二つで一組を成すもの。互いに対応し合う関係にある一組の物を指し、茶碗や花瓶など対として用いられる器物について用いられることが多い。
反対とは、物事の位置や方向が互いに逆の関係にあることを指す。また、ある意見や提案に対して異を唱え、それに従わない態度を示すことも意味する。
相手の提案や意見に対して、それに対応する形で提示される別の案を指す。議論や交渉の場において、既存の案に対する代替案や修正案として提出されることが多い。
対応とは、二つの物事が互いに向き合い、一定の関係を保つことを指します。また、釣り合いが取れている状態や、相手の状況や変化に応じて適切に処置を講じることを意味します。
対価とは、何らかの財産や労力を提供したことに対して、その報酬として受け取る金銭や物品を指す。
囲碁や将棋などで、二人が相対して勝負を行うことを指す。また、転じて、時局や情勢に対処するという意味でも用いられる。
対治とは、害をなすものを取り除き鎮めることを指し、例えば蝗害を防ぐことを意味する。また仏教用語としては、人々を仏道に導くために煩悩や怠惰な心を断つ修行法を表す。さらに転じて、病気を治療する意味でも用いられ、同じ意味で「退治」と表記されることもある。
対立する二つの物事のうち、それぞれの最も遠く離れた端や極点を指す。互いに相容れない性質や方向性を持つ概念や立場が、両端を成している様子を表す。
対質とは、裁判において被告人と証人などを直接に対面させ、双方の供述内容について相互に確認や反論を行わせる手続きを指す。
航空機やミサイルなど上空からの攻撃に対して防御・対応することを指す。主に軍事用語として用いられ、対空兵器や対空射撃などの複合語を形成する。
対偶とは、二つで一組を成すものや夫婦を指すほか、対句のように一組の相対する語句を意味する。また論理学においては、「AならばBである」という命題に対し、「BでなければAでない」という形の命題を指す。
ある状況や問題に直面した際に、それに応じて適切な手段や方法を講じることを指す。
対決とは、二者が直接向き合い、勝敗や優劣を決めることを指す。また、困難な状況や問題に正面から取り組み、解決を図る姿勢を表す場合にも用いられる。
対称とは、二つのものが互いに対応し合い、釣り合いが取れている状態を指す。文法においては、話し手に対して聞き手を指し示す代名詞、すなわち第二人称を意味する。数学の分野では、点や線、図形などが、ある点・直線・平面を境として互いに反対側に同じ形で向き合う位置関係、すなわちシンメトリーの性質を表す。
互いに向き合うこと。また、互いに向かい合って進むことを指す。例えば、本の見開きのページや、道路の向かい合う車線などに用いられる。
二つのものを比べ合わせて、その異同や関係を明らかにすること。また、互いに際立った特徴を持つものが並び合うことによって生じる、鮮やかな対比の効果を指すこともある。
対校とは、異なる学校同士が競い合うことを指し、特にスポーツなどの試合において用いられる。また、文献学においては、異なる系統の写本を比較対照し、その間の字句の異同を調査・校合する作業を意味する。
互いに相手となって戦うこと。特にスポーツやゲームなどで、二者が競い合う状況を指す。
二人またはそれ以上の人が向かい合い、互いに言葉を交わすこと。また、そのような話し合いの内容や行為そのものを指す。
対潜とは、敵の潜水艦に対処する軍事活動を指し、特にそのための装備や作戦を意味する。
二人が向かい合い、ある話題について意見を交わすこと。特に公の場で行われる公式な会話を指し、対話よりも形式ばった響きを持つ。
対等とは、二つのものの間に優劣や上下の差がなく、互いに同等の立場や価値を持つことを指す。互角の関係や平等な状態を表し、対峙する双方が同じ条件で向き合う様子をいう。
