三助とは、銭湯において湯を沸かす仕事や、客の背中を洗うなどの雑務を担当する男性の使用人を指す言葉である。
伝助とは、伝助賭博の略称であり、目盛りのついた円盤の中心に水平に支えた棒を回転させ、その棒が止まった位置に予め賭けていた目盛りに合致すれば勝ちとなる、街頭で行われる賭博の一種である。
自助とは、他者に頼ることなく自らの力で物事を成し遂げることを指し、特に自己の成長や向上を自力で追求し、実現する姿勢や行為を表す。
助走とは、跳躍や投擲などの動作を行う前に、速度や勢いを得るために一定の距離を走ることを指す。主に陸上競技や体操などで用いられる。
助奏とは、伴奏を伴う独奏や独唱において、主旋律とは異なる旋律を他の楽器で奏でることを指し、その演奏自体を指すこともある。オブリガートとも呼ばれる。
助長とは、物事の成長や傾向を促してより盛んにすることを指す。また、不必要な力を加えることで、かえって事態を悪化させる意味も含む。後者の用法は、『孟子』にある苗を無理に伸ばそうとして枯らしてしまった故事に由来し、過度な干渉が逆効果をもたらす様を表す。
助命とは、本来ならば死に至る状況にある者の命を救うことを指す。特に死刑囚などに対して刑の執行を免れさせる嘆願を行う場合に用いられる。
助役とは、主たる職務を担う者を補佐し、その職務を代行する役職、またはその者を指す。特に地方自治体においては市町村長を補佐する役職として用いられ、2007年の地方自治法改正により副市町村長制度へ移行した。また、鉄道においては駅長を補佐し、その職務を代行する役職を指す場合もある。
助詞とは、単独では用いられず、常に他の語に付いて、その語と文中の他の語との関係を示したり、話者の判断や感情を添えたりする付属語である。活用はなく、「が」「を」「に」「は」「も」「と」「か」「よ」などがこれに当たる。
助勢とは、ある行為や活動に対して力を添え、勢いを増すことを指す。また、そのような支援を行う人を指す場合もある。加勢や助力と同義で用いられ、他者の取り組みを側面から支える行為を表す。
甚助とは、多情で嫉妬心の強い性質を指し、特にそのような性格を持つ男性をいう。嫉妬することを「甚助を起こす」と表現する。
危険や困難な状況に陥った人や物を、そこから救い出して安全を確保する行為を指す。特に、災害や事故の現場において人命や財産を守るための活動を意味する。
不足している部分を補い、助けることを指す。主に、物事が円滑に進むよう支援したり、欠けている部分を埋めたりする行為を表す。例えば、家計の不足を補うためにアルバイトをする場合などに用いられる。
雲助とは、江戸時代に街道や宿場で駕籠担ぎや荷物運搬などに従事した人足を指す。その名の由来は、定住せず雲のように漂泊する様からとも、蜘蛛が網を張って獲物を待つように客を待ち構える様からともいわれる。
佑助とは、力を貸して助けることを意味する。特に天の加護や神仏の助けを指す場合があり、同じ意味で「祐助」と表記することもある。
侘助はツバキの一品種であり、赤や白の一重の小さな花を咲かせる。茶の湯において茶花として珍重される。その由来には諸説あるが、豊臣秀吉の朝鮮出兵に従軍した侘助という人物が持ち帰ったことに因むという伝承が知られている。
助数詞とは、数を表す語に付随して事物の種類や形状、数え方の単位を示す接尾語のことを指します。例えば「一匹の犬」の「匹」や「三本の鉛筆」の「本」などがこれに当たり、ものの性質に応じて適切な助数詞を選択することで、数の表現を具体化します。
天佑神助とは、天の助けと神の加護を意味する四字熟語である。思いがけぬ偶然や幸運によって危機を免れたり、物事が好転したりする様子を表す。同義語として「天祐神助」の表記も用いられる。
助長抜苗とは、成長を助けようとして苗を引き抜くように、善意で行った行為がかえって害を及ぼすことを意味する四字熟語である。『孟子』に由来し、無理な助力が対象を損なう愚かさをたとえた表現である。
鶏鳴之助とは、賢い妻が夫を助けることを指す故事成語である。『詩経』の故事に由来し、賢妃が君主に「臣下は鶏が鳴く頃から働いている」と告げて朝寝を戒め、政務に励ませたという逸話に基づく。転じて、内助の功のたとえとして用いられる。