投機とは、将来の価格変動を見込んで、利益を得るために行われる資産の売買行為を指す。特に相場の変動を予測して短期間で利益を追求する商取引を意味し、高いリスクを伴うことが特徴である。また、より広義には、偶然の大きな利益を期待して危険を冒す行為全般を表す場合もある。
敵対する相手に対して抵抗を止め、服従の意思を示すこと。特に戦闘において武器を捨て、自らの敗北を認めて降参する行為を指す。
新聞・雑誌・放送局などのメディアや、ウェブ上の掲示板・SNSなどに、意見・感想・作品などを送り、公表されることを期待する行為を指す。また、その行為によって送られた文章や作品そのものも意味する。
選挙や議決において、特定の候補者への支持や議案に対する賛否などを記載し、所定の投票箱などに投入する行為を指す。
罪を犯した者を刑務所や拘置所などに収容することを指す。主に司法手続きを経て有罪判決を受けた者や、裁判待ちの被疑者を施設に拘束する行為をいう。
投網は魚を捕らえるための漁具で、円錐状に広がる網を水中に投げ入れ、落下する際に魚を覆い捕獲するものである。「投網を打つ」などのように用いられ、「なげあみ」とも読む。
旅館や宿屋などに泊まることを指す。特に旅先で宿をとる行為を表し、「投」はとどまる意を含む。
投書とは、意見や苦情などを記した文書を、関係する機関や新聞・雑誌などの媒体に送り届ける行為を指す。また、その行為によって提出された文書そのものを指す場合もある。
不用となった物を捨て去ることを指し、特に廃棄物などを適切な処理を経ずに捨てる行為をいう。不法投棄は環境汚染の原因となるため、多くの地域で規制の対象となっている。
投身とは、自らの命を絶つために水中や高所から身を投げる行為を指す。
航空機や艦船、あるいは兵員などが、出発した基地や根拠地に無事に戻り着くことを指す。「投」は「至る」「到達する」の意を含む。
投杼とは、虚偽の噂も繰り返し聞かされると、ついには信じるようになるという喩えである。この語は、機織りの杼(ひ)を投げ出すという故事に由来し、曽参が人を殺したという誤った噂が繰り返されるうちに、その母でさえ信じてしまうという故事を指している。
投擲とは、物を遠くへ力強く投げる行為を指す。また、陸上競技においては、砲丸投げ・円盤投げ・やり投げ・ハンマー投げといった種目を総称する投擲競技の略称としても用いられる。
投錨とは、船舶が停泊する際に船体を固定するため、錨を海底に降ろして行う作業を指す。港や停泊地で行われるこの行為により、船は一定の位置に留まることができる。対義語として、錨を引き上げて出航することを意味する「抜錨」がある。
投函とは、郵便物を郵便ポストに入れて送り出す行為を指す。また、選挙の投票用紙やアンケート用紙など、特定の書類を所定の収集箱に入れる場合にも用いられる表現である。
窮猿投林とは、追い詰められた猿が林に飛び込む際、どの枝を選ぶかなどと迷っている余裕はないという故事に基づく四字熟語である。転じて、切羽詰まった状況や困窮している時には、物事を選り好みしている場合ではないという喩えとして用いられる。『晋書』「李充伝」に由来し、「窮猿林に投ず」と訓読する。
燕頷投筆は、文人が筆を捨てて武人の道に進むことを表す四字熟語である。燕頷とは燕のような角張った顎を指し、古来より武勇に優れた者の骨相とされた。この語は、後漢の班超が文官の職を退き、西域で武勲を立てた故事に由来する。
「飲馬投銭」は、清廉潔白で私利私欲のない高潔な行いを意味する四字熟語である。故事は『三輔決録』にあり、旅人が馬に水を飲ませた後、その礼として井戸に銭を投げ入れたという逸話に由来する。そこから、わずかな恩恵に対してもきちんと報いる正直な心構えや、不正をせず清く正しく生きる姿勢を表すようになった。
意気投合とは、互いの気持ちや考え方がぴったりと一致し、深く心が通い合うことで親密な関係が生まれる様子を表す。人と人が出会い、その志向や感性が共鳴し合い、自然と一体感を覚える状態を指す。
「投桃報李」は、『詩経』の「大雅・抑」に由来する四字熟語で、相手から桃を贈られたら李(すもも)でお返しをするという意味から、親しい間柄での贈り物のやり取りや、好意に対してそれに相応しい好意で報いることを表します。転じて、人と人との温かい交際や、礼儀にかなった相互の行為を指すこともあります。
投瓜得瓊は、『詩経』「衛風・木瓜」に由来する四字熟語で、わずかな贈り物をしたことに対して、相手からはるかに厚い返礼を受けることを意味する。転じて、礼を尽くして人に接すれば、それ以上の報いがあるという教訓を示す。
「曾母投杼」は、『戦国策』秦策に見える故事に基づく四字熟語である。曾参の母が、三人の者が次々と曾参が人を殺したと誤って伝えたため、織機の杼を投げ捨てて逃げ出したという逸話から、真実でない噂でも繰り返し聞かされると、ついには信じてしまう心理を指す。
互いの気持ちや考えが通じ合い、深く理解し合うことを指す。特に、親しい間柄や共通の志向を持つ者同士が、言葉を尽くさずとも心が通い合う状態を表す。
思案投首とは、良い考えが浮かばずに困り果て、首をかしげて思い悩む様子を表す四字熟語である。「思案」はあれこれと考えること、「投首」は思案に暮れてうなだれるさまを意味し、行き詰まった状態で深く考え込むことをいう。