玉露とは、朝露が玉のように美しく輝く様子を指す言葉である。また、茶の分野では、覆いをかけて栽培した新芽を丁寧に加工した最高級の煎茶を意味し、旨みと甘みが強く、渋みが少ないのが特徴である。
甘露とは、甘くて味わいのよいもの、あるいは美味しいものを指す。また、中国の古い伝説では、天が仁政の兆しとして降らすという甘い露のことをいう。
草木の葉などに宿る露で、光を反射して白く輝いて見えるものを指す。秋の季語としても用いられる。
吐露とは、心に秘めた感情や考えを包み隠さずに言葉に表すことを指す。特に、苦しみや悩みなど、普段は口にしにくい内面の思いを打ち明ける際に用いられる表現である。
披露とは、広く世間に知らせたり、公に示したりすることを指します。特に、新しい作品や情報、あるいは事柄を人々に紹介し、明らかにする際に用いられる表現です。
松露とは、ショウロ科に属するキノコの一種で、海岸近くの松林に発生する。子実体は球状を呈し、食用として珍重されるほか、独特の芳香を有する。また、春先にマツの葉に宿る露を指すこともある。
雨露とは、雨と露を指す言葉であり、自然から降り注ぐ水分を表す。転じて、天地の恵みや広く施される恩恵を意味し、人や物を潤し育てる慈しみの比喩としても用いられる。
内に秘めていた感情や考えが、外に向かって現れ出ること。特に、それまで表に出さなかった心情が自然と表出する様を指す。
感情や考えが自然に外に現れること。また、そのように表れること。
寒露は二十四節気の一つで、秋分の後にあたり、陽暦では十月八日頃に当たる。また、晩秋から初冬にかけて冷たく感じられる露のことも指し、秋の深まりを感じさせる季語としても用いられる。
空気中に含まれる水蒸気が、温度の低い物体の表面に触れて冷やされ、水滴となって付着する現象を指す。特に、窓ガラスや冷たい飲料の容器などに生じる場合が多い。
零露とは、草木の葉先などから滴り落ちる露のことを指す。特に夜間や早朝に冷気によって凝結し、落下する露を表現する雅語として用いられる。
秘密にされていた事柄や隠された悪事などを明るみに出すこと。また、それらをあばき出す行為を指す。
隠されていた事柄や秘密が、はっきりと表面に現れることを指す。内に秘めていたものが外部に知られ、明るみに出る状態を表す。
露台とは、屋根のない台状の構造物を指し、主に屋外に設けられる。建物の外部に張り出して作られた屋根のない床部分を意味し、テラスやバルコニーに類似する。また、屋外に設置された舞台を指す場合もある。夏の季節に利用されることが多い。
屋根や覆いのない、空の下にある状態を指す。自然の風雨や外気に直接触れる場所を表し、野外や屋外と同義に用いられる。
野外に仮設の陣営を設けて宿泊することを指し、特に軍隊が行う野営を意味する。また、そのような形態で設けられた陣営そのものを指す場合もある。
隠していた秘密や悪事などが、外部に知られてしまうこと。
露のように儚く消えやすい命を指す。かろうじて生計を立てることを「露命を繫ぐ」と表現する。
露地とは、屋根などで覆われていない地面を指し、野菜などの栽培に用いられることがある。また、茶道においては茶室に付随する庭園を意味する。さらに、家屋や庭園内の狭い通路を指す場合もあり、後者の二つの意味では「路地」と表記されることもある。
屋外で夜を過ごすことを指し、特に建物や屋根のない場所で寝泊まりすることを意味する。野宿や露臥と同義で、自然環境の中での宿泊行為を表す。
露出とは、隠れていたものが外部に現れること、あるいは表面に現れ出ることを指す。例えば、地層や岩肌などが風化や侵食によってむき出しになる状態をいう。また写真撮影においては、フィルムや撮像素子が光にさらされることを意味し、適切な光量と時間の調整によって画像を形成する過程を指す。
