一斑とは、物事の一部分や一端を指す。全体から見ればごく一部ではあるが、そこから全体の様子を推し量ることができるという含みを持つ。例えば「組織の一斑を知り得たにすぎない」のように用い、全体のごく一部を垣間見たに過ぎないことを表す。語源は、ヒョウの毛皮にある一つの斑紋に由来する。
肝斑とは、主に女性の顔面に現れる褐色調の色素斑を指す皮膚疾患である。紫外線やホルモンバランスの影響などによりメラニン色素が沈着し、左右対称に広がる傾向がある。
斑気(むらき)とは、気分や感情が一定せずに変わりやすい性質を指す。また、特定の事柄に偏った関心を示す傾向も含み、心の落ち着きがなく気まぐれな様子を表す。
斑葉とは、葉緑素の不足などにより、緑色の部分に白や黄色のまだら模様が入った葉を指す。また、そのような葉の状態を「斑入り」ともいう。転じて、白髪が混じった頭髪を喩える表現としても用いられる。
染色技法の一つで、布地の一部を濃く染め、その周囲を次第に薄くなるようにぼかしてゆく手法を指す。濃淡の対比によって斑(むら)のような模様を生み出すことからこの名があり、「叢濃」や「村濃」とも表記される。
しまうまは、ウマ科に属する哺乳動物の総称であり、体に黒と白の縞模様を持つことが特徴である。主にアフリカの草原やサバンナに生息し、群れをなして生活する。
斑雪(はだれゆき)は、薄く降り積もった雪、あるいは解け残ってまだらに地表に残っている雪を指す語である。春先などにみられる情景を表し、「はだらゆき」とも読まれる。
斑斑とは、色や模様が入り混じってまだらになっている様子を指す。特に、異なる色彩や文様が複雑に交じり合い、均一でない状態を形容する際に用いられる表現である。
皮膚の内出血によって生じる紫色の斑点を指す。毛細血管からの血液が皮下組織に滲み出し、時間の経過とともにヘモグロビンが分解される過程で紫色調を呈する状態をいう。
虎の毛皮に見られるような、黄褐色と黒色の縞模様を指す。また、そのような模様を持つ毛色や、その模様そのものを表す語である。
ハンミョウ科の昆虫で、山道などでよく観察される。体は光沢があり、赤・紫・緑などの鮮やかな斑紋を持つ。人が歩くと前方に飛び移る習性から、「ミチオシエ」や「ミチシルベ」の別名でも呼ばれる。
鶉斑とは、うずらの羽に見られるような茶褐色地に黒や白の斑点が散らばった模様を指す。また、陶磁器においては、鉄釉が酸化反応を起こすことで生じる赤褐色のまだら模様を表すこともある。
うぐいはコイ科の淡水魚で、川や湖に生息するが、一部は海へ下ることもある。体は細長く、背面は暗緑褐色、腹面は銀白色を呈する。繁殖期には腹部に三本の赤い縦縞が現れる特徴があり、アカハラやハヤとも呼ばれる。漢字では「鯎」や「鯏」と表記することもある。
羽斑蚊はカ科の昆虫の総称で、体長は約五ミリメートル程度である。特徴として、翅に黒褐色の斑紋があり、静止時には尾部を上げた姿勢をとる。雌の一部の種はマラリアを媒介することが知られており、「翅斑蚊」と表記されることもある。
翅斑蚊はカ科に属する昆虫の総称であり、羽に斑模様を持つことが名称の由来となっている。
蒙古斑は、主に黄色人種の乳幼児の臀部や腰などに現れる青灰色の斑紋で、成長に伴い自然に消退するものである。俗称として児斑とも呼ばれる。
老莱斑衣とは、年老いた親を喜ばせるために子供が幼児のような姿を演じる孝行を表す故事成語である。中国の孝子・老莱子が七十歳を過ぎても色とりどりの着物を着て、幼児のようにふるまい、両親を楽しませたという『蒙求』の故事に由来する。親孝行の美徳を称える表現として用いられる。
老莱子が七十歳を過ぎてもなお、色とりどりの衣装を着て子供のように戯れ、両親を喜ばせたという故事に基づく。年老いてもなお親孝行を尽くすこと、あるいは年老いても天真爛漫に振る舞うことを指す四字熟語である。
全豹一斑とは、物事の一部分だけを見て全体を推し量ることを指す。豹の体の一つの斑点から豹全体を想像するという故事に由来し、限られた情報から全体像を判断しようとする様を表す。また、見識が狭く、一部分にとらわれて大局を見失うことの喩えとしても用いられる。