荒屋とは、荒れ果ててしまった家屋を指す言葉である。また、自らの住まいを謙遜して言う場合にも用いられる。あるいは、四方を囲わずに休憩するための簡素な建物、すなわち亭を意味することもある。
荒海とは、荒れ狂う波が立ち、海面が激しく揺れ動いている状態の海を指す。風雨や高波によって通常の静穏さを失い、航海に危険を伴うような海域の様子を表す語である。
荒肝とは、荒々しい気性や度胸を意味する。主に「荒肝を抜く」や「荒肝を拉ぐ」といった慣用表現で用いられ、相手を非常に驚かせたり、恐れさせたりする様子を表す。
荒塊とは、土が固まってできた大きな塊を指す。特に耕作地などで見られる、荒くて大きな土の塊を意味し、例えば水田を荒起こしする際に生じるようなものをいう。
荒神とは、仏教において仏・法・僧の三宝を守護するとされる神であり、特に三宝荒神の略称として用いられる。また、民間信仰では竈の神として家の台所を守り、清浄を保つ神格としても広く祀られている。
荒麻とは、アサの繊維を採取した際に、表皮を完全に取り除かずに残した状態のものを指す。
荒天とは、風雨が激しく天候が荒れている状態を指す。特に強風や豪雨などによって空模様が険しくなり、通常の活動に支障をきたすような気象状況を表す語である。
荒廃とは、本来あるべき秩序や機能が失われ、荒れ果てた状態を指す。特に都市や社会、教育などにおいて、維持管理が行き届かず、荒れすさんだ様子を表す。
広漠とは、果てしなく広がり、荒涼とした様子を表す。特に、草木も生えず、人気のない広大な土地や砂漠などの風景を指して用いられる。
荒巻とは、竹の皮や葦、藁などで巻いた魚の保存食を指す。特に塩漬けにした鮭を藁で巻いた「荒巻鮭」の略称として用いられ、冬の風物詩として知られる。その形状から「新巻」と表記されることもある。
褐藻類コンブ科に属する海藻で、外洋の岩礁に生育する。葉は羽状複葉をなし、両面に皺が寄っているのが特徴である。食用や肥料として用いられ、主に春に採取される。
人の手が入らず荒れ果てた広い土地。草木が生い茂るか、あるいは逆に不毛で、人気のない寂しい野原を指す。
武道や相撲などにおいて、通常の技を超えた大胆かつ激しい攻めの技を指す。危険を伴うこともあるが、一気に勝負を決める威力を持つ。
荒業とは、通常の方法では成し遂げられないような荒々しく大胆な行為や、並外れた体力や気力を要する激しい仕事を指す。また、危険を伴いながらも大きな利益を得られるような荒っぽい稼ぎ方や仕事のことも意味する。
救荒とは、凶作や飢饉に見舞われた際に、人々の苦しみを救済することを指す。特に、飢饉に備えて栽培される作物や、非常時の食料対策全般を表す際にも用いられる。
備荒とは、凶作や飢饉に備えて、普段から食糧などを蓄え準備しておくことを指す。特に、不作の年にも収穫が見込める作物を「備荒作物」と呼ぶ。
荒籬とは、粗く編んだ垣根のことで、特に神社などの神域を囲む簡素な柵を指す。
荒砥とは、刃物を粗く研ぐ際に用いる、粒子の粗い砥石を指す。下地研ぎの段階で刃の形を整えるのに適しており、後に細かい仕上げ用の砥石(真砥)を用いる前段階として使用される。表記は「粗砥」とも書く。
荒涼とは、草木も生えず人気もなく、広々とした土地が荒れ果てて寂しい様子を表す。また、心の内が寂しく空虚であるさまにも用いられる。
荒鮎は、秋に産卵のために川を下るアユを指す。この時期のアユは体色が鈍く錆びたような色合いになることから、錆鮎とも表記される。また、落鮎や宿鮎とも呼ばれる。
荒磯とは、波が荒く岩の多い海岸を指す語である。磯のうち特に荒々しい景観を呈する場所をいい、波の浸食によって岩肌が露出した険しい地形が特徴である。
江戸時代において、天災などの理由で耕作が不可能となった田畑に対し、その年貢を免除する措置を指す。
荒仕子は、木材を粗く削る際に用いる鉋(かんな)を指す。また「荒し子」と表記する場合は、戦国時代以降における武家の雑役夫の意味を持つ。
荒武者とは、勇猛さと荒々しさを併せ持つ武士を指し、戦場での豪胆な振る舞いや気性の激しさを特徴とする。転じて、武勇に優れるだけでなく、乱暴なほど意気盛んな人物をも意味する。
荒療治とは、通常の治療法では効果が期待できない場合に、患者に多大な苦痛や負担を強いるような大胆で過激な治療を行うことを指す。転じて、組織や制度などにおいて、従来の手法では改善が難しい深刻な問題に対し、大きな犠牲や混乱を伴う思い切った改革や処置を施すことも意味する。
益荒男とは、強く勇ましく、立派な男性を指す古語である。特に武勇に優れ、豪胆な気性を持つ男を称える表現として用いられ、手弱女(たおやめ)に対置される概念である。表記としては「丈夫」や「大夫」と書くこともある。
奇異荒唐とは、あまりにも風変わりで常識を外れており、道理に合わないことを指す。
冷土荒堆は、冷たく荒涼とした土の盛り上がりを指し、主に墓や塚を形容する表現である。文学作品などにおいて、寂しくもの悲しい雰囲気や、人の死後の寂寥とした情景を描写する際に用いられる。
遊興に耽り家に帰らず、酒宴や狩猟などの享楽にふけって国政を顧みないことを指す。『孟子』に見える語で、君主が道楽に溺れて国を滅ぼす様を戒める表現である。
満目荒涼とは、見渡す限りの風景が荒れ果てて、もの寂しい様子を表す四字熟語である。「満目」は目の届く範囲すべてを指し、「荒涼」は荒廃してわびしいさまを意味する。広大な景色全体にわたって、人の気配や活気が感じられず、厳しい自然の営みのみが強調される光景を描写する際に用いられる。
無稽荒唐とは、まったく根拠がなく、でたらめで現実離れしていることを指す四字熟語である。『書経』の「大禹謨」に由来し、道理に合わず荒唐無稽な言動や物事の形容に用いられる。
戦乱が続き世の中がひどく乱れている様子を表す。戦場の混乱や兵士の荒々しい様子から、社会全体が無秩序で落ち着きを失っている状態を指す。
備荒貯蓄とは、凶作や災害など、食糧不足に陥るような不測の事態に備えて、あらかじめ食糧や物資を蓄えておくことを意味する四字熟語である。
破天荒解とは、それまで誰も成し遂げられなかったことを初めて達成することを意味する四字熟語である。故事によれば、唐の時代に荊州から初めて科挙の進士に合格した劉蛻の出来事に由来し、「天荒」と呼ばれた未開の地を破るという意から、前人未到の業績を初めて成し遂げることを指す。
秋のもの寂しい風景を表す四字熟語。草木が枯れ果て、人気のない様子を指し、秋の終わりに訪れる寂寥感や荒廃した自然の情景を描写する際に用いられる。
世界のあらゆる場所、隅々までを指す語。「四荒」は四方の果てにあるとされる異境の地、すなわち北方の觚竹、南方の北戸、西方の西王母、東方の日下をいい、「八極」は八方の地の果てを意味する。これらを合わせて、全世界を広く包括する表現となっている。