文武とは、学問と武芸、すなわち文事と武事の両方を指す。教養としての学問と、武術や軍事に関する技芸の両方に通じていることを表す語である。
歩武とは、歩くときの足の運びや歩調を指す言葉である。古くは「武」が半歩を意味したことに由来し、堂々とした歩みや進み方を形容する際に用いられる。
武道や軍事を重んじることを指し、武力や戦闘を尊ぶ精神や風潮を表す。
武将とは、武士の集団を率いる大将、あるいは軍隊の指揮官を指す。また、剣術や弓術、馬術などの武芸に優れた将を意味することもある。
武火とは、強く激しく燃える火のことで、調理において食材を短時間で加熱する際に用いる火力を指す。対義語として弱火でじっくりと加熱する「文火」があり、両者は火加減の対照をなす概念である。
武人とは、武芸を修め、軍事に携わることを本分とする者を指す。武士や軍人など、戦闘や防衛を職務とする人々を総称する語であり、文人に対置される概念として用いられる。
武技とは、武術や武道など、戦闘や護身のための技術・技芸の総称を指す。主に武芸と同義で用いられ、身体の鍛錬を通じて獲得される攻防の術を広く包含する概念である。
武断とは、武力を背景に物事を強引に決めたり、政治を強行したりすることを指す。また、武力によって問題を処理する方法を意味することもある。
武道とは、武士が従うべき規範としての武士道を指すとともに、剣道や柔道、弓道などの武術・武芸を通じて精神と身体を鍛える修練の道をも意味する。
武芸とは、武士の修練すべき技芸を指し、剣術・弓術・槍術・馬術・砲術などの武術全般を総称する語である。武道における技量や芸道としての側面を併せ持ち、広く武技や武術と同義に用いられる。
武庫とは、武器や武具を収納・保管するための倉庫を指す。特に軍事施設において、戦闘に用いる各種の兵器や防具を整然と備蓄しておく場所を意味する。
武道に関わる様々な事柄や、武術・武勇にまつわる行為を指す。また、そのような事柄に通じた人物を「武辺者」などと称することもある。
武弁とは、武士や武官を指す語である。特に、武官が用いた冠(かんむり)に由来し、転じて武家や武人そのものを表すようになった。
武功とは、戦場において武勇をもって立てた功績や手柄を指す語であり、武勲と同義である。
武名とは、武勇や戦いにおける手腕によって得られる名声や評判を指す。武人としての力量や功績が広く知られ、誉れ高い状態を表す語である。
武骨とは、物の形状がごつごつとして骨張っている様子を指し、特に手などに用いられる。また、振る舞いや人柄が洗練されておらず、無作法で粗野であることを表す場合にも使われる。「無骨」と表記することもある。
武勇とは、武術に優れ、勇気にあふれている様を指す。戦場や困難な状況において、強く勇ましく振る舞うことを表し、特に武士の気概や戦いにおける勇敢な行為を形容する際に用いられる。
武烈とは、戦場における勇ましく激しい戦いぶりや、そのような戦いによって立てられた功績を指す語である。武勲とほぼ同義で用いられ、特に勇猛果敢な戦いの様子や、それによって得られた輝かしい手柄を意味する。
武士(もののふ)とは、武芸を職能とし、主君に仕えて戦いに従事した者を指す。中世以降の「武士(ぶし)」と同義であり、特に古風な表現として用いられる。
武術に優れ、勇気にあふれている様子。また、勇ましく強いことを指す。
威厳と武力を備えている様子を指し、転じて勇ましく堂々として勢いのあるさまを表す。
武道の技や心構えを修練すること。特に武術や武芸の鍛錬を通じて、身体と精神を鍛えることを指す。
荒武者とは、勇猛で荒々しい気性を持つ武士を指す。また、転じて、乱暴なほどに意気込みが激しく、向こう見ずな行動を取る者を喩える表現としても用いられる。
猪武者とは、戦場において深い思慮を欠き、ただ猪のように向こう見ずに敵陣へ突進する武士を指す。転じて、無謀で軽率な行動を取る者を喩える表現としても用いられる。
我武者羅とは、物事の成否や周囲の状況を顧みず、ただひたすらに力任せに突き進むさまを指す。
「允文允武」は、文事にも武事にも優れた才能を備えていることを称える四字熟語である。特に、君主や為政者に対して、学問や教養を意味する「文」の徳と、軍事や武勇を意味する「武」の徳の両方が兼ね備わっていることを褒め称える際に用いられる。その出典は中国の古典『詩経』の「魯頌」に求められる。
文武兼備とは、学問や教養といった文の才と、武術や軍事といった武の技の両方を一人の人間が兼ね備えていることを表す四字熟語である。