半玉とは、芸者としての修行中の者を指し、一人前と見なされる前の段階にある若い芸者をいう。玉代(芸者を呼ぶ際の料金)が半分であることに由来する俗称で、おしゃくとも呼ばれる。
玉音とは、天皇の言葉を敬って言う表現であり、特に第二次世界大戦終結時に国民に向けて放送された「玉音放送」がよく知られている。また、転じて澄み渡り清らかな音色を指すこともある。「ギョクイン」と読む場合もある。
玉璽とは、古代中国において皇帝が用いた印章の尊称であり、特に玉で作られたものを指す。国家の最高権威を象徴するもので、詔書や重要な文書に押されることでその効力を示した。御璽とも呼ばれる。
玉章とは、相手の手紙を敬って言う語であり、また優れて美しい詩文を指す。
玉代とは、芸者や遊女などと遊興する際に支払う対価を指す言葉である。花代と同義で、主に料亭や遊郭などでの遊びの費用を意味する。
玉斗とは、玉で作られた美しい柄杓のことで、主に酒をくむために用いられる器物を指す。また、転じて夜空に輝く北斗七星のことも意味する。
玉で作られた美しい杯を指す語であり、また杯そのものを雅やかに表現する美称としても用いられる。
玉響(たまゆら)とは、玉が触れ合うかすかな音に由来し、ほんのわずかな時間、一瞬の間を表す雅語である。
玉露は、玉のように美しい露を指すほか、最上級の煎茶を表す。後者の意味では、覆いをかけて栽培した茶葉を用い、旨味と甘みが強く、渋みが少ないのが特徴である。
玉稿とは、他人の原稿や文章を敬って指す言葉で、相手の著作や執筆物に対して敬意を表す表現として用いられます。
神社や神域など神聖な場所の周囲に巡らされた垣のことで、俗界と聖域とを隔てる境界を示す。斎垣や瑞垣とも呼ばれ、清浄を保つ役割を担っている。
玉串とは、神前に供えるための榊の枝に、木綿や紙垂を付けたものを指す。神道儀礼において神霊を招き祀る際に用いられる神具であり、転じて榊そのものを美称する場合もある。
玉算とは、そろばんを用いて行う計算のことを指し、珠算とも呼ばれる。
目玉とは眼球そのものを指し、瞳を含む目の球状の部分を表す。転じて、その形状に似た丸い物体や、特に注目を集める中心となるものの喩えとしても用いられる。料理名の「目玉焼き」は、黄身が眼球のように見えることに由来する表現である。
攻玉とは、本来は玉を磨いて美しくすることを指すが、転じて学問や技芸を修め、自らの人格や能力を高めることを意味する。
紅玉(ルビー)は鋼玉の一種で、赤色を帯びた透明な宝石を指す。七月の誕生石としても知られる。なお、「こうぎょく」と読む場合はリンゴの一品種名を表す。
宝玉を地中に埋めることを原義とする。そこから転じて、優れた才能を持つ者や美しい人物が亡くなったことを悼む喩えとして用いられる。故事は『晋書』に由来する。
拳玉は、木製の玩具の一種で、先端がとがった棒(剣)に穴の開いた玉を刺したり、皿の部分に乗せたりして遊ぶものである。「剣玉」とも表記される。
レダマはマメ科の落葉低木で、地中海沿岸が原産地である。エニシダに似ており、細長い枝と線形の葉を持つ。夏から秋にかけて、黄色い蝶形の花が総状花序をなして咲き、その後には細長いさやを実らせる。主に観賞用として栽培される。
善玉とは、善良な人物や良い人柄を指す言葉である。江戸時代の草双紙などでは、円形に描いた人の顔に「善」の字を書き添えて善人を表現したことに由来し、対義語は「悪玉」となる。
湯玉とは、沸騰した湯の表面に浮かび上がる泡のことを指し、湯花とも呼ばれる。また、高温の湯が飛び散る際に、玉のように跳ねるしずくのことも意味する。
硬玉は輝石の一種で、ナトリウムやアルミニウムなどを含む鉱物である。緑色や白色を呈し、特に鮮やかな緑色のものは翡翠として珍重される。主にミャンマーや中国、日本などで産出し、宝石や装飾品に用いられる。軟玉と対比されることもある。
