力紙とは、相撲において力士が体を清めるために用いる化粧紙を指す。また、山門の仁王像に噛みつけて投げつけることで力の授かりを祈願する紙のこともいう。さらに、製本の際にとじ目の補強のために貼る紙を指す場合もある。
白紙とは、文字や絵が何も書かれていない白い紙そのものを指す。転じて、何も記入されていない状態や、前もって決まった考えや条件がないことを表し、交渉や計画などにおいて最初からやり直す場合にも用いられる。
印紙とは、手数料や税金の納付を証明する証票のことで、特に収入印紙を指す場合が多い。また、郵便切手を指す俗称としても用いられる。
赤紙とは、赤色の紙を指す。特に旧日本軍において召集令状に用いられた赤い紙を指し、その俗称として広く知られる。また、かつては差し押さえの際に使用される封印証書にも赤い紙が用いられ、同様にこう呼ばれた。
巻紙とは、半切紙を横長につなぎ合わせて巻いたものを指し、毛筆による手紙の作成に用いられる。また、紙巻きたばこなどの物品を包むための紙を指す場合もある。
型紙とは、衣服や工芸品などを作る際に、その形状を写し取るために用いる紙型のことです。裁断や組み立ての目安とするため、あらかじめ製品の各部分の形に切り抜かれています。
紙幣とは、紙を素材として製造された貨幣を指し、硬貨と区別される通貨の形態である。政府または中央銀行によって発行され、法定通貨として流通する。
紙を小さく切ったもの、あるいは一枚の紙を指す。紙の切れ端や断片を意味し、また一枚の紙そのものを指す場合もある。
紙魚はシミ科に属する昆虫の総称で、衣魚とも呼ばれる。体は細長く、銀灰色の鱗粉に覆われており、書籍や衣類などの紙製品や繊維を食害する習性がある。
紙背とは、文字通りには紙の裏面を指すが、転じて文章の表面に現れない隠れた意味や真意を表す。眼光紙背に徹すという表現は、文面の奥に潜む深い意図を読み取ることを意味する。
筆と紙を指すほか、文章に書き表す行為そのものをも意味する。特に筆紙に尽くしがたいという表現で、言葉では言い表せない心情を表す際に用いられる。
証紙とは、金銭の支払いや物品の品質・数量などが確認されたことを示すために、書類や商品などに貼付して用いる紙片を指す。
誓紙とは、神仏に対して誓いの言葉を記した文書を指す。特に、主従や夫婦などの間で、誠意を証するために交わされる起請文や誓書の類をいう。
紙屑とは、不要となった紙片や、細かくちぎった紙のことを指す。特に、書類や包装紙などが用済みとなって散らかった状態を表す際に用いられる。
紙を噛み固めて丸め、投げつけるもの。特に、遊びやいたずらとして相手にぶつけるために作られる。
紙やすりとは、厚紙や布地の表面にガラス粉や金剛砂などの研磨材を接着させて作られた研磨工具であり、木材や金属の表面を滑らかにするために用いられる。サンドペーパーとも呼ばれる。
紙燭は、かつて宮中などで夜間の儀式や行幸の際に用いられた照明具である。松の木の先端に油を塗って点火したものや、紙や布で作ったこよりに油を染み込ませたものがあり、手元を紙で巻いたことに由来する名称とされる。「脂燭」とも書き、「シショク」とも読む。
罫紙とは、文字を整然と記述するために、あらかじめ縦あるいは横に線が引かれた紙を指す。特に赤い線で印刷されたものを「赤い罫紙」と呼ぶことがあり、「けいがみ」とも読まれる。
塵紙は、鼻をかんだり、あるいはトイレットペーパーとして用いられる紙を指す。また、楮の外皮のくずなどから作られた、質の粗い紙を意味することもある。「ちりし」と読む場合もある。
千代紙とは、色鮮やかな模様を刷り込んだ装飾用の紙を指し、折り紙遊びや人形の製作、小箱の装飾などに用いられる。
羊の皮を加工して作られた書写材料で、古代から中世にかけてヨーロッパを中心に文書や写本の作成に広く用いられた。耐久性に優れ、巻物や冊子の形で重要な記録を残す役割を果たした。
画仙紙とは、書画に用いられる縦長の大判の白色紙を指す。本来は中国で生産されたものであり、雅仙紙と表記されることもある。
紙一重とは、一枚の紙の厚さほどしかないごくわずかな隔たりや差異を表す。物事の優劣や成否、状態の違いなどが、極めて些細な差で決まる様子を指す。
紙屋紙は、平安時代に紙屋院で製造された高品質の紙を指す。後に、不要となった反故紙を漉き返して作られた薄墨色の再生紙を意味するようになった。語源は「かみやがみ」が転じたものである。
電報を打つ際に電文を記入するための所定の用紙を指し、電報発信紙の旧称である。
紙漉きの際に、原料を水に溶かした液を貯え、紙をすく作業に用いる水槽を指す。
眼光紙背とは、読書において文字面を追うだけでなく、行間に込められた著者の真意や精神を鋭く見抜くことを意味する四字熟語である。眼光が紙の裏側まで透き通るように、文章の奥深くに潜む意図を鋭く洞察する読解力を表し、「眼光紙背に徹す」などの形で用いられる。
倚馬七紙は、優れた文才を表す四字熟語である。東晋の袁虎が桓温の命を受け、馬の前で七枚の長文を即座に書き上げたという『世説新語』の故事に由来し、倚馬の才とも言われる。
一枚の紙とわずかな銭を指し、ごく僅かな物事の喩えとして用いられる。元来は寺院や僧侶への寄進が少ないことを表した表現であり、そこから転じて、価値や量が極めて乏しい様子を言い表す。
洛陽の紙価とは、著書が世間に広く賞賛され、多くの人々が争って購読するために紙の需要が高まり、紙の値段が上がるほど人気を博すことを意味する。この言葉は、晋の時代に左思が「三都の賦」を著した際、その評判が洛陽中に広がり、人々が競って写本を作成したため紙の価格が高騰したという故事に由来する。
書画や文字が記されたわずかな紙片や絹布の切れ端を指す。特に、そのような小さな断片であっても、そこに記された内容や筆跡が貴重である場合に用いられる表現である。
机上の空論に終わり、実際の役に立たない議論や計画を指す。紙の上だけで兵士の動きを論じる故事に由来し、現実離れした理屈や実行不可能な空理空論を喩える表現である。
紺紙金泥とは、濃い藍色に染めた紙に金泥で文字や絵を書く技法、またそのようにして作られた作品を指す。主に仏教の経典や装飾写本などに用いられ、荘厳で優美な趣を醸し出す。