九拝とは、深い敬意や謝意を表すために繰り返し頭を下げる礼拝の様を指す。また、手紙の結びに用いて、相手に対する恭しい気持ちを表す語としても使われる。
礼拝とは、合掌や跪礼などの所作を通じて崇拝の対象を敬い拝む行為を指す。仏教においては主に「らいはい」と読み、仏や菩薩に対する恭敬の儀礼を意味する。一方、「れいはい」と読む場合には、キリスト教やイスラム教などにおける神への祈りや崇敬の行為を指すことが多い。
再拝とは、二度にわたり礼拝することを指す。また、手紙の結びに用いて、深い敬意を表す挨拶語としても使われる。
沖縄において神を拝む場所を指し、神霊が降臨するとされる岬や聖域など、自然の地形に設けられた祭祀の場をいう。
「拝察」は、相手の心中や事情を推し量ることをへりくだって言う謙譲語である。主に手紙文や改まった挨拶において、相手の心中を推測し、同情や共感の意を表す際に用いられる。例えば、相手の悲しみや苦労を慮って「御心痛のことと拝察いたします」などと表現する。
拝謁とは、身分の高い人や目上の人に面会することを謙遜して言う表現である。特に天皇や皇族、高貴な方々にお目にかかる際に用いられる格式のある言葉で、拝顔とほぼ同義である。
「拝辞」は、依頼や招待などを丁重に断ることを意味する謙譲語である。また、別れの挨拶を述べてその場を去る際にも用いられる。
「拝借」は、何かを借りることをへりくだって言う謙譲語である。特に、金銭や物品だけでなく、他人の知恵や力を借りる場合にも用いられる丁寧な表現として機能する。
神社や寺院、またそこに納められた宝物などを、敬意を込めて謹んで見ること。あるいは、単に「見ること」の謙譲語として用いられる。
「拝受」は、目上の人から物や言葉を受け取ることを、へりくだって表現する謙譲語である。特に、書面や贈り物など、敬意を払うべき対象を受け取る場合に用いられる。
拝顔とは、目上の人に直接お会いすることを謙遜して言う表現である。特に敬意を払うべき相手との対面を意味し、その機会を得ることを「拝顔の栄に浴する」などと用いる。同様の謙譲語として拝眉や拝芝といった語もある。
「拝聴」は、相手の話を聞くことをへりくだって言う謙譲語である。主に目上の人や敬意を払うべき相手の意見や話を謹んで聞くという意味で用いられる。例えば、「ご講演を拝聴する」のように使う。
神社において本殿の前方に位置し、参拝者が神前に礼拝を行うための建物を指す。
「見る」の謙譲語で、自分が目上の人から物を見せてもらったり、目上の人の物を見たりすることを、へりくだって言う表現です。例えば、相手の作品や手紙などを謹んで見る際に用います。
「拝読」は「読む」の謙譲語であり、自分が目上の人から受け取った手紙や文章などを謹んで読むことを意味します。例えば、「お手紙を拝読いたしました」のように用いられ、相手への敬意を表す表現です。同義語に「拝誦」があります。
「拝眉」は、目上の人の顔を拝見することを意味し、「拝顔」と同義である。直接に対面して尊い顔を仰ぎ見る敬意を込めた表現として用いられる。
手紙や文書において、返信の冒頭に用いる挨拶語で、謹んでお返事を申し上げるという意味を表します。
命令を受けること、あるいは官職や役職に任命されることを、へりくだって言う表現である。
貴人や目上の方から物をいただくことを意味する謙譲語で、受け取る側の敬意を表します。
頭を下げて敬意や崇敬の念を表す行為を指し、特に神仏に対して行う礼拝を意味する。
神社や寺院などに参り、神仏を礼拝することを指す。特に、信仰の対象となる場所を訪れて拝む行為を意味する。
「拝顔」と同じく、目上の人に会うことをへりくだって言う語。
答拝とは、盛大な饗宴の際に主人が堂を降りて客を迎え、互いに交わす丁重な拝礼を指す。転じて、丁重な挨拶やもてなしそのものを意味する場合もある。「トウハイ」と読むこともある。
拝跪とは、ひざまずいて地面に膝をつき、深く頭を下げて礼拝する動作を指す。特に神仏や貴人に対して敬意や畏敬の念を表す際に行われる。
遠く離れた場所から、神仏や聖地などに向かって拝礼することを指す。
跪拝とは、ひざまずいて地面に膝をつき、深く頭を下げて礼拝することを指す。特に神仏や尊厐な対象に対して、恭順と畏敬の念を込めて行われる姿勢であり、跪伏や拝跪と同様に、最も丁重な礼の一つとして捉えられる。
拝火教は、紀元前六世紀頃にペルシャの預言者ゾロアスターによって創始された宗教である。善と悪の二元論を基調とし、善神アフラ・マズダーを崇拝し、その象徴である火を礼拝することを特徴とする。ゾロアスター教とも呼ばれる。
「望塵之拝」とは、先行する車馬の蹴り立てる砂塵を望み見て拝礼することを意味し、権力者や目上の人に対して、遠くからその姿を拝し、ひたすらに恭順の意を示す様子を表す。『晋書』藩岳伝に由来する四字熟語である。
頓首再拝とは、頭を地に付けて拝礼し、再び拝礼することを意味し、手紙の末尾などに用いて、深い敬意と丁寧な気持ちを表す挨拶語である。
三拝九拝とは、何度も繰り返し拝礼をして深い敬意を示すことを指す。転じて、非常に丁寧に頼み込んだり、謝罪したりする様子を表す。また、手紙文の末尾に記して、相手への強い敬意と謙虚な気持ちを伝える挨拶文としても用いられる。
「再拝稽首」は、古代中国の礼法に由来する四字熟語で、深い敬意を示す最も丁重な拝礼の作法を指す。頭を地に付けて拝礼した後、再び同じ動作を繰り返すという、二度にわたる恭しい跪拝の儀礼を表し、特に臣下が君主に対して、または神仏に対する極めて畏敬の念の込められた礼拝の様子を意味する。