鋼玉は酸化アルミニウムを主成分とする鉱物で、ダイヤモンドに次ぐ硬度を有する。結晶系は六方晶系に属し、研磨剤やガラス切りなどの工業用途に広く用いられる。不純物により色調が変化し、赤色のものはルビー、青色のものはサファイアとして宝石に加工される。
繭玉とは、正月の飾り物の一つで、木の枝に繭の形を模した餅や団子、あるいは千両箱や小判などの縁起物を結びつけたものである。かつては養蚕が盛んな地域を中心に、新年にこれを飾り、蚕の豊作と養蚕業の繁栄を祈願する習わしがあった。
勾玉は古代の装身具として用いられた玉の一種で、その名の通り「曲がった玉」を意味する。主に縄文時代から古墳時代にかけて製作され、C字形やコの字形をした独特の形状が特徴である。材料としては翡翠や碧玉、水晶などが用いられ、祭祀や権威の象徴として、また副葬品としても重要な役割を果たした。表記としては「曲玉」とも書かれる。
曲玉は古代の装身具の一種であり、主にめのうやひすい、水晶などの石材から作られた巴形をしている。一端がふくらんだ独特の形状が特徴で、「勾玉」と表記されることもある。
肝玉とは、肝臓と魂を合わせた語で、転じて人の気力や胆力を指す。度胸の大きさや物事に動じない精神の強さを表し、「肝玉が据わっている」のように用いられる。
薬玉は、香料を詰めた袋を造花で飾り、五色の糸を長く垂らしたものである。古くは端午の節句に邪気を祓うため、簾や柱に掛けた。現代では、造花などを球状にまとめ、飾り糸を付けたものを指し、式典や運動会などで用いられ、内部から紙吹雪などが飛び散る仕掛けのものもある。
玉砕とは、潔く戦って死ぬことを指す。玉が砕け散るように美しく散るという意から、名誉や忠節を守るために敢然と命を捨てる姿勢を表す。
玉什とは、優れた詩歌を指す言葉であり、また他人の詩作を賞賛して用いる美称でもある。「什」は詩歌を意味し、玉のように美しい詩歌という含みを持つ。
月の異称で、月に兎が住むという中国の伝説に由来する。
玉章は手紙や便り、消息を指す言葉であり、また使者や使いを意味することもある。これは「たまあずさ」が転じた語で、かつて使者が梓の木に結びつけて文書を運んだ故事に由来する。
玉で飾られたすだれを指し、またすだれの美称としても用いられる。「珠簾」とも書き、「ギョクレン」とも読む。
玉佩とは、天皇をはじめとする高位の者が儀式の際に礼服に付ける装飾品を指す。五色の玉を数珠のように連ね、紐を通して垂らしたものである。
玉葱はユリ科の多年草で、西南アジアが原産とされる。葉と茎は内部が空洞の円筒形をしており、地中に形成される鱗茎が食用として広く利用される。夏に「葱頭」と表記されることもある。
玉と絹織物を指し、古代中国において諸侯や属国の王が天子に謁見する際に献上する貢ぎ物として用いられた。
玉蘭はモクレン科の落葉高木で、中国を原産とする。早春に芳香のある純白の大輪の花を咲かせる。別名ハクレンやビャクレンとも呼ばれ、漢名に由来する春の季語である。表記としては「白木蓮」とも書く。
玉柏はヒカゲノカズラ科に属する多年生のシダ植物で、深山の樹木の下などに自生します。よく枝分かれし、杉の葉に似た鱗状の小さな葉を密生させるのが特徴です。漢名に由来する名称であり、「万年杉」と表記されることもあります。
玉黍はトウモロコシの別称であり、特に玉蜀黍(とうもろこし)を指す古風な表現である。粒が宝石のように美しく連なる様子からこの名がついたとされる。
佩玉は、古代の貴人が腰帯に下げて用いた装飾用の玉のことで、歩行時に触れ合って音を発する仕組みになっている。
碧玉は青や緑色の美しい宝石を指し、転じて澄み渡った空や水の青さを形容する際にも用いられる。また、不純物を含む不透明な石英の一種を指し、赤、緑、黄褐色などの色彩があり、印章や指輪などの装飾品に加工される。
翠玉とは、緑柱石の一種で特に青緑色を帯びた透明な結晶を研磨して得られる宝石を指す。エメラルドとも呼ばれる。
