鬼瓦とは、屋根の棟の両端に据え付けられる魔除けの役割を担う装飾瓦を指す。その形状は、多くが獣や鬼の恐ろしい形相を模していることに由来する。転じて、険しく恐ろしい顔つきの喩えとしても用いられる。
鬼籍とは、死者の姓名や戒名、死亡年月日などを記録した帳面のことで、過去帳とも呼ばれる。これに名が記されることをもって、人がこの世を去ったことを意味し、「鬼籍に入る」という表現は人が亡くなることを婉曲に表す。
鬼畜とは、鬼と畜生を合わせた言葉で、極めて残忍で非道な行いをする者や、そのような性質を指す。人間としての情けや恥じる心をまったく持たず、鬼や畜生よりもたちが悪いとされるような冷酷無比な様を表す。
墓地や湿地帯の夜間に、青白く燃えるように浮かび上がる光を指す。人骨などに含まれるリンが自然に発火して生じると考えられており、狐火とも呼ばれる。闇の中に不気味に揺らめく様子からこの名が付けられた。
鬼の顔をかたどった仮面を指す。また、そのような恐ろしい表情や、見かけだけを飾り立てた様子の比喩としても用いられる。
鬼気とは、不気味で恐ろしい気配や雰囲気を指し、身の毛がよだつような、あるいはぞっとするような感覚を伴うものである。
陰陽道において鬼の出入りする方角とされ、忌み嫌われる丑寅の方角、すなわち北東を指す。転じて、苦手とする人物や物事、また縁起が悪く近づきたくない場所などを喩える表現としても用いられる。
鬼灯はナス科の多年草で、提灯のような形状の赤い果実が特徴である。この名称は漢名に由来し、日本では「ほおずき」とも呼ばれる。
悪鬼とは、人に災いをもたらす恐ろしい鬼や魔物を指し、怨霊としての性質を持つこともある。また、仏道修行を妨げ、人を悪の道へと導く悪神の意味も含まれる。
無実の罪によって死に追いやられた者の怨念を宿した亡霊を指す。特に処刑や迫害など理不尽な死を遂げた者が成仏できずに現世に留まり、恨みや無念を晴らそうとする姿で語られることが多い。
鬼薊はキク科の多年草で、山地に自生する。夏から秋にかけて紫紅色の頭状花を咲かせる。また、大形のアザミ類を総称する語としても用いられ、ヤマアザミの別名でもある。
スイレン科の一年草で、暖地の池沼に自生する。葉は円形で直径が二メートル以上にも達し、全体に鋭いとげが密生している。夏には水面に紫色の花を咲かせ、その種子は食用となる。巨大な葉と鋭いとげの様子を鬼にたとえてこの名がある。
鬼哭とは、無念のうちにこの世を去った死者の魂が、恨みや悲しみを込めて泣き叫ぶことを指し、その悲痛な声そのものを表すこともある。
夜間に人間の生き血を吸うとされる伝承上の魔物を指す。また、転じて、他人の利益を搾取し苦しめる者を喩える表現としても用いられる。
施餓鬼とは、餓鬼道に堕ちて飢えと渇きに苦しむ亡者や、この世に縁のない無縁仏に対して、飲食を供えて供養を行う仏教の法要を指す。特に盂蘭盆会の時期などに行われる施餓鬼会の略称としても用いられる。
死者の名を記した帳面を指す語で、寺院などで用いられる過去帳と同義である。「点」は記すことを、「鬼」は死者を意味する。
鬼殻焼とは、伊勢海老や車海老などの大型のエビを殻付きのまま、串に刺して焼き上げた料理を指す。殻が黒く焦げる様子を鬼の肌に見立てた名称で、旨味を閉じ込めたプリプリの身と香ばしい殻の風味が特徴である。
鬼百合はユリ科の多年草で、山野に自生する。夏に、黄赤色で黒紫色の斑点のある花を咲かせる。鱗茎は食用となり、姫百合に比べて大きいことからこの名がある。巻丹とも表記する。
鬼矢幹はラン科の多年草で、雑木林に生育する腐生植物である。葉は鱗片状に退化しており、初夏に茎の上部に黄褐色の壺形の花を穂状につける。根茎は塊状で、漢方では強壮や鎮痛に用いられる。その名は、まっすぐに伸びた茎を鬼の使う矢の柄に見立てたことに由来する。
胡鬼板は羽子板の別称で、新年の遊びである羽根突きに用いられる。その由来は、羽根突きで打つ羽根を「胡鬼の子」とも呼ぶことに因む。
鬼鍼草はキク科の一年草で、暖かい地域の湿地に自生する。葉はセンダンに似た羽状複葉であり、秋には黄色い頭状花を咲かせる。種子には逆方向に向いた棘があり、衣服などに付着する性質を持つ。漢名に由来する名称で、「栴檀草」と表記されることもある。
鬼面仏心とは、外見は鬼のように恐ろしい風貌をしているが、内面には仏のように慈愛深く優しい心を持っていることを指す。また、そのような性質を持つ人を形容する際にも用いられる。
疑心暗鬼とは、疑いの気持ちが強くなるあまり、実際には何でもないようなことに対しても不安を覚えたり、恐れを抱いたりする心理状態を指す。『列子』に「疑心、暗鬼を生ず」とあるように、疑念が深まると、暗闇の中に亡霊を見るかのように、根拠のない恐怖を自ら作り出してしまうことをいう。
鬼手仏心とは、外科医などが持つべき心構えを表す四字熟語である。その意味するところは、技術においては鬼のように恐ろしいほどに鋭く確かな手腕を持ちながらも、患者を慈しむ心は仏のように温かく慈悲深いものであるということである。
鬼気森然とは、不気味で恐ろしい気配が立ち込め、身の毛もよだつような厳かな雰囲気を形容する四字熟語である。
鬼瞰之禍とは、鬼が高いところから見下ろして災いをもたらすという意味で、転じて、権力者や強者が弱い者を圧迫し、災難を引き起こすことを指す。『文選』揚雄の「解嘲文」に由来する四字熟語である。