川や湖などが陸地に大きく入り込んだ地形を指し、入り江に相当する。地名としては「おおまがり」と読む場合があり、秋田県の市名などに用いられる。
川が大きく曲がりくねり、緩やかに流れる場所を指す。地形の変化によって生じた河川の屈曲部を表す語である。
平曲とは、琵琶の伴奏に合わせて『平家物語』を語り聞かせる音楽芸能であり、中世に成立した語り物の一種である。平家琵琶とも呼ばれる。
物事の経過や道筋が複雑に折れ曲がり、単純ではない様子を指す。また、そのような過程を経て生じる複雑な事情や変化を表す。
曲筆とは、事実を故意に歪めて記述することを指す。特に、都合の良いように真実を曲げて書く行為、またはそのようにして書かれた文章を意味する。歴史記述や報道において、真実を隠蔽または改竄する際に用いられる表現である。
曲論とは、道理や事実を故意に歪めて展開される議論を指し、正当性を欠いた理屈や言説を意味する。真実から外れた主張や、無理にこじつけた論理を含むことが多く、議論の公正さを損なう性質を持つ。
曲解とは、相手の言葉や意図を故意に歪めて解釈することを指す。善意や真意を素直に受け取らず、わざと異なる意味に取り違える行為、またそのような解釈そのものを表す。
曲技とは、通常の人には真似のできないような高度な身体技術や離れ業を指し、特に曲芸として知られる芸能分野における特殊な技芸を意味する。
曲芸とは、通常では真似のできない高度な技術を要する芸能を指し、人間が行う離れ業や軽業などの曲技を含む。また、動物に訓練を施して披露させる芸、例えばイルカなどの演技もこれに含まれる。
細部に至るまで漏らすことなく、詳しく述べ尽くすことを意味する。
曲輪とは、城や砦の周囲に土や石を積んで築かれた囲いのことで、城郭を構成する主要な部分を指す。また、そのような囲いで区切られた一区域を意味し、特に遊郭や遊里を指して「郭」や「廓」の字を用いて表すこともある。
曲見は能面の一種で、中年の女性を表す。主に狂女物などの演目で用いられ、顔の中央部が窪んで見える特徴からこの名が付けられた。
私曲とは、私利私欲に基づいて物事を曲げ、公平さや正しさを欠いた行いや心のあり方を指す。公の立場にありながら、自分自身や身内の利益だけを図る不正な態度を意味する。
「委曲(つばら)」は、物事の様子や事情が細部に至るまで詳しく、明らかなさまを表す。また、そのような状態で事を行うことを指す。漢字表記としては「詳ら」とも書く。
物事の細部に至るまでの詳しい事情や内容を指す。特に「委曲を尽くす」という表現で、詳しい事情を残すところなく説明する意で用いられる。
岩が川の流れに沿って屈曲し、そのために水の流れが緩やかになり、よどみを生じている場所を指す。
近世日本において発展した楽曲や歌曲の総称を指し、特に三味線などの伴奏に合わせて歌われる俗曲を中心とする。歌舞音曲という表現にも見られるように、芸能や娯楽の分野で用いられる音楽全般を包括する語である。
浪曲とは、三味線の伴奏に合わせて物語を語る大衆芸能の一つであり、主に義理や人情を題材としている。浪花節とも呼ばれる。
特定の家系や流派の継承者、あるいは限られた資格を持つ者にのみ伝承され、一般には公開されない楽曲を指す。秘伝として門外不出とされる音楽作品のことをいう。
歌曲を歌うことを指し、特に旋律に合わせて声を出して歌う行為を意味する。また、その歌われる歌曲そのものを指す場合もある。
組曲とは、いくつかの独立した小曲を組み合わせて一つの楽曲として構成した器楽曲の形式を指す。
部曲(かきべ)とは、古代日本の豪族が私有していた民衆を指す。律令制以前の社会において、有力な氏族が支配下に置いた生産者や従者を意味し、その表記には「民部」も用いられた。
湾曲とは、弓のように緩やかに曲がっている状態を指す。特に、背骨や海岸線などが自然な弧を描いて曲がっている様子を表す際に用いられる。「彎曲」の書き換え字としても用いられる。
