良識とは、物事の道理を正しく見極める優れた判断力であり、社会通念に照らして妥当な思考や行動の基盤となる健全な分別を指す。
見識とは、豊富な知識や経験に裏打ちされた、物事の本質を見極める優れた判断力や洞察力を指す。また、転じて、自らの品位や立場を重んじる気位や誇りの意味も含む。
すぐれた見識や意見を指し、物事の本質を深く見抜く優れた判断力や洞察力を意味する。
知識とは、物事について理解し、認識している内容や事柄を指す。また、仏教においては人々を導く高僧や善知識を意味し、この場合は「智識」と表記されることもある。
互いに顔を知っていること。また、そのような関係にある人どうしの間柄を指す。
ある社会において、普通の人が共通に備えていると期待される知識や、物事の道理をわきまえた判断力のことを指す。社会生活を円滑に営む上で基礎となる、広く受け入れられている価値観や分別を含む。
広く様々な知識を持っていること。また、そのような知識を備えた人を指す。
認識とは、物事を理解し、その本質を把握する心の働きを指す。また、哲学においては、対象を知覚し、それを記憶に留める作用を意味する。
物事の本質を深く見通し、適切に判断する能力を指す。単なる知識の豊富さではなく、経験や思索に基づく洞察力や見識の高さを表す。
識語とは、写本や刊本などの本文の前後に記される、その書物の来歴や書写・刊行の事情、年月日などを記した文章を指す。通常「しご」と読まれる語の慣用読みとして「しきご」とも読まれる。
特定の分野において豊かな知識と深い見識を持ち、物事を適切に判断できる能力を備えた人を指す。
物事の性質や特徴を見極め、他と区別して判断することを指す。
款識とは、古代中国の青銅器、特に鐘や鼎に刻まれた文字の総称であり、凹んで刻まれた陰刻を款、浮き出して刻まれた陽刻を識と区別して呼ぶ。
黙識とは、言葉に出さずに心の中に留めて覚えておくことを指す。また、無言のうちに理解し合うことを意味する「黙識心通」という表現もある。
一見識とは、ある分野において独自の深い理解に基づく確固たる見解や、優れた判断力を指す。単に知識があるだけでなく、それに裏打ちされた確かな考え方や、一目置かれるような見識を備えている様を表す。
常識に欠けていること。また、社会一般の通念や良識から外れている様子を指す。
意識がはっきりせず、周囲の状況を正しく把握できない状態を指す。朦朧とは物事がぼんやりとして不確かな様子を表し、意識がかすんで混濁しているさまをいう。
有識の士とは、物事の道理に通じ、見識の高い人を指す。特に社会や時勢に対して深い理解を持ち、優れた判断力を備えた人物をいう。
無学無識とは、学問を修めていないために知識や教養が欠如している様を指す四字熟語である。無学は学問を積んでいないこと、無識は物事を理解し判断するための知識や見識を持たないことを意味し、両語が重なることで、その状態を強く強調している。
学問がなく知識が浅いこと。また、そのような人を指す。
半面之識とは、わずかに顔見知りである程度の関係を指す四字熟語で、『後漢書』王奉伝に由来する。互いのことを深く知っているわけではなく、ほんの一面識があるに過ぎない間柄を表す。
博聞彊識とは、広く書物を読み知識を得て、それを強く記憶し理解していることを意味する四字熟語である。『礼記』の「曲礼・上」に由来し、学識が豊かで物事を深く識別する能力に優れた人物の様子を表す。
博識多才とは、広範な知識と豊かな才能を兼ね備えている様子を表す四字熟語である。学識が深く、多くの分野に通じ、かつ多様な技芸や才能に秀でている人物を指して用いられる。
博識洽聞とは、広範な知識を持ち、多くのことを見聞きしている様子を表す四字熟語である。学識が豊かで、物事に通じていることを意味する。
浅識非才とは、学識が浅く才能に乏しいことを意味する四字熟語で、自らの力量を謙遜して述べる際に用いられる表現である。