口外とは、秘密や内密の事柄を外部に漏らして話すことを指す。特に他言を禁じられた情報を不用意に他者に伝える行為を意味し、守秘義務に反する場合に用いられる表現である。
天外とは、はるか遠くの空の彼方や、非常に高いところを指す。また、常識や想像を超えた不可思議な領域や境地を表す際にも用いられる。
心外とは、相手の言動や物事の成り行きが全く予期していなかった方向に向かい、その結果として不本意さや裏切られたような気持ちを抱く様子を表す。意外に思うと同時に、残念で納得のいかない気持ちが伴うことが特徴である。
建物の外部にある空気を指し、室内の空気と区別される。窓を開けるなどして室内に取り入れる対象となる。
外需とは、自国内の需要である内需に対し、外国からの自国製品やサービスに対する需要を指す。また、広義には国外市場全体における需要を意味する。
外商とは、店舗の外に出向いて注文を受け商品を販売する業務形態を指し、例えば百貨店における外商部門がこれに当たる。また、外国の商人や商社を意味する場合もある。
外障は、瞳の表面に生じる曇りによって視力が損なわれる眼病を指す。内障(そこひ)と対をなす概念であり、上翳とも表記される。
外勤とは、営業や集金、配達など、職場の外で行う業務を指す。また、そのような業務に従事する人を指すこともある。対義語は内勤であり、外回りとも呼ばれる。
論理学において、ある概念が適用される対象の集合を指す。例えば「昆虫」という概念の外延は、チョウやトンボなど、その概念に含まれる個々の事物全体をいう。内包と対になる概念である。
外国の通貨を指す。また、外国から輸入された商品や貨物を意味する場合もある。
外装とは、物品の外側を包む包装や、建物などの外側に施される設備や装飾を指す。例えば商品の外箱や、建築物の外壁や外観を構成する仕上げ工事などがこれに当たり、内装と対をなす概念である。
外角とは、多角形において一辺とその隣の辺の延長線とがなす角を指す。また、野球においては、打者から見てホームベースの遠い側の隅、すなわちアウトコーナーを意味し、投手がこの領域にボールを投げ込む戦略が用いられる。これに対し、打者に近い側は内角と呼ばれる。
外郭とは、城壁や町を囲む外側の囲いを指し、転じて組織や団体の周辺部分を表す。また、物事の大まかな輪郭や概略を意味する場合もある。「郭」は本来、城や町を囲む壁の意であり、「外廓」と書くこともある。
外債とは、国や企業が外国において発行する債券のことを指し、外国債の略称として用いられる。国内で発行される内債に対し、資金を海外から調達する手段として位置づけられる。
外史とは、国家や政府の公式な編纂によらず、民間の立場で著された歴史書を指す。正史に対し、より自由な視点や逸話を含むことが特徴で、野史とも呼ばれる。
外国から国内の事業に投資される資本を指す。特に、外国企業による直接投資や外国資本の導入を意味する場合が多い。
外国から送られてくる電報や電信によるニュース、またその報道内容を指す。
外側から見た様子や形、表面に現れたありさまを指す。物事の内実や本質ではなく、目に見える範囲の印象や見かけを表す。
外国で製造され、日本国内に輸入された自動車を指す。特に欧米の自動車メーカーが生産した乗用車を指して用いられることが多い。
家屋の外部、特に門や庭などに取り付けて夜間の照明として用いる灯具を指す。屋外灯とも呼ばれる。
外来とは、外国や外部から到来することを指す。例えば、他国から入ってきた言葉を外来語と呼ぶ。また、病院において通院で診療を受ける患者を外来患者と称し、これを略して外来とも言う。
外泊とは、自宅や普段生活している場所以外の場所に宿泊することを指す。特に、学校や職場などで許可なく行う場合に用いられることが多い。
外国や外部の人々から軽蔑され、侮られることを指す。国家や民族の尊厳が侵害される状況をいうことが多い。
外陣とは、神社仏閣の本殿や本堂において、神体や本尊を安置する内陣の外側に位置する区域を指す。一般の参拝者が拝礼を行う場所であり、内陣に対する外側の空間を表す。
外聞とは、外部に対して知られる評判や世間の噂のことを指し、また世間から見た体裁や体面の意味も含む。例えば、外聞をはばかるという場合には世間の評判を気にする様子を表し、恥も外聞もないという表現では世間体を顧みない態度を示す。
