胸の中に込み上げてくる、複雑で多様な感情の総称を指す。喜びや悲しみ、懐かしさや後悔など、様々な思いが入り混じった心の状態を表す。
万機とは、君主や政府が扱うべき国家の重要な政務全般を指し、特に天下を治める上で肝要な多くの事柄を意味する。
万能とは、あらゆる物事に対して効果を発揮する性質を指し、例えば「万能薬」のように用いられる。また、様々な分野にわたって優れた能力を備え、何でも巧みにこなす様子も表し、「スポーツ万能の人」などの表現で使われる。なお、「マンノウ」と読む場合は、除草などに用いる農具の意味を持つ。
万古とは、極めて長い時間を経ても変わらない永遠の状態を指す。また、三重県四日市地方を中心に生産される陶磁器、万古焼の略称としても用いられる。
「万万」は、強い否定を表す副詞で、後に打ち消しの表現を伴って「決して~ない」という意味を強調します。また、十分に、すべてにわたってという意味で用いられることもあり、例えば「万万承知」のように、完全に理解していることを示します。
世界中のあらゆる国々を総称する語。多くの国々が集まる様子や、世界全体に及ぶ広がりを表す際に用いられる。
万乗とは、中国の周代において戦時に兵車一万台を出すことができたことに由来し、天子を指す語である。転じて、天子の地位そのものをも意味する。
万世とは、極めて長い年月、すなわち永遠や永久を意味する語である。限りなく続く未来の時代を指し、物事が変わらずに長く続く様子を表す際に用いられる。
万歳は「バンザイ」と読み、長い年月を表すほか、長寿や繁栄を祝う際の掛け声として用いられる。また、めでたい事柄や祝福の言葉としても使われ、場合によっては降参やお手上げの状態を意味することもある。「バンゼイ」とも読まれ、「マンザイ」と読む場合は別の意味となる。
万全とは、あらゆる面で完璧であり、少しの欠陥や手落ちもない状態を指す。準備や対策が周到に行き届き、不測の事態にも対応できるほど確実な様子を表し、例えば「万全の備え」や「体調を万全に整える」などのように用いられる。
万策とは、考えられるすべての方法や手段を指す。通常「万策尽きる」という形で用いられ、もはや打つ手がなく、どうしようもない状態に陥ったことを表す。
万代とは、限りなく長く続く時代を指し、永久や永遠と同義である。世々代々にわたって絶えることなく続くことを意味し、万世とも呼ばれる。
万死とは、ほとんど助かる見込みのない死に直面することを指し、転じて、自らの命を顧みずに危険に身を投じる覚悟や行為を表す。特に「万死に値す」などの表現で、罪が極めて重く、命を幾つかけても償い切れないことを意味する。
すべての事柄や物事を指す語で、準備や手配などが完全に整っている状態を表す際に用いられる。また、あらゆる可能な方法や手段を尽くすという意味合いでも使われる。
万難とは、数多くの困難や障害を指す言葉である。あらゆる種類の障壁や難事を総称しており、それらを押しのけて物事を成し遂げるような状況で用いられる。
万力とは、工作物をしっかりと挟み込んで固定するための工具であり、主に金属加工や木工などの作業において使用される。その構造は、ねじを回転させることで顎が開閉し、対象物を保持する仕組みとなっている。
万緑とは、夏の盛りに草木が生い茂り、見渡す限り一面に広がる濃やかな緑の情景を指す。
ヤブコウジ科の常緑小低木で、暖かい地域の山林に自生する。夏に小さな白い花を咲かせ、後に赤くて丸い実をつける。冬に実が美しく、センリョウよりも観賞価値が高いとされる。
万一とは、極めて稀に起こりうる事態を指す。また、そのような稀な場合に備えて用心することを意味する。さらに、仮にそうなった場合を想定する際の仮定表現としても用いられ、「もしも」と同様の用法を持つ。
非常に多くの書物や巻物を指す表現で、書物の膨大な量を強調する際に用いられる。
万歳とは、正月に烏帽子や素襖姿の芸人が家々の門口を訪れ、鼓を打ちながら祝言を述べて舞う門付芸のことを指す。また、その芸を行う者自体を指す場合もある。読みが「バンザイ」や「バンゼイ」の場合は別の意味となる。
