赤飯は、もち米にあずきを加えて蒸し、あるいは炊き上げた赤みを帯びた飯のことで、祝いの席などで用いられる。あずきの煮汁によって米が赤く染まり、おこわとも呼ばれる。
炊飯とは、米を水とともに加熱し、食用に適する状態に調理することを指す。特に電気炊飯器などの器具を用いて行われる調理行為をいう。
釜飯とは、一人用の小さな釜に米とともに鶏肉や魚介類、野菜などの具材を入れ、調味して炊き上げた料理を指す。
「乾飯」は「かれいい」と読み、米を蒸して乾燥させた保存食を指す。同義語に「ほしいい」があり、「餉」の字を用いて表記されることもある。
強飯は、もち米を蒸して作った飯のことで、通常は小豆などを加えて赤飯にすることが多い。別名をおこわともいい、「こわめし」とも読まれる。
粗飯とは、質素で手間をかけない食事のことを指し、粗餐と同義である。日常のありふれた、特に贅沢でない食事を表す語で、謙遜の意を込めて用いられることもある。
食事をとることを指す。また、転じて生計を立てる意味も含む。「吃飯」と表記されることもある。
飯台とは、食事をとる際に使用する台のことで、主にちゃぶ台や食卓を指す。
中国料理を提供する飲食店に用いられる名称である。本来の中国語では宿泊施設を指す語であるが、日本語では専ら中華料理店の看板や屋号として使われる。
飯に炊いて食べるための米を指し、食用として用いられる米の総称である。
続飯とは、炊いた米粒を押し潰して練り上げた、粘りの強い糊状のものを指す。古くは接着剤や食品として用いられ、ことわざ「考えと続飯は練るほど良い」のように、練り込むことで質が向上するものの喩えとしても使われる。
噴飯とは、あまりにもおかしくて思わず口にした飯を吹き出してしまう様子から転じて、腹を抱えて笑うほど滑稽なことや、そのような事態を指す。
干飯(ほしいい)は、蒸した米を乾燥させて保存や携帯に適した状態にした食品を指す。水に浸すことで容易に食せるため、古くから貯蔵食や旅の携行食として用いられた。「糒」や「乾飯」とも表記される。
赤飯とはイヌタデの別称であり、特にその穂が赤く見えることから、赤い飯粒に喩えてこの名で呼ばれる。
乾飯は、保存に適するよう米を蒸して乾燥させた食品を指す。水に浸して柔らかくしてから食すもので、「干飯」や「糒」とも表記される。読みは「ほしいい」のほか、「かれいい」「かれい」とも読まれる。
「飯櫃」は、本来は炊いた飯を入れる容器を指すが、転じて形がゆがんでいる様子や、物事の状態が整わず正常でないさまを表す。また、楕円形や長円形を指す場合もある。表記としては「歪」と書くこともあり、「いいびつ」が転じた語とされる。
飯事とは、子供が料理や食事の準備、家庭生活の様子を真似て行う遊びを指す。
飯蛸はマダコ科のタコの一種で、内湾に生息する。体長は約25センチメートルほどで、体色は黄褐色から黒褐色を呈する。春の産卵期には、卵が飯粒のように詰まっていることが名称の由来となっている。食用として利用され、「望潮魚」と表記されることもある。
チャーハンとは、炊いた米飯を油で炒め、豚肉や野菜、卵などの具材とともに調味して仕上げる中国料理を指す。焼き飯とも呼ばれる。語源は中国語に由来する。
飯盒とは、主にアルミニウム製で携帯に適した、底が深く炊飯にも用いられる容器を指す。野外での調理、特に登山やキャンプなどにおいて、米を炊いたり簡易な煮炊きをしたりするのに便利な道具である。
飯櫃は、炊いた米を保存するための蓋付きの木製容器を指す。主に家庭で用いられ、保温や乾燥を防ぐ役割を果たす。おひつやおはちとも呼ばれる。
米に雑穀や芋類などを混ぜ合わせて炊いた飯を指す。主食の米を補い、量を増やすために用いられた調理法で、特に食糧事情が厳しい時代や地域において見られた。
加薬飯とは、米に様々な食材を加えて炊き込んだ五目飯の一種で、主に関西地方で用いられる呼称である。
日常においてごくありふれた出来事を指す。食事や茶を飲むような、何の変哲もない当たり前の事柄を喩えた表現である。
朝起きてから朝食をとる前の時間を指す。また、朝食をとる前の短い時間でも簡単にできることから、ごく容易な物事のたとえとしても用いられる。
飯櫃形とは、飯櫃(飯を入れる容器)のような楕円形を指す語である。また、小判形の金貨や銀貨の形状を表す場合にも用いられる。「歪形」と表記することもある。
飯匙倩は、クサリヘビ科に属する毒蛇の一種で、沖縄や奄美諸島に生息する。体色は褐色で、背面に銭形の斑紋が連なる特徴を持つ。その名は、頭部の形状が飯をすくう匙に似ていることに由来するとされる。
一飯之報とは、わずかな恩恵を受けたことに対して、それに報いることを意味する。転じて、些細な恩義でも決して忘れず、必ず返礼するべきであるという教訓を示す故事成語である。
一飯之徳とは、わずかな恩恵や小さな施しを受けたことに対する感謝の気持ちを表す四字熟語である。たとえ僅かな食事の施しであっても、その恩を忘れずに報いるべきだという教えを含み、受けた恩義を大切にする姿勢を強調する表現として用いられる。
一度の食事を施された恩義を指す。わずかな恩恵であっても、それを忘れてはならないという戒めの意を含む。
一飯千金は、わずかな恩恵にも深く感謝し、それに厚く報いることを意味する四字熟語である。故事によれば、漢代の韓信が貧しい時に川で布を洗う老婆から食事の施しを受け、後に楚王として出世した際にその老婆に千金を贈って恩に報いたという。ここから、たとえ一膳の飯のような小さな恵みでも、千金に値する重い恩義と心得て報いるべきだという教えが生まれた。
一飯君恩とは、わずかな恩恵を受けたことに対して深く感謝し、その恩義を忘れずに報いようとする心構えを表す四字熟語である。
旅の途中で一晩の宿を貸してもらったり、食事を恵んでもらったりするなど、わずかな世話を受けることを指す。特に、そうした些細な恩義であっても決して忘れてはならないという戒めの意味で用いられ、「一宿一飯の恩義」という形で使われることも多い。
「飯後之鐘」は、食事を終えた後に鳴らされる鐘の音を指す四字熟語である。転じて、物事が終わった後に訪れる安堵や静寂、あるいは時機を逃した後の無意味な行為を暗示する表現として用いられる。