口と耳を指す語で、主に他人から聞いた知識をそのまま受け売りするような浅薄な学問を意味する「口耳の学」という表現で用いられる。
キクラゲ科のキノコの一種で、クワやブナなどの枯れ木に群生する。形状が人の耳に似ており、暗褐色をしている。乾燥させたものを水で戻して食用とし、特に中国料理で広く用いられる。名称は漢名「木耳」に由来する。
早耳とは、他の人よりも先に情報や噂を聞き知ること、またそのような能力を持つ人を指す。情報に敏感で、いち早く入手する様を表す表現である。
耳漏とは、中耳や外耳道に生じた炎症などによって膿が生成され、それが外耳道から流出する状態、またはその膿自体を指す。一般に「みみだれ」とも呼ばれる。
耳元に口を寄せて声を潜めて話すこと。また、そのような話し方や会話を指す。
六十歳の異称。『論語』為政篇にある「六十而耳順」に由来し、この年齢に至ると分別が備わり、他人の意見を素直に聞き入れられる境地に達することを意味する。
脊椎動物の内耳にある前庭器官に位置する微小な結晶で、主に炭酸カルシウムで構成される。身体の平衡感覚を感知し、維持する役割を担っており、平衡石または聴石とも呼ばれる。
耳目とは、文字通り耳と目を指すが、そこから転じて外界の情報を受け取る感覚器官としての機能を意味する。さらに、人の注意や関心を引きつける対象を指し、世間の注目を集める様子を表す際にも用いられる。
初めて耳にする事柄や、それまで聞いたことのなかった話を指す。
巻耳はキク科の一年草で、道端などに自生する。葉は広三角形で縁に鋸歯があり、楕円形の果実には鉤状のとげがあって他物に付着する。果実は漢方で解熱・鎮痛の薬用とされる。読みが「みみなぐさ」の場合は別種の植物を指す。
俗耳とは、世間一般の人々の耳、あるいはそのような耳で聞くことを指す。特に、洗練されていない一般大衆の聴覚や嗜好を意味し、「俗耳に入りやすい」のように、広く受け入れられやすい内容や表現に対して用いられる。同義語に「俚耳」がある。
一度聞いたことを忘れない性質、あるいはそのような人を指す。また、織物の耳(へり)を袋状に織り上げた部分を指すこともある。
耳のすぐ近くの部分を指し、特に誰かの耳の傍らで声をかけたり囁いたりする状況を表す際に用いられる。
耳輪とは、耳たぶに通して装飾する輪状のアクセサリーを指し、現代ではイヤリングの一種として用いられる。
物音や声などを素早く聞き分ける鋭い聴覚のことを指し、わずかな音にも敏感に反応する耳の働きを表す。
耳朶とは、耳の下部に垂れ下がった柔らかい肉の部分を指す。また、「じだ」と読むこともある。
耳朶とは、耳の下部に垂れ下がった柔らかい部分を指す。また、広義には聴覚と平衡感覚を司る器官である耳全体を意味する場合もある。
聞き間違えること。また、誤って聞き取ること。転じて、必要以上に疑ったり悪く受け取ったりする思い込みのことも指す。
中耳炎とは、鼓膜の奥にある中耳と呼ばれる部分に生じる炎症性疾患を指します。主な症状としては耳の痛みや耳鳴り、発熱などが挙げられ、炎症が進行すると難聴を引き起こすこともあります。
ヨーロッパ北西部に位置する立憲君主国であり、北海に面し、オランダとフランスに隣接している。首都はブリュッセルである。
ユキノシタ科の多年草で、湿地に自生する。葉は厚く腎臓形で、全体に細毛を有する。初夏に白色の五弁花を咲かせる。葉は腫れ物や火傷などの民間療法に用いられる。漢名に由来する「虎耳草」の字を当て、「雪の下」とも表記する。
鳶目兎耳は、鳶の鋭い視力と兎の敏感な聴覚を併せ持つことを意味する四字熟語で、遠くまで見通す目と微かな音も捉える耳を備えた人物を指す。特に情報収集に長けた報道関係者を形容する表現として用いられる。
「掩耳盗鐘」とは、自分の耳を塞いで鐘を盗むという故事に由来する四字熟語で、愚かな行為の喩えとして用いられる。自分だけが聞こえなければ他人にも気づかれないと思い込むような、自分自身を欺く浅はかな策略を弄し、悪事を行うことを指す。『呂氏春秋』「自知」篇に見える故事に基づく。
目食耳視とは、衣食の本来の意義を忘れ、外見の豪華さや見栄えにばかり気を取られて贅沢を尽くすことを指す四字熟語である。見た目で味わい、耳で見るという字義から、物事の本質よりも表面の虚飾に心を奪われる様を表している。
附耳之言は、耳元に口を寄せてひそひそと話すことを意味する。転じて、ごく親しい間柄での内密の話や、他人に聞かれてはならない秘密の相談を指す。『淮南子』説林訓に典拠を持つ四字熟語である。
「俛首帖耳」は、首を垂れて耳を伏せる様子から、権力者や強者に対してへつらい従い、哀れみを請うような卑屈な態度を表す四字熟語である。唐代の韓愈の文章に用例が見られる。
遠くの出来事や情報を鋭く聞き分ける耳と、遠くまで見通す鋭い目を持つことを意味する。転じて、情報収集や観察に優れ、物事に精通している様子を喩える。また、広く知識を得るための書物を指すこともある。
人の意見や忠告に全く耳を傾けず、心に留めない様子を指す。何を言われても少しも動じず、まるで春の心地よい風が馬の耳を過ぎても何の反応も示さないことに喩えられる。李白の詩「答王十二寒夜独酌有懐」に由来する表現である。