万灯とは、神仏に供える多数の灯火を指し、数多くの灯明を意味する。また、木枠に紙を張った箱形の行灯に火を灯し、長い柄を付けて捧げ持つ祭礼用具のこともいう。
非常に長い年月を指す語で、長い間同じ状態が続き、容易に変わらないことを表す際にも用いられる。
商店において客を装い、隙を見て商品を盗む行為、またその行為を行う者を指す。
あらゆる種類の病気を総称していう語。個々の病名を特定せず、病気一般を広く指す表現として用いられる。
「千万」は「センバン」と読み、程度が非常に甚だしいことを表す。例えば「奇怪千万」のように用いられ、並々ならぬ様子を強調する。また、種々様々なさまを指し、「千万心を砕く」などと表現される。なお「センマン」または「ちよろず」と読む場合は、極めて数量の多い意となる。
巨万とは、金銭や財産など、数量がきわめて膨大であることを表す語である。
「千万(ちよろず)」は、数の非常に多いことを表す語である。特に「八百万(やおよろず)」のように、神々の数など限りなく多いものを指して用いられる。読み方としては「センマン」とも発音されるが、「センバン」と読む場合は別の意味となる。
拳万とは、約束を確かなものとするために互いの小指を絡め合わせる仕草を指す。指切りとも呼ばれ、その由来は「拳固万回」を略したものとされる。
万朶とは、多くの花が咲き誇る枝の様子を表す語で、特に垂れ下がった枝に無数の花が連なる美しい情景を指す。「朶」は枝を意味し、山桜などが満開となって枝を埋め尽くす壮観な光景を描写する際に用いられる。
万籟とは、風が吹くことによって草木や器物など様々なものが立てる音の総称を指す。「籟」は響きや声を意味し、自然の中に生じる多様な物音を表現する語である。
万劫とは、極めて長い時間の経過を表す語で、永久や永劫と同義である。仏教用語に由来し、無限に近いほどの悠久な年月を指して用いられる。
ユリ科の常緑多年草で、暖かい地域の山林に自生し、観賞用としても広く栽培される。根茎から出る革質の葉は光沢があり、夏に淡黄色の花穂を付け、後に赤い実を結ぶ。漢名に由来する「万年青」の名は、その常緑性にちなむ。
万愚節は四月一日に限り、人を欺くような嘘をついても咎められないとする風習を指す。欧米に起源を持ち、日本にも伝わられた春の行事で、一般にエイプリルフールと呼ばれる。
万灯会とは、罪の懺悔や滅罪を祈願し、数多くの灯明を仏や神に捧げて供養する宗教行事を指す。
奇怪千万とは、あまりにも奇妙で理解しがたい様子を強調して言い表す四字熟語である。常識や道理から大きく外れており、その程度が極めて甚だしいことを示す表現として用いられる。
気炎万丈とは、燃え上がる炎のように意気込みが非常に盛んで高揚している様子を表す。特に議論や主張をする際の勢いが激しく、周囲を圧倒するような熱気を帯びていることを指す。
「階前万里」とは、天子が遠方の出来事を階段の前で起こっているかのように明らかに知っており、臣下が欺くことができないことを意味する四字熟語である。『十八史略』に拠れば、唐の宣宗の政治を称える表現として用いられ、遠く離れた地の情勢も詳細に掌握している様を、万里の彼方のことが階前に迫るように感じられるという比喩で示している。
一天万乗とは、天子すなわち天皇を指す四字熟語である。中国周代の制度において、天子の領地は兵車一万台を出すことが定められていたことに由来する。「一天」は天下全体を、「万乗」は一万台の兵車を意味し、それだけの軍勢を動員できる権威を持つ者として天子を表す。
一碧万頃とは、湖や海などの水面が青く澄み渡り、果てしなく広がっている様子を表す四字熟語である。「碧」は青や青緑色を指し、水の色を、「万頃」は非常に広大な面積を喩える。この語は、水と空が一体となった雄大で清澄な景観を描写する際に用いられる。
「一将功成りて万骨枯る」の略。一人の将軍が功績を立てて名を上げる陰には、数え切れないほどの兵士の犠牲があるという意味。戦争の栄光の裏に隠された悲惨な現実を喩えた表現で、唐の詩人曹松の「己亥歳」に由来する。