「寸陰」とは、わずかな時間や短い時間のたとえであり、「一寸の光陰」を略した表現である。わずかばかりの貴重な時間を指し、寸時や寸刻などと同様に、短いながらも大切な時間の経過を意味する。
中陰とは、仏教において人が死んでから次の生を受けるまでの間の状態を指す言葉で、中有とも呼ばれる。この期間は四十九日間とされ、死者は次の転生先が決定されるまでの移行期にあるとされる。
片陰とは、ある方向から見て物に遮られて影となる場所を指す。また、特に夏の午後に日差しが当たらない涼しい場所を意味する。
薄暗くて光が乏しい様子を表し、また物寂しく陰鬱な雰囲気を指す。
陰暦とは、月の満ち欠けの周期を基準として構成された暦法のことで、太陰暦とも呼ばれる。太陽の運行を基準とする太陽暦(新暦)に対して、旧暦とも称される。
陰雨とは、空が暗く曇った状態で降る雨を指し、また、陰鬱な気分を伴うように長く降り続ける雨のこともいう。
陰湿とは、暗くじめじめした状態を指すとともに、人の性格や行為が表立たず、陰険でいやらしい性質を表す。特に、表面には現れにくい悪意や嫌がらせなど、暗黙のうちに他者を傷つけるような態度や雰囲気を形容する際に用いられる。
陰口とは、その人のいないところでこっそりと悪口を言うことを指す。直接面と向かって批判するのではなく、背後でひそひそと誹謗や中傷を行う行為を意味する。
空模様や気分などが晴れやかでなく、重苦しい暗さや憂いを帯びている様子を表す。
樹木が鬱蒼と茂って薄暗く、もの寂しい雰囲気が漂う様子を表す。また、広く薄暗く陰気で、不気味な感じがする状態を指す。
陰膳とは、長期間家を離れている人の無事を祈り、留守を預かる者がその人の分として供える食事のことで、無事な帰還を願う習わしである。
陰影とは、光が遮られてできる暗い部分を指す。また、物事の表には現れない微妙な趣や、奥深いニュアンスを表現する際にも用いられる。
陰紋とは、紋様の表し方の一つで、紋の輪郭のみを線で描いたものを指す。略礼装に用いられる格式ある意匠である。
陰徳とは、人に知られることなくひそかに行う善行や徳行を指す。目立たぬところで他者に施す親切や、報いを求めずに積む善い行いを意味し、これに対して公に認められる善行は陽徳と呼ばれる。
陰核とは、男性の生殖器のうち、睾丸を指す古語である。また、陰茎の意味で用いられることもある。
陰部とは、人体の外部に位置する男女の生殖器を指す語であり、一般に外性器を意味する。恥部や隠すべき部位という含意を持つ。
陰火とは、夜間や墓地などで不気味に燃え上がる怪しい炎のことで、時に火の玉のように見えることもあります。人魂や狐火とも呼ばれ、古くから怪異現象の一つとして伝えられています。
陰画とは、写真撮影において現像処理を施したフィルム上に得られる画像を指す。被写体の明暗や白黒が実際とは反転しており、印画紙に焼き付けて陽画を得るための原版となる。ネガティブとも呼ばれる。
陰気とは、天候や雰囲気、人の性質などが暗く沈みがちで、晴れやかさや明るさに欠ける様子を指す。物事の感じや気分が重苦しく、活気が感じられない状態を表す。
陰約とは、人目を避けてひそかに交わされる約束を指す。特に、表向きの取引や合意の背後で結ばれる秘密の取り決めを意味し、密約と同義である。
表面は穏やかで善良そうに見せかけながら、内面には悪意や狡猾さを秘めている様子。人に悟られないように策略を巡らせたり、表立っては出さない腹黒さを持つことを指す。
木の枝葉が日光を遮ってできる涼しい場所を指す。特に夏の暑い日差しを避けることができる木の下の空間を表し、休息や憩いの場として用いられる。
涼陰とは、日差しが遮られて涼しさを感じられる場所を指し、特に木々の茂みなどが作り出す木陰を意味する。
陰蝨はケジラミの別称であり、ケジラミ科に属するシラミの一種である。その形態はカニに似ており、主に陰毛部に寄生する。