歌曲とは、歌として歌われるための旋律や節回しを指す言葉です。また、クラシック音楽の分野においては、声楽によって演奏される楽曲のことを特に意味します。
舞曲とは、舞踊に合わせて演奏される楽曲、あるいは舞踊を伴うことを前提として作曲された楽曲のことを指します。また、舞踊と音楽とを総称する意味でも用いられます。例えば、メヌエットやワルツなど、特定の舞踊の形式に基づいて作られた器楽曲がこれに当たります。
戯曲とは、舞台上で演じられることを前提として書かれた台本、またはその様式で創作された文学作品を指す。中国において演劇が歌と音楽を中心に発展したことに由来する語である。
道や川などが大きくうねりながら曲がりくねっている様子を指す。特に山間部などの地形において、複雑に屈曲しながら延びていく状態を表す。
曲舞は、平安時代末期に起源を持ち、南北朝から室町時代初期にかけて盛行した歌舞の一種である。白拍子の系統を引く芸能とされ、その演者をも指す語である。
曲者とは、その素性や意図がはっきりせず、何か企みを持っているのではないかと疑われる人物を指す。また、単純ではなく一癖も二癖もあるような、扱いにくく油断のならない者という意味でも用いられる。
曲玉は古代の装身具の一種であり、主にめのうやひすい、水晶などの石材から作られた巴形をしている。一端がふくらんだ独特の形状が特徴で、しばしば「勾玉」とも表記される。
居曲とは、能楽において地謡が曲を謡う際に、シテが舞を舞わずに座ったまま演技を行う形式を指す。舞曲に対比される演出様式である。
道理や規則を故意に歪めて、特定の人物を不当に擁護する行為を指す。
曲肱とは、肘を曲げてそれを枕代わりにすることを指し、質素な生活環境を喩える表現である。転じて、貧しい境遇の中でも楽しみを見出す心境や、清貧に甘んじる生き方を示す。
里曲(さとみ)は、人里のあたりや里のうちを指す語である。平安時代以降に「さとわ」と誤読されることもあったが、本来は「さとみ」と読む。
郢曲とは、催馬楽や風俗歌、今様など、中世から中古にかけて流行した歌謡の総称を指します。また、転じて低俗な音楽や俗曲を意味することもあります。この語は、かつて中国の楚の都である郢で歌われた俗曲に由来するとされています。
箏曲とは、箏(こと)を演奏するための楽曲を指す。箏を伴奏に用いる声楽曲と、箏と他の楽器とを合わせて演奏する器楽曲の二種に大別される。
彎曲とは、物の形や線が弓なりに曲がっている状態を指す。特に、道路や川、建築物の構造などが緩やかな弧を描いて曲がっている様子を表す際に用いられる。
四分の三拍子を基本とする優雅で軽快な舞曲の一種であり、主にワルツを指す。
平面上の二つの定点からの距離の差が一定である点の軌跡を表す曲線。
曲馬団とは、馬術を中心に据えながら、人間や動物による曲芸や奇術など多彩な芸を披露し、各地を巡業して興行を行う芸人一座のことを指す。現代でいうサーカス団に相当する。
形式にとらわれず自由な発想で作曲された、機知に富み活気のある楽曲を指す。カプリッチオとも呼ばれ、奔放な空想や奇抜な趣向が特徴である。
独奏楽器と管弦楽が競い合い、協調する形で演奏されるように作曲された器楽曲を指す。コンチェルトとも呼ばれ、ピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲など、独奏楽器の種類によって区別される。
奇想曲とは、形式上の制約にとらわれず、自由な発想と気分に基づいて創作された器楽曲を指す。カプリッチオとも呼ばれ、同様の概念を表すものとして「綺想曲」の表記も用いられる。
雨霖鈴曲は、中国唐代の皇帝玄宗が楊貴妃を失った悲しみを詠んだとされる楽曲の題名で、『明皇雑録補遺』にその由来が記されている四字熟語である。
流觴曲水とは、古代中国で行われた文人の雅宴を指す。曲がりくねった水路に酒杯を流し、それが自分の前を通り過ぎる前に詩を詠むという風流な遊びで、特に三月三日の上巳の節句に行われた。この故事は王羲之の「蘭亭集序」に記され、後世に詩宴や文人の集いの典型として伝えられている。