河鹿はカジカガエルの略称で、アオガエル科に属するカエルである。清らかな渓流に生息し、初夏の頃に雄が美しい声で鳴くことで知られる。
愚かなこと、またはそのような性質を持つ人を指す。また、無益で価値のない事柄や、程度が並外れている状態を表すこともある。さらに、機械や器具の部品などが機能を失い、役に立たなくなることも意味する。
鹿驚は、鳥や獣が田畑を荒らすのを防ぐために立てる人形を指す。その由来は、獣肉などを焼いて串に刺し、悪臭で脅かしたことにあり、これが転じて、見かけだけで実際には役に立たないものや人の喩えとしても用いられる。表記には「案山子」も見られる。
鹿毛とは、鹿の体毛に似た茶褐色を呈し、たてがみや尾、四肢の下部が黒色を帯びる馬の毛色の名称である。また、そのような毛色を持つ馬そのものを指すこともある。
ユリ科の多年草で、山地の樹木の陰に自生する。葉の形状が笹に似ていることからこの名があり、初夏には白い小花が円錐状に集まって咲く。若い芽は食用とされる。漢名「鹿薬」の誤用に由来する呼称で、「雪笹」と表記することもある。
権力や地位をめぐって争うことを意味する。中国の故事に由来し、『史記』において天下を鹿にたとえ、これを追い求める様子から、政権や覇権を争奪することを指すようになった。
鹿苑は、釈迦が初めて説法を行ったとされるインドの地名「鹿野苑」の略称である。その名は、かつて多くの鹿が生息していたことに由来し、文字通り「鹿の園」を意味する。
「鹿砦(さかもぎ)」と同じく、戦場において敵の進撃を妨げるために用いられる障害物を指す。樹木の枝を切り、先端を鋭く尖らせて地面に打ち込み、鹿の角のように多数並べたものである。
鹿鳴とは、賓客を歓待するための詩歌や音楽、あるいはその宴席を指す。中国の古典『詩経』に収められた「鹿鳴」の詩が、客人を迎える際に詠われた故事に由来する。後には、こうした饗宴そのものを示す語として用いられるようになり、例えば「鹿鳴館」は明治時代に設けられた西洋風の迎賓施設の名として知られる。
鹿杖とは、杖の先端が二股に分かれた形状を指す。また、握り部分がT字形をした撞木杖や、鹿の角を握り部分に取り付けた杖もこの名で呼ばれる。
鹿の袋角(ふくろづの)は、鹿の角が伸びる途中の軟らかい状態を指し、漢字では「鹿茸」と書く。角が完全に硬化する前の段階で、表面がビロード状の毛皮に覆われているのが特徴である。
矮鹿はマメジカ科に属する小型の哺乳類の総称で、アフリカからインド、東南アジアにかけて四種が分布する。体長は50から80センチメートルと非常に小柄で、角を持たないことが特徴である。「豆鹿」と表記されることもある。
葦鹿はアシカ科に属する海生哺乳類で、海驢とも表記される。その名は足の形状が葦に似ていることに由来するとされる。沿岸域に生息し、水中を巧みに泳ぎながら魚類を捕食する。
トナカイの別称であり、主に北極圏や亜寒帯地域に生息するシカ科の動物を指す。角は枝分かれし、オスメスともに持つことが特徴で、家畜化されて人々の生活を支えてきた歴史を持つ。
氈鹿は、日本固有のウシ科の哺乳類で、主に山地の岩場に生息する。外観はヤギに似ており、雌雄ともに枝分かれしない角を持つ。その毛皮はかつて毛氈(もうせん)の材料に用いられたことからこの名がついたとされ、別名カモシシやニホンカモシカとも呼ばれる。
「麋鹿」とは、大型のシカを指す語である。また、転じて田舎風で野暮ったく、洗練されていない様子や、下品で卑しいことを喩える表現としても用いられる。
鹿火屋とは、夜間に鹿などの獣が田畑を荒らすのを防ぐため、火を焚いて見張りをする番小屋を指す。秋の季語としても用いられる。「かひや」とも読む。
鹿尾菜は褐藻類ホンダワラ科に属する海藻で、各地の沿岸の岩場に生育する。茎は円柱状で羽状に枝分かれしており、乾燥させて食用とする。漢名に由来する表記で、「羊栖菜」とも書く。
麝香鹿はシカ科に属する小型の哺乳類で、アジア大陸に生息している。雄には角がなく、代わりに上顎に発達した牙を持ち、腹部には麝香を分泌する特殊な腺を持つことが特徴である。
「麋鹿之姿」は、中国の詩人蘇軾の詩に由来する四字熟語で、世俗の権力や地位から離れ、自然の中で自由に生きる姿を鹿に喩えた表現である。官職や名利に執着せず、野に放たれた鹿のように、ありのままの自由な境地を志向する生き方を指す。
馬鹿果報とは、愚かな者が思いがけず幸運に恵まれることを意味する。愚かさゆえに、かえって幸せな結果を得る様を表す四字熟語である。
蕉鹿之夢とは、現実と夢の区別がつかないような、はかない夢や虚構のたとえである。中国の古典『列子』に由来し、薪を取る者が鹿を獲た夢を見て目覚めた後、現実と夢の境が曖昧になる故事に基づく。転じて、実体のない空想や、儚い人生の比喩として用いられる。