質問や要求に対して返事をすること。また、その返事そのものを指す場合もある。
質問や依頼に対して、その場でためらわずにすぐに答えること。また、その答えそのものを指すこともある。
相手からの問いかけや働きかけに対して、言葉や態度で返事をすること。また、その返事の内容そのものを指すこともある。
問いかけや呼びかけに対して答える行為、またその内容を指す。口頭や文章による応答を広く含み、迅速さや内容の適切さが評価されることがある。
直答とは、その場で即座に返答することを指す。また、仲介者を介さずに直接答える場合にも用いられる。
問うことと答えること、またそのやりとりを指す。特に禅宗においては、師匠と弟子が仏法の真髄について交わす対話を意味し、公案を通じて悟りを深めるための重要な修行方法とされる。
問題に対する解答、またはそれを記した書面を指す。特に試験や質問への回答として提出されるものをいう。
式典などにおいて、祝辞や送辞に対して返礼の意を述べる挨拶の言葉を指す。例えば、卒業式で卒業生代表が述べる返礼の挨拶などがこれに当たる。
上級機関や上司からの諮問に対して、審議機関や下級機関が意見を述べて回答することを指す。特に審議会などが政府や官庁の諮問に答える場合に用いられる。
質問に対して答えを述べ、事情を説明したり弁明したりすること。また、その内容そのものを指す。
質問に対して文字や文章を用いて答えることを指し、口頭で答える口答と対をなす表現である。試験などで用いられる筆記による解答形式を指す場合もある。
確答とは、曖昧さのない明確な返答をすること、またその返事そのものを指す。質問や要求に対して、肯定・否定をはっきりと示す応答を意味する。
答拝とは、盛大な饗宴の際に主人が堂を降りて客を迎え、互いに丁重に行う拝礼を指す。転じて、丁寧な挨拶や心のこもったもてなしの意にも用いられる。また、「トウハイ」と読む場合もある。
鮓答とは、馬や牛などの胆嚢や腸内に生じる結石のことで、解毒剤として用いられる。牛黄(ごおう)に相当する。古くはモンゴル人が雨乞いの儀式に用いたとされる。
加答児とは、粘膜が細菌などの影響を受けて炎症を起こし、赤く腫れたりただれたりして、多量の粘液を分泌する症状を指す。例えば「大腸加答児」のように用いられ、オランダ語の「カタル」に由来する医学用語である。
一問一答とは、一人が質問を発し、それに対して相手が答えるという形式を繰り返すことを指す四字熟語である。主に問答が交互に行われる対話形式や、そのような形式による議論・質疑応答の様子を表す。古典では『春秋左氏伝』の序の疏に由来する。
問答無益とは、議論や問答をしても何の益もなく、無駄であることを意味する。物事の本質が既に明らかで、これ以上話し合う必要がない場合や、議論しても解決に至らない状況を指して用いられる。
珍問珍答とは、常識から外れた奇妙な質問と、それに対して理屈に合わない奇妙な答えが交わされる様子を表す四字熟語である。
自問自答とは、自分自身の内面に向かって問いを発し、それに対して自分で答えるという心の働きを指す。内省や思索の過程において、自ら問題を提起し、それに対する答えを自らの考えの中で模索する行為を表す四字熟語である。
質問や疑問に対してその場で答えることを指す四字熟語で、特に会議や討論の場などで行われるやり取りを表します。
蒟蒻問答とは、互いの話が噛み合わず、支離滅裂で意味を成さない会話のやりとりを指す四字熟語である。その由来は古典落語にあり、寺の住職の代役を務めることになった蒟蒻屋の主人が、旅の僧との禅問答で見当違いな受け答えをしたところ、かえって深遠な悟りと見做され感服させたという筋書きに基づく。
愚問愚答とは、愚かな質問とそれに伴う愚かな答えを指す四字熟語であり、内容の乏しい、取るに足らない問答の様子を表します。