青葉の茂った木の下にできる涼やかな日陰を指す。特に夏の情景を連想させる言葉で、木々の葉が生い茂り、陽光を遮ってできる心地よい陰を表す。
潮汐のうち、月の引力によって生じる成分を指す。太陽の引力による太陽潮と対をなす概念であり、実際の潮汐の大部分はこの太陰潮によって占められている。
月の満ち欠けの周期を基準として一か月を定め、これに基づいて構成される暦法を指す。太陽の運行を基準とする太陽暦に対し、太陰暦は朔望月を基本単位とする。陰暦とも呼ばれる。
表舞台に立つことができず、世間から隠れるように暮らす人のことを指す。社会の裏方に追いやられ、公の場で活躍できない境遇にある者を意味する。
石陰子(かせ)は、ウニの別称であり、その殻をも指す。海栗(うに)とも呼ばれる海産動物で、がぜとも言う。
陰日向とは、日が当たる場所と当たらない場所を指す。また、人前と陰とで態度や言動が異なる様子を表し、裏表のある振る舞いを意味する。さらに、表立っては見えないところで人を助け支えることをも示す。
陰弁慶とは、家庭内や身内に対しては威勢がよく強がりを見せるものの、外の世界や他人の前では極めて臆病で意気地のない様子を表す。内弁慶と同義である。
陰行草はゴマノハグサ科の半寄生性一年草で、山野に自生する。茎の高さは約五十センチメートルに達し、葉はヨモギに似て羽状に深く裂ける。夏には茎の上部の葉腋に黄色い唇形の花を咲かせる。漢名に由来する名称であり、「引艾」と表記されることもある。
大陰神は陰陽道における八将神の一つで、土曜星の精とされる。この神の司る方角に関わる縁談や出産などの事柄は忌むべきものとされている。
陰陽師とは、古代日本の律令制において陰陽寮に所属し、陰陽道に基づいて天文観測や地相の判断、占卜などの職務を担った官職を指す。中世以降は、民間において加持祈祷などを行う者を広く意味するようになった。「おんみょうじ」とも読まれる。
陰地蕨はハナヤスリ科の多年草で、フユノハナワラビの別称である。冬期に花のように見える新芽を出すことからこの名があり、漢名に由来する表記である。また「花蕨」とも書かれる。
陰謀詭計とは、人目を忍んで企む悪だくみと、人を欺くための策略や計略を指す四字熟語である。「詭」は偽り欺くことを意味し、陰湿で狡猾な手段を用いて他者を陥れようとする企て全般を表す。
陰徳陽報とは、人に知られず善行を積むことを陰徳といい、それがやがて目に見える形で良い報いとなって現れることを意味する。『淮南子』に由来するこの言葉は、目立たぬ善の実践が必ず良い結果をもたらすという道理を説いている。
陰森凄幽とは、樹木が鬱蒼と茂り薄暗く、ひどく静まり返っている様子を表す四字熟語である。陰森は木々が生い茂って暗がりを作るさまを、凄幽はもの寂しく深く静かなありさまをそれぞれ意味し、両者が合わさって不気味なまでに沈黙した森の情景を描写する。
「一寸光陰」は、ほんのわずかな時間を意味する四字熟語である。「光陰」は日と月を表し、転じて月日や時間を指す。わずかな時間であっても貴重なものであり、これを軽んじてはならないという教訓を含み、「一寸の光陰軽んずべからず」という形で用いられることが多い。
一本の木の下で雨宿りをするような偶然の出会いも、前世からの因縁によるものであるという意味。『平家物語』に由来し、人と人との巡り合わせの深さを表す。
緑葉成陰とは、木々の青々とした葉が茂り、木陰を形成している様子を表す四字熟語です。杜牧の詩「歎花」に由来し、春の花が散った後に夏の深い緑の繁りが訪れる自然の移ろいを詠んだ表現であり、転じて、過ぎ去った時や機会を懐かしむ心情を暗示する場合もあります。
五盛陰苦とは、仏教用語で五陰盛苦とも表記される。人間の身心を構成する五つの要素(色・受・想・行・識)が集まり、常に変化し続けることによって生じる苦しみを指す。これは四苦八苦の一つに数えられ、あらゆる苦の根源とされる。