二つの事物を並べて比較し、その相違点や特徴を明確にすること。また、比較された両者の間に顕著な差異が認められる状態を指す。
顔を合わせて直接会うことを指し、人と人が向かい合って接する状況を表す。また、物事が互いに向き合っている状態や、交通などが対向して行われる様子にも用いられる。
原文とその訳文を並べて示すこと。例えば、源氏物語の原文と現代語訳を対照させて読むような場合を指す。
二つのものの間で、互いに相容れない立場や主張が張り合い、譲歩しない状態を指す。意見や利害、勢力などが衝突し、緊張関係が生じることをいう。
対流とは、流体内部において温度差によって生じる密度の違いにより、熱せられた部分が上昇し冷えた部分が下降する循環運動が起こり、それによって熱が運ばれる伝熱現象を指す。主に気体や液体で見られる。
応対とは、来訪者や問い合わせに対して適切に受け答えし、対応することを指す。特に接客や業務において、相手の要望や質問に応じて言葉を交わし、適切な処置をとる態度や振る舞いを含む。
「相対」とは、互いに向き合う状態を指し、直接顔を合わせて事を行うことを意味する。また、当事者同士が互いの合意に基づいて物事を決めるという含みも持つ。なお、「そうたい」と読む場合は別の意味となる。
敵意を持って対立し、互いに争う状態を指す。個人や集団、国家などが互いに相手を敵と見なし、対抗する関係を表す。
向かい合って座ること。また、その座り方や座席を指す。
対聯とは、一対の掛け軸を指す言葉である。もともと「聯」は、対句を別々に書き分けて飾ったことに由来し、左右に対をなして掛ける形式を特徴とする。
三つで一組となる掛け軸や、三つで一揃いをなす物を指す語。特に、三幅で一対を成す掛け物を意味する。
多角形において隣接しない二つの頂点を結ぶ線分を指し、多面体においては同一面上にない二つの頂点を結ぶ線分を意味する。
夜雨対牀は、兄弟や親しい友人が夜に雨の音を聞きながら、寝床を並べて親しく語り合う情景を表す四字熟語である。中国宋代の詩人蘇軾が弟を思う詩に由来し、親密な間柄での心の通い合った団欒を詠んだものである。
風雨対牀は、兄弟が雨風の夜に同じ部屋で寝床を並べて語り合う様子を表す四字熟語で、兄弟の睦まじい情愛を詠んだものです。中国宋代の詩人蘇軾の詩に由来し、後に兄弟の深い絆や親密な交わりを象徴する表現として用いられるようになりました。
「抽黄対白」は、黄色を引き出し白に対比させるという意味から転じて、美しい色彩を巧みに配することを指す。また、四六駢儷体のように対句を多用し、華麗な文章を綴る技法の喩えとしても用いられる。柳宗元の「乞巧文」に典拠を持つ。
「対驢撫琴」とは、道理のわからない者や理解力の乏しい相手に、高尚な道理や芸術を説いても無駄であるというたとえです。驢馬に琴の音の妙味を聞かせようとしても意味がないことから、相手を選ばずに教えを説く愚かさを表します。
対岸火災とは、川の向こう岸で起きた火事がこちら側には直接の危険がないように、他人の災難や苦しみを自分には関係のないこととして傍観する態度を喩えた表現です。
対牀夜雨とは、親しい友人と夜遅くまで寝床で語り合いながら、窓の外で降る雨の音を聞くという情景を表す四字熟語です。中国宋代の詩人、蘇軾の詩に由来し、親友との心の通い合う深い交流や、そのような穏やかで懐かしい時間そのものを指します。
対牀風雪とは、風雪の激しい夜に友人と寝床を並べて、時を忘れて語り合うことを指す四字熟語である。転じて、親しい者同士が夜通し打ち解けて話し込む様子を意味する。「牀」は寝床や腰掛けを表し、「対床風雪」とも書かれる。
「対牛弾琴」は、牛に琴を弾いて聞かせてもその妙音を理解できないことから、道理をわきまえない者に高尚なことを説いても無駄であること、あるいは見当違いの努力をしても効果が得られないことの喩えとして用いられる。愚かな相手に理を説くような、徒労に終わる行為を指す。