その場にいるすべての人々、あるいはある集団や組織に属する全員を指す語。一同着席するのように、特定の場所に居合わせる人々全体を表す場合と、会員一同賛成するのように、あるまとまりを持つ人々の総体を表す場合がある。
同じでないこと。また、物事が揃わず、一致しない状態を指す。
複数の人や団体が同じ物事を一緒に行ったり、同じ立場や条件で結びついたりすることを指す。例えば事業を協力して経営することや、地域で共有の施設を利用する場合などに用いられる。
合同とは、複数の独立したものが一つにまとまること、あるいはそのようにまとめることを指す。例えば、二つのチームが一緒に練習する場合などに用いられる。また、幾何学においては、二つの図形を重ね合わせた際に完全に一致する状態を意味する。
同意とは、他者の意見や提案に対して賛同し、同じ考えを持つことを指す。また、言葉や表現が同じ意味を持つ同義であることを示す場合もある。合意形成や意思確認の文脈で用いられ、相互の認識や意志の一致を表す。
同一とは、二つ以上のものが互いに同じであることを指す。また、区別や差異がなく等しい状態を表す際にも用いられる。
同じ型や形式を持つこと。また、そのようなもの。形状や構造が互いに一致している状態を指し、特に工業製品や生物の分類などにおいて用いられる。
同じ学校で学ぶこと、あるいは同じ師に師事することを指し、そのような関係にある人々を意味する。また、同じ学問分野を修めることを表し、その領域に携わる者を指す場合もある。
同慶とは、自分にとっても相手と同じように喜ばしいことを指す。主に手紙文などで用いられ、相手の慶事を共に喜ぶ気持ちを表す表現である。
他人と共通の感情や意見を抱くこと。ある考えや見解に対して賛同し、自分も同じように感じる状態を指す。
同権とは、異なる立場や属性を持つ者同士が同等の権利を有することを指す。特に男女間の権利の平等を表す際に用いられることが多い。
同じ趣味や好みを持つこと。また、そのような人々を指す。共通の関心や嗜好を有する者同士の関係や集まりを表す際に用いられる。
同居とは、同じ住居に複数の人々が共に生活することを指す。特に家族関係にある者、例えば夫婦や親子が共に暮らす場合に用いられる。また、血縁関係のない者が一つの家屋で共に生活する雑居の状態を指すこともある。
同じ土地の出身であること。また、そのような人々を指す。特に故郷を同じくする者同士の連帯感や親近感を表す際に用いられる。
「同行」は、同じ信仰や修行を共にする仲間を指す。また、共に巡礼や参詣の旅へ赴く者を意味することもある。文章や五十音図において同じ行に属することを表す用法もある。読みは「ドウギョウ」であり、「ドウコウ」と読む場合は別の意味となる。禅宗においては「ドウアン」と読む。
同士とは、互いに共通の立場や性質を持つ者同士を指す語である。特に、同じ種類の者、同じ関係にある者、あるいは同じ仲間に属する者を表し、「似た者同士」「兄弟同士」などのように用いられる。また、そのような者同士の間で行われる争いを「同士討ち」と表現することもある。
同じ職業や商売に従事していること。また、その関係にある人々を指す。
同じ志や主義を持つことを指し、またそのような人々を指す言葉である。特に政治運動や社会活動において、共通の理想を抱く仲間を呼ぶ際に用いられる。
同定とは、ある対象が他のものと同一であることを確認し、見極めることを指す。また、生物学の分野では、生物の標本を既存の分類体系に照らし合わせ、その種や属などの分類学上の位置を決定する作業を意味する。
同じ日を指す語で、ある事柄が起こった日と同じ日付であることを表します。また、その日そのものを指す用法もあり、特定の日を直接示す際にも用いられます。
価値や等級、程度などが同じであること。また、そのような関係にあること。
同じ行動をとる人々の集まりを指し、またその人数を表す。特に、集団で行動する際の人数を示す際に用いられる。
同じ席に座ること、あるいは同じ集まりに出席することを指す。また、同じ席次や地位にあることを意味する場合もある。
同じ宿や下宿に泊まることを指し、またそのようにして共に生活する人を意味する。
同乗とは、複数の人が同じ乗り物に一緒に乗ることを指す。例えば、自家用車やタクシーなどに他人と共に乗り合わせる状況を表す。
一緒に行動すること。特に、誰かと連れ立って行くことを指し、同行とほぼ同義である。例えば、目上の人に付き添って行く場合や、配偶者を伴って訪れる場合などに用いられる。