玉鈴花はエゴノキ科の落葉高木で、山地に自生する。初夏に白色の花を総状花序に多数つけ、その花房が垂れ下がる様子が特徴である。漢名に由来する名称で、「白雲木」とも表記される。
玉案下は、手紙において宛名の左下に脇付として記す敬語表現である。玉で飾られた机を意味する「玉案」に「下」を添え、相手の机の下に置かせていただくという謙譲の意を込め、宛先の人物に対する敬意を示すものである。
玉環菜はシソ科の多年草で、その根茎が食用とされる。漢名に由来する名称であり、日本では一般に草石蚕(ちょろぎ)として知られている。
兵六玉とは、愚かで間の抜けた人物を罵る言葉である。表記は「表六玉」と書くこともある。
「表六玉」は愚かな人を罵る言葉で、「表六」とも言う。漢字では「兵六玉」と書くこともある。
草連玉はサクラソウ科の多年草で、山野の湿地に自生する。夏に黄色の花を多数咲かせることから、別名をイオウソウともいう。その名はマメ科の植物レダマに似ていることに由来し、「黄連花」と表記されることもある。
数珠玉とは、糸に通して数珠を作るのに用いる玉のことで、水晶や珊瑚などの材質が使われる。また、イネ科の多年草の名称でもあり、初秋に穂状の花を付け、灰色で硬いつぼ形の実を結ぶ。この実は数珠作りに利用されたことから、その名が付いたとされる。別名をズズダマともいう。
玉蜀黍はイネ科の一年生作物で、中南米を原産地とする。コムギやイネと並んで世界の三大穀物の一つに数えられ、トウキビやナンバンキビなどの別名でも知られる。漢名に由来する「玉蜀黍」という表記が用いられる。
洋玉蘭はモクレン科の常緑高木を指し、漢名に由来する。同種の泰山木(タイサンボク)と同一の植物を表す名称である。
「癇癪玉」とは、癇癪を起こす様子を指す語である。また、子供の玩具の一種で、砂を混ぜた火薬を紙に包んだものを指し、地面に叩きつけると大きな音を立てる。
「肌肉玉雪」は、肌が玉のように滑らかで雪のように白いことを表す四字熟語である。主に若々しい美しい肌の形容に用いられ、唐代の韓愈の「殿中少監馬君墓誌銘」にその出典が見られる。
「懐玉有罪」とは、貴重な宝玉を所持しているだけで罪に問われるという意味で、優れた才能や美徳を持つ者がかえって災いを招くことを喩えた故事成語である。『春秋左氏伝』桓公十年の記述に由来し、真価を理解されぬ者が不当に迫害を受ける状況を指す。
「憐香惜玉」は、女性の美しさや優しさを愛おしみ、大切に扱う心情を表す四字熟語である。香り高い花を慈しむように、また宝玉を惜しむように、女性に対して深い愛情と配慮を示す態度を指す。
「琳琅珠玉」は、美しい玉や宝石が輝き並ぶ様子を表す四字熟語で、転じて優れた人物や美しい文章が集まることを意味する。『世説新語』「容止」篇において、人々が集まる場で優れた人物がひしめく様子を形容した表現に由来する。
良玉精金とは、美しい宝玉と純粋な黄金の意から転じて、優れた文章や詩文を賞賛する表現である。宋代の程頤がその師の文章を評した故事に由来し、内容・形式ともに完璧で、比類ない価値を持つ文芸作品のたとえとして用いられる。
「藍田生玉」は、中国の藍田という土地が美しい玉を産出したことに由来する故事成語である。転じて、名門や優れた家系からすぐれた人物が生まれることを称賛する意味で用いられる。『三国志』呉志の諸葛恪伝に典拠を持つ。
蘭摧玉折は、優れた人物や美しい人の死を悼んで用いられる四字熟語である。その由来は『世説新語』に見え、「蘭摧玉折と為るとも、蕭敷艾栄とは作らず」という言葉に基づく。これは、何の取り柄もなく長く生きるよりも、潔く志を貫いて死ぬことを尊ぶ考え方を表しており、特に賢人や美人の早世を喩える際に用いられる。
宝鈿玉釵は、宝玉で飾ったかんざしやこうがいを指す四字熟語である。転じて、梅の枝の美しさを賞賛する表現として用いられる。『月瀬紀勝』の斎藤拙堂による用例がある。