外題とは、書物や経巻の表紙に記される題名を指す。また、歌舞伎や浄瑠璃の演目の題目を意味し、主に京都や大坂で用いられた呼称である。江戸においては同様のものを「名題」と呼んだ。
外国から伝えられる通信や報道、特に新聞社などが海外から受信する電報や通信を指す。
外貌とは、顔の造形や目鼻立ちを指すほか、外から見える様子や外見、外観といった意味も持ちます。
外方とは、自分が向いている方向とは異なる方角や、自分とは関係のない他の方向を指す語である。特に、関心や賛同を示さない態度を表す際に用いられ、例えば「外方を向く」という表現は、相手の意見や提案に同意せず、無関心あるいは拒絶の姿勢をとることを意味する。
外面(そとづら)は、物事の表面や外見を指し、特に人に対しては外部に示す顔つきや態度を意味する。内面(うちづら)と対比される概念で、本質とは異なる見せかけの様子を表す場合もある。「ガイメン」「ゲメン」と読むこともある。
外居(ほかい)とは、食物などを収めて戸外へ運ぶための容器を指す。円筒形の漆塗りのものが多く、三本の脚が外側に反った形状をしている。旅の際に必需品を入れて携行するのに用いられ、「行器」とも表記する。
予想していた程度を超えているさま。思いがけずにそうであることを表す。
言葉の表面に直接現れていない部分を指し、表現されていない意図や含意、あるいは言葉の背後に潜む真意を意味する。
一般の規則や原則から外れている事柄、あるいはそのような特別な扱いを指す。通常の枠組みに当てはまらない事例や、特例として認められる場合を表す。
外国人や外国の文物・様式・思想などを過度に崇拝し、自国の文化を軽視する態度を指す。排外と対になる概念で、特に「拝外思想」のように用いられる。
道理や常識の範囲をはるかに超え、妥当性を欠く状態を指す。通常、要求や行為などが常軌を逸している様子を表す。
定められた人員の枠組みに含まれないことを指し、定員や定数を超えた状態を表す。また、「インゲ」と読む場合もある。
規格や基準から大きく外れている様子を指す。通常の水準を超えている場合にも、逆に標準に達していない場合にも用いられるが、特に品質が標準以下であることを示して、不良品や等級外の商品を指すこともある。
予想していたことと実際の状況が異なるさまを表す。思いがけず、意外な結果であることを示す。
外部や外国との連絡・交渉を行うことを指し、特に企業や組織においてそのような業務を担当する部門や職務を意味する。
ある範囲や集団から特定の要素を取り除くこと。また、規則や条件の適用対象から外すことを指す。
ある限られた範囲や領域の外側を指す語。特に、基準となる枠組みや境界線から外れている状態を表し、通信可能なエリア外や合格ラインに達しない成績など、様々な状況で用いられる。
排外とは、自国や自民族以外の外国人や、外国の文物・様式・思想などを排斥しようとする態度や行動を指す。排他拝外の考え方に基づき、異なる文化や価値観を受け入れず、排除する傾向をいう。
望外とは、予想や期待をはるかに超える結果や状況を指す。思いがけず良い成果や幸運に恵まれる様を表し、期待以上の喜びや驚きを含意する。
番外とは、定められた順序や範囲から外れたものを指す。例えば、予定されていた番組や番数に含まれない特別な内容を意味し、また、通常の扱いとは異なる例外として特別視される場合にも用いられる。
疎外とは、人間関係や社会において、個人や集団を遠ざけ、冷遇し、排除することを指す。これにより、疎外された者は孤立感や無力感を抱き、自己疎外の状態に陥ることもある。表記としては「疏外」とも書く。
思いがけず、予想していたことと違うさま。事前に考えていたことや期待していたこととは異なる結果や状況が生じることを表す。
慮外とは、予想していなかった事態や出来事を指す。また、礼儀を欠いた振る舞いや無礼な態度を表す場合にも用いられる。
学校の正規の教育課程に含まれない活動や学習を指す。
選考や審査において、選ばれる対象から漏れることを指す。特に、入選や合格の範囲に含まれない結果をいう。
