っている様子を表す。特に区画や配置がきちんと整い、乱れのないさまを指し、井然と同じ意味を持つ。
物事が秩序立って整っている様子を表す。特に区画や配置がきちんとしているさまを指し、整然と同義である。
井目とは囲碁用語で、碁盤の線上の九つの黒点を指す。また、対局において下手がこれらの点に予め石を置き、上手から打ち始めるハンディキャップ戦の方式、あるいはその対局そのものを意味する。表記は「星目」と書くこともある。
市井とは、人々が集まり生活する町や街のことを指し、転じて一般の世間や庶民の社会を意味する。古代中国では井戸を中心に集落が形成されたことに由来し、日常の営みが行われる生活の場としてのニュアンスを持つ。
石油を採取するために、地中に掘削された井戸の一種で、通常はやぐらなどの掘削設備を備えている。主に油田地域に設置され、地下の油層から原油を汲み上げる役割を果たす。
噴井とは、水が絶え間なく勢いよく噴き出している井戸のことを指す。吹井とも書き、また「ふきい」と読むこともある。
井戸を掘ることを指し、特に石油や温泉などの資源を得るために地中に深い穴を掘るボーリング作業を含む。
青天井とは、青々とした空を天井に見立てた表現であり、転じて物価や株価などの数値が際限なく上昇し続ける状態を指す。
「甘井先竭」とは、美味しい水が湧く井戸は多くの人に利用されるため、他の井戸よりも先に枯れてしまうという意味です。そこから転じて、優れたものや才能に恵まれた人物は、その価値ゆえに早く消耗したり、世に用いられ尽くしたりしてしまうことを喩えた故事成語です。出典は『荘子』の「山木」篇にあります。
相碁井目とは、囲碁の用語に由来する四字熟語で、人の実力には様々な段階があり、優劣の差があることを表します。相碁は互角の実力者同士が対局する碁を指し、井目は碁盤上に示された九つの星(黒点)を意味します。ここから転じて、何事においても人々の力量には多様な違いがあるという一般論として用いられます。
故郷を離れて遠くへ行くことを意味する。井戸は人々が集い暮らす場所を象徴し、そこに背を向けて郷里を後にすることから、生まれ育った土地から離れ、他郷へと旅立つ様子を表す。
井戸が清らかに澄んでいるのに、その水を汲んで飲む者がいないことから、優れた才能や徳を持ちながら世に認められず、用いられない状態を喩える表現。『易経』井卦に由来する。
井底之蛙とは、井戸の底に棲む蛙が、狭い井戸の空しか見たことがないため、世界の広さを知らないという故事に由来する四字熟語である。転じて、狭い見識や経験しか持たず、広い世間の道理や物事の真実を理解できない者を喩えて用いられる。
井戸の中の蛙が大海を知らないように、狭い見識や経験にとらわれて広い世の中の道理を理解できないことを指す。視野が狭く、物事の全体像を見通せない考え方や見解を喩えた表現である。
市井之徒とは、町中に住む一般の庶民や、世間のならわしに流される俗っぽい人々を指す四字熟語である。特に教養や高い志に欠け、日常の些事にのみ心を奪われているような人物像を表す際に用いられる。