他人の言動によって、不快な思いをしたり、困った状況に陥ったりすること。また、そのような行為や状態そのものを指すこともある。
本来の進路や予想される方向から外れて、不規則な動きをすること。特に、台風や低気圧などの気象現象が予測と異なる経路をたどる場合に用いられる。
夢のように現実離れした愚かな考えや、心の迷いを指す。
迷妄とは、物事の本質や道理を見誤り、誤った認識を確固たる真実であると信じ込む心の状態を指す。
頑迷とは、かたくなに自説を曲げず、道理をわきまえないさまを指す。物事に柔軟に対応できず、新しい考えや意見を受け入れない頑固さを表す語である。
昏迷とは、物事の状況や状態が混乱し、はっきりと見通しが立たない様子を指す。特に社会情勢や事態の成り行きが入り乱れて、先が見えなくなることをいう。
世迷言とは、道理に合わず支離滅裂な愚痴や不平を、繰り返し述べ立てる言葉を指す。聞くに値しない、取るに足りない戯言の類である。
傍迷惑とは、ある人の行為や言動によって、直接関係のない周囲の人々が迷惑を被ることを指します。当人ではなく、その周りにいる人々が不快感や困惑を感じる状況を表す言葉です。
頑迷固陋とは、頑固に自説を固執し、物事の道理を弁えず、柔軟な思考ができない様を指す。見聞が狭く古い慣習に囚われて、新しい考え方や正しい判断を受け入れられない状態をいう。
『論語』陽貨篇に由来する四字熟語で、優れた才能や宝物を隠し持ちながら、それを世に活かすことなく、国や社会が混乱している状態を指す。転じて、優れた能力や価値あるものを有しながら、それを発揮せずに埋もれさせている状況を喩える表現として用いられる。
暗雲低迷とは、低く垂れ込めた暗い雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうな様子から転じて、危険な事態や不穏な情勢が迫っていることを示す気配や雰囲気を指す四字熟語である。先行きに不安を感じさせる状況や、物事が悪い方向へ向かう兆しがある場面で用いられる。
迷頭認影とは、仏教用語で、自分の頭を迷い、自分の影を認めるという意味から、真実を見失い、虚妄のものに執着する愚かさを表す。
迷惑千万とは、非常に迷惑な様子を表す四字熟語である。厄介な目に遭い、この上なく困り果てる状況を指し、相手に対する強い非難の気持ちを込めて用いられることが多い。「千万」は程度が甚だしいことを強調し、通常の「迷惑」を超えた深刻な不快感や面倒さを表現する。
固陋頑迷とは、考え方や態度が頑なで、古い習慣や自説に固執し、新しい考えや他人の意見を受け入れようとしない様子を表す。
昏迷乱擾とは、意識が混濁して正しい判断ができず、周囲が騒然と混乱している様子を表す。心の迷いが激しく、秩序が失われた状態を指す四字熟語である。