同じ学校で学んだり、同じ師に師事したりした間柄を指す。また、そのような関係にある人々をも意味する。
他人の不幸や苦しみに対して、その心情を理解し共感する気持ちを抱くこと。また、そのような感情を相手に示す行為を指す。
同じ病気にかかっていること。また、そのような状態にある人を指す。
同封とは、手紙や書状を送付する際に、それらと一緒に他の書類や物品を同じ封筒に入れて送ることを指します。例えば、写真や資料などを添えて郵送する場合に用いられます。
同人とは、同じ趣味や志向を持つ仲間を指す言葉である。特に創作活動において、共通の関心に基づいて作品を制作・共有する人々のことを意味し、同人誌などの形で発表されることが多い。また、文脈によっては同一人物を指す場合もあるが、現代では主に前者の意味で用いられる。
同じ体であることを指し、一心同体のように心身が一体となる状態を表す。また相撲では、両力士が同時に倒れるなどして勝敗が判定できない場合を指し、取り直しを要する。
同じ母親から生まれたことを指し、特に兄弟姉妹について用いられる。また、同じ考えや志を持つ者を指すこともある。
同断とは、他のものと同一であること、あるいは以前の状態と変わらないことを指す。物事の性質や状態が等しい様子を表し、例えば「以下同断」のように用いられる。
同じ文章を指すほか、異なる国や民族の間で共通して用いられる文字を意味する。例えば、日本と中国では漢字を共有する関係を「同文」と表現することがある。
姓が同じであることを指す。名字が一致する状態を表し、特に「同姓同名」のように用いて、姓名の両方が同じ場合と対比されることもある。
同じ父母から生まれた兄弟姉妹を指す。転じて、同じ民族や国家に属する者、同じ境遇や思想を持つ者など、親密な関係にある人々を広く指して用いられる。
同じ師匠や先生に師事して学ぶ者同士の関係を指し、また同じ流派や学統に属する者を意味する。
同じ憂いや心配を共有すること。また、そのような境遇や心情を共にする人を指す。
同じ職場で働く人を指し、特に地位や役職がほぼ同等の者をいう。職場内で互いに協力し合う関係にある者を指すことが多く、同輩や同役といった表現とも通じる。
同じ種類や仲間に属することを指す。性質や特徴が似通っている物事や、同じ範疇に分類される人々に対して用いられる。例えば、「同類の生物」や「彼らは同類だ」といった表現で、類似性や同一のグループに属する関係を示す。
同じ母から生まれた兄弟姉妹を指す。転じて、広く兄弟姉妹一般を意味するほか、同じ国に属する者、すなわち同国民を指す場合にも用いられる。「どうほう」「どうぼう」と読むこともある。
ある人や物を連れて一緒に行くことを指す。特に、部下や家族などを伴って移動する場合に用いられる。
本来区別されるべき異なる物事を同一視したり、区別を曖昧にしたりすることを指す。特に、性質や立場の異なるものを明確に分けずに扱う場合に用いられる。
異同とは、二つ以上の事物を比較した際に認められる、互いに異なる点や相違点を指す語である。類似したものの間の差異に注目する場合に用いられる。
雷同とは、自らの考えを持たずに他人の意見に軽々しく同調することを指す。その由来は、雷鳴が響くと万物がそれに応じて共鳴する様子を表した『礼記』の記述に基づく。
他人の意見や提案に対して同意し、支持することを指す。特に議論や提案において、その内容を認めて同調する態度を示す際に用いられる。
同じ年齢であることを指す語で、おないどしともいう。「庚」は年齢を表す意を含む。
同じ寝具を共にして寝ることを指し、特に男女が共に寝ることを意味する。
同棲とは、同じ家屋に住むことを指すが、特に婚姻関係にない男女が夫婦のように共同生活を営むことを意味する。
嫁娶不同は、婚姻の際に嫁ぎ先と娶り先が同じ家でないことを指す四字熟語である。『宋名臣言行録』に見られる表現で、同族内での婚姻を避ける慣習や、血縁関係の近い者同士の結婚を戒める考え方を示している。
一視同仁とは、全ての人を分け隔てなく平等に扱い、慈愛の心をもって接することを意味する四字熟語である。差別することなく、誰に対しても同じ思いやりをもって待遇する姿勢を表す。この「仁」は、人を慈しむ心を指している。
多くの人が同じ言葉を口にし、意見が一致している様子を表す。異なる口から同じ言葉が発せられる意から。
異曲同工とは、詩文や芸術作品などにおいて、表現の方法や趣向は異なっているものの、その巧みさや優れた点では同等の成果を収めていることを指す。唐代の韓愈の「進学解」に由来し、異なる手法を用いながらも同じように優れた結果に至る様子を表す。