隠されていた事柄や秘密などが外部に明るみに出ること。また、危険なものや有害なものに身をさらすことを指すこともある。
露座とは、屋根や覆いのない屋外の場所に、そのままの状態で置かれたり据えられたりしていることを指す。特に、仏像や石像などが雨風にさらされる環境に安置されている様子を表す際に用いられる。
甘露子はシソ科の多年草で、漢名に由来する名称である。別名を草石蚕(ちょろぎ)ともいう。
如雨露は、草花などに水を注ぎかける際に用いる道具を指す。語源はポルトガル語に由来するとされ、「如露」の表記で「ジョロ」と読むこともある。
枯露柿とは、渋柿の皮をむいて干した後、むしろなどの上で転がしながら乾燥させ、表面に白い粉を吹かせた干し柿を指す。その製法に由来し、「転柿」とも表記される。
ヨーロッパ東部からアジア北部のシベリアにかけて広がる、世界最大の国土面積を有する国家。スラブ系民族を中心とし、首都はモスクワに置かれている。
タコノキ科の常緑小高木で、小笠原諸島などに自生する。幹の下部からは蛸の足のような気根を多数出すのが特徴である。枝先には剣形の葉が密生し、果実はパイナップルに似た形状を呈する。漢名「露兜樹」に由来し、「栄蘭」や「蛸の木」とも表記される。
「薤露蒿里」は、人の命のはかなさを喩える四字熟語である。もとは中国の葬送時に歌われた二つの挽歌の名前に由来し、「薤露」は朝露が乾きやすいことに、「蒿里」は死者の魂が集まるとされる山の名に、それぞれ命の短さや死後の世界を重ねた表現である。秦末の故事を背景に、楽府詩として伝えられてきた。
露往霜来は、秋の露が去り冬の霜が訪れる様子から、時が移り変わる速さを表す四字熟語である。もとは獣の肉付きが良くなる季節の推移を言ったもので、左思の「呉都賦」に由来する。「露往き霜来る」と訓読する。
浮雲朝露は、空に漂う雲と朝の露を指す四字熟語で、はかなく頼りないもののたとえとして用いられる。また、確かさを欠きあてにできない事柄や、時間の切迫している様子を形容する際にも使われる。この語は、『周書』蕭大圜伝に由来し、「浮雲」が定まらない雲を、「朝露」がすぐに消える露を表すことから、両者の儚い性質を重ねて強調した表現である。
風の中で食事をとり、露に濡れながら野宿をすることを指す。旅の苦労や、野外での厦しい生活の様子を表す四字熟語である。
風雲月露とは、詩歌において風や雲、月や露といった自然の風物を題材としつつも、技巧に偏りすぎて社会や人心に益をもたらさない詩文を批判する語である。隋書の李諤伝に由来し、現実の生活に役立たない、単なる風雅の遊びに堕した文芸を指して用いられる。
電光朝露は、稲妻の一瞬の光や朝の露がすぐに消える様子から、物事の存続が極めて短くはかないことを表す四字熟語である。特に、人の命や世の無常を詠う際に用いられ、仏教の無常観に通じる表現としても知られる。
蔵頭露尾とは、頭を隠して姿をくらまそうとしながらも、尾が露わになってしまう様子を表す。物事の一部を隠しても、他の部分が現れてしまい、完全には隠し通せないことの喩えとして用いられる。
草行露宿とは、山野を旅する際に道なき道を草をかき分けて進み、野宿をしながら困難を極める行程を続けることを指す。旅の苦しさと切迫した様子を表し、『晋書』謝玄伝に由来する四字熟語である。
春露秋霜とは、春の露のように慈しみ、秋の霜のように厳しく戒めることを意味する。君主や為政者が恩恵と威厳を併せ持ち、民を導く姿勢を表す四字熟語である。『北史』袁翻伝に由来する。