新聞や雑誌、書籍などの印刷物において、本文を囲む枠の外側、あるいは本文の外側に当たる部分を指す。ここには注釈や広告など、本文とは区別される情報が配置されることが多い。
「うちと」と読む場合、内と外を指すほか、伊勢神宮の内宮と外宮を略して「内外の宮」とも言い、また仏教と儒教を併せて「内外の典」のように用いることもある。通常は「ないがい」と読むことが多い。
外郎とは、江戸時代に小田原で作られた丸薬「外郎薬」の略称であり、胃腸や心臓の慢性疾患をはじめ、様々な病気に効くとされた。また、うるち米などの粉を練って蒸した菓子「外郎餅」を指すこともある。いずれも、中国から渡来した陳外郎という人物が伝えたことに由来する名称である。
三重県伊勢市にある伊勢神宮のうち、豊受大神を祀る神社を指す。皇大神宮(内宮)に対して外宮と呼ばれ、衣食住をはじめとする産業の守護神として崇敬される。
外連とは、芝居などで観客の喝采を狙って行う宙乗りや早変わりといった派手な演出や演技を指す。転じて、人を欺いたり感心させたりするためのごまかしや、中身の伴わない見せかけの行為を意味する場合もある。
外法とは、容器や箱などの外側から外側までの寸法を指し、厚みを含んだ全体の大きさを表す。例えば「箱の外法を測る」のように用いられ、内側の容積を示す「内法」と対比される概念である。
外様とは、江戸時代において将軍家の親族や譜代の家臣ではなく、関ヶ原の戦い以降に徳川家に従った大名を指す。転じて、組織や集団において、正統な系譜や主流派に属さない傍系の者を意味する。
外山とは、人里に近い低い山を指し、深山に対してふもとに近い山や端山を意味する。
垣根や囲いの外側を指す語で、屋敷や村落などの境界の外側の領域を表す。
外甥とは、妻の兄弟姉妹の息子、あるいは嫁いだ姉妹の息子を指す語である。
皇居や神社などの主要な区域の外側に設けられた広い庭園や苑地を指す。内苑に対する語であり、一般に公開された広場や緑地としての性格を持つことが多い。
外国からの敵が攻め込んでくることを指し、またその侵攻してくる軍隊そのものを意味する。
外部の業者や他社に業務の一部を委託すること。自社内で行わず、専門性やコスト面を考慮して外部に発注する形態を指す。
外套とは、主に冬期に寒さや雨風を防ぐために、衣服の上に重ねて着用する丈の長い上着のことを指す。オーバーコートに相当する。
洛外とは、都の外を指す語であり、特に京都の市街地を越えた郊外の地域を意味する。洛中や洛内に対して用いられ、都の中心部から離れた周辺部を表す表現である。
俗世間の煩わしさから遠く離れた、清らかで静かな境地を指す。
赤外線とは、可視光線のうち赤色よりも波長が長く、人間の目には見えない電磁波を指す。熱作用が顕著で、物体を透過する性質を持つことから、医療、通信、撮影技術、暖房装置など様々な分野で利用されている。
院外団とは、国会議員を除く政党所属者によって構成され、議院内での活動ではなく、主に議会外において政治活動や支援を行う組織を指す。
思いがけず、予期していなかった事態や状況を指す。事前の推測や想像を超えて起こる出来事に対して用いられる。
令外官とは、古代日本の律令制において、基本法典である令に規定されていない官職や官庁を指す。内大臣や参議、中納言、征夷大将軍などがこれに該当し、令の規定を補うものとして設置された。
奇想天外とは、誰も予想し得ないほど奇抜で風変わりな発想や様子を指す。天の外から突如として降ってきたような、思いがけない奇抜な着想という意味合いを持つ。
外巧内嫉とは、表面上は巧みに取り繕い飾り立てているが、内心では深く嫉み妬んでいる様子を表す四字熟語である。外見と内面の乖離を強調し、外面の巧みさと内面の嫉妬心の対照を指す。
外見は穏やかで寛大に見えるが、内面は思慮深く、計り知れない深さを持っている様子を表す。
英華発外とは、内に蓄えられた優れた才能や美しさが、自然と外に現れ出ることを指す。特に詩文や芸術において、その卓越した本質が輝きとなって表れる様を言い、名声や誉れの意にも用いられる。『礼記』楽記に由来する表現である。
有頂天外とは、仏教で三界の最高位とされる有頂天をさらに超えた境地を表す。喜びや興奮が頂点に達し、我を忘れて夢中になる様子を、より強く強調した表現である。