天皇や主君に対して申し上げること。また、その言葉が天皇や主君の耳に届くことを指す。
他聞とは、自分以外の第三者が聞くことを指す。主に「他聞をはばかる」などの表現で用いられ、他人に知られては困る内容や、恥ずかしくて外部に漏れたくない事柄について言う。
外聞とは、外部の者に知られることや世間の評判を指す。また、世間に対して保つべき体裁や面目という意味もあり、恥ずかしい行為や評判を気にする文脈で用いられる。
以前から知られている話や、すでに世間に広く伝わっている古い話題を指す。
未聞とは、これまで一度も聞いたことがないこと、あるいは生まれて初めて耳にするような事柄を指す。前代未聞の大事件などと用いられ、極めて稀で驚くべき出来事に対して使われる表現である。
名聞とは、世間における評判や名声を指す語で、特に良い評判や誉れを意味する。漢字「聞」は音や消息を伝える意を含み、広く知れ渡る様を表す。
実際に見たり聞いたりして得た知識や経験を指す。また、そのような体験を通じて広がる認識や理解のこともいう。
奇聞とは、世にも珍しい話や、普通では考えられないような変わった噂のことを指す。珍聞や奇談、珍談などと同様に、人々の関心を引くような特異な出来事や風説を表す語である。
相聞とは、『万葉集』における歌の分類の一つで、主に恋人や家族、友人など親しい間柄で交わされる贈答歌を指す。互いの消息を尋ね合い、心情を伝え合う内容が多く、特に恋愛を題材とした歌が多い。雑歌・挽歌とともに万葉集の三大部立てを成す。
風聞とは、確かな根拠もなく世間に広まっている噂のことを指す。また、そのような噂を何気なく耳にすることを意味することもある。
側聞とは、直接ではなく他人から伝え聞くこと、あるいはかすかに耳に入ることを意味する。仄聞とも表記される。
異聞とは、世間ではあまり知られていない珍しい話や、風変わりな出来事を指す。特に、伝承や噂として語り継がれるような、奇抜で興味深い内容の話を意味し、「異聞奇譚」などの表現で用いられる。逸聞や風聞と同様のニュアンスを持つ語である。
自分の見聞きしたことが少なく、知識が乏しいことを謙遜して言う語。
聞いた話によればという意を表す。伝聞の事柄を述べる際に用いる語。
聞知とは、耳にすることを通じて知ることであり、また以前から聞き及んでいた事柄を指す。
香を嗅ぎ、その香りを味わい鑑賞することを指す。また、香木や調合された香の香気を識別し、その優劣や種類を見分ける行為も含まれる。同義語に「ききこう」「かぎこう」があり、「ブンコウ」と読む場合もある。
確かな情報源からはっきりと聞き知ること。また、そのようにして得られた信頼できる情報を指す。
聴聞とは、行政機関が重要な決定を行う際に、関係者から意見を聴取する手続きを指す。また、説教や講演などを聴くことも意味し、後者の場合は「聴問」と表記されることもある。
男女間の情愛を帯びた噂や評判を指し、特に恋愛関係や不倫などに関する世間のうわさを意味する。
仄聞とは、はっきりとはしないものの、かすかに聞き及ぶことを指す。人づての不確かな情報や、遠くから届く噂などを意味し、「側聞」と表記されることもある。
叡聞とは、天子や天皇がお聞きになることを指す言葉で、その知らせが天子の耳に届くことを意味する。主に「叡聞に達する」などの形で用いられ、臣下からの上奏や報告が帝王の知るところとなることを示す。
多聞天は毘沙門天の別称であり、仏法を守護し福徳を授ける神とされる。その名は仏の説法を多く聞き、教えを広く聴聞することに由来する。
寡聞浅学とは、見聞が狭く学識の浅いことを意味する四字熟語である。「寡聞」は知識や経験が乏しい状態を指し、「浅学」は学問が浅く深い教養に欠けることを表す。これらを合わせて、広く深い知見を持たない様子を言い表す。
寡聞少見とは、見聞きしたことが少なく、世間の事情に疎いことを意味する四字熟語である。知識や経験が乏しく、物事に対する理解が浅い様子を表し、謙遜の意を込めて自身の未熟さを述べる際にも用いられる。語源は『漢書』「匡衡伝」に遡り、「寡」は少ないことを指し、「寡聞」は見聞が狭いことを示す。
「寡見少聞」とは、見聞きすることが少なく、知識や経験が乏しい様子を表す四字熟語である。『漢書』匡衡伝に由来し、世間知らずで見識が狭いことを意味する。
厭聞飫聴とは、聞くことに飽き飽きし、聞き飽きてしまうことを意味する四字熟語である。曾鞏の「送江任序」に典拠があり、同じような話を繰り返し聞かされてうんざりする様子を表す。
異聞奇譚とは、世にも珍しく風変わりな出来事や、人々の耳目を驚かせるような不思議な話を指す四字熟語である。
聞風喪胆とは、評判や噂を耳にして非常に驚き恐れる様子を表す四字熟語である。「風」は風の音や世間の噂を指し、「喪胆」は肝をつぶすほどの驚きを意味する。つまり、何らかの情報を聞いただけで胆力を失い、ひどくおびえる心境を言い表している。
百聞は一見に如かずとも言い、何度も人から聞くよりも、一度実際に自分の目で確かめる方が確かであるという意味を表す。『漢書』趙充国伝に由来する故事成語である。
博聞彊識とは、広く多くのことを見聞きし、それによって強固な知識や見識を備えていることを意味する四字熟語である。『礼記』「曲礼・上」に由来し、学識が豊かで物事に対する理解が深い様子を表す。