万福とは、数多くの幸せや福がもたらされることを指す言葉である。転じて、祝いの場面で相手の幸福や繁栄を願う挨拶の言葉としても用いられる。「マンプク」と読むこともある。
この上ない幸福、極めて幸せな状態を指す。人生において得られる最高の喜びや満足感を表し、心が完全に満たされた境地を意味する。
浄福とは、清らかで穢れのない幸福を指す。特に仏教においては、仏の教えを信じ、実践することによって得られる清浄な心の状態から生じる、真の安らぎや喜びを意味する。
冥福とは、亡くなった人があの世で受けるとされる幸福や安らぎを指す言葉である。故人の死後の平安を願い、その安らかな成仏を祈る際に用いられる。
清福とは、心が清らかで安らかな幸福を指す。また、手紙などで相手の平穏な幸せを願う挨拶語としても用いられ、「ご清福をお祈り申し上げます」などの形で使われる。
福茶とは、黒豆や昆布、山椒などを加えて煎じ出した茶のことで、正月や節分などの際に縁起物として飲まれる習わしがある。
福引とは、商店などが客寄せのために行うくじ引きのことで、当たれば景品が得られる仕組みを指す。また、そのくじ自体も意味する。語源は正月に二人で餅を引き合い、その取り分で一年の吉凶を占った風習に由来する。
福音とは、キリスト教においてイエス・キリストによる救いと神の国の到来を告げる教えを指し、また転じて一般に人々に喜びをもたらす吉報を意味する。
福運とは、人に幸せや良い出来事をもたらす巡り合わせを指し、幸福な運命や恵まれた境遇を意味する。
福禄とは、幸福と禄すなわち俸禄を合わせた言葉で、人が享受する幸せと富貴を表す。また、七福神の一柱である福禄寿の略称としても用いられる。
福藁とは、正月に門口や庭先に敷く新しい藁のことで、新年を迎える際の縁起物として用いられる。
七福神とは、日本で福徳をもたらすとして信仰される七柱の神々の総称である。大黒天・恵比須・毘沙門天・弁財天・福禄寿・寿老人・布袋の七神からなり、宝船に乗った姿で描かれ、商売繁盛や家内安全など様々な現世利益を授けるとされる。
キンポウゲ科の多年草で、早春に黄金色の花を咲かせる。その縁起の良い名前にふさわしく、正月の飾りや盆栽として親しまれている。山野に自生し、根茎には毒がある。別名をガンジツソウ、または側金盞花とも書く。
福神漬は、ダイコンやナス、ナタマメなど七種類の野菜を細かく刻み、塩漬けにした後、醤油やみりんを用いて煮詰めた漬物の一種である。その名称は、使用する野菜の種類が七福神にちなんでいることに由来する。
多くの女性から好意を寄せられ、恋愛面で恵まれた境遇にある男性を指す。
「阿多福」は、丸くふっくらとした頬に低い鼻の特徴を持つ「おかめ」の面を指す語である。転じて、そのような面のような顔立ちの女性を指し、時に女性を蔑んで罵る表現としても用いられる。
禍福無門とは、災いや幸せには定まった門戸があるわけではなく、それらは人の行いによって自ら招き寄せるものであるという意味である。『春秋左氏伝』に由来し、人の吉凶は天から降るものではなく、自らの行為の結果であることを示す。
禍福倚伏とは、災いと幸せが互いに寄り添い隠れ合うようにして、絶えず入れ替わりながら現れることを表す四字熟語である。一見不幸に見える出来事の中に次の幸福の兆しが潜んでおり、逆に順調な時にも思わぬ災難の種が内包されているという、人生の幸不幸が表裏一体をなして巡る様をいう。この思想は古代中国の『老子』に由来する。
無妄之福とは、思いがけずに天から授かった幸運を指す。『戦国策』楚策に由来し、予期せぬ偶然や、自らの努力によらずに訪れる幸福を意味する。
貧窮福田とは、仏教用語で、貧しい人々に施しを行うことが大きな功徳を積むことにつながるという教えを表す四字熟語です。『優婆塞戒経』に説かれる八種の福田の一つであり、困窮している者を助ける行為そのものが、福徳を生む田畑(福田)となるという考え方に基づいています。
百福荘厳は、仏教経典の一つである『法華経』に由来する四字熟語で、数多くの福徳が厳かに備わり輝いている様子を表す。仏の功徳や浄土の荘厳さを讃える文脈で用いられ、無量の幸福と威厳に満ちた境地を形容する語である。