先客とは、ある場所や店舗などに自分よりも先に到着している客のことを指す。例えば、訪問先に既に他の客がいる場合や、店で待たされる際にその理由として用いられる表現である。
来客とは、人を訪ねてくる客、すなわち訪問客のことを指す。家庭や職場などに訪れる人を総称して言い、予定の有無を問わず用いられる。
客舎とは、旅人が宿泊するための施設を指し、旅先での宿泊場所として用いられる。旅館や宿屋と同義であり、「キャクシャ」と読む場合もある。
客死とは、故郷を離れた旅先や異郷において、その地で命を終えることを指す。特に外国で亡くなる場合に用いられることが多い。
客種とは、来店する客の種類や人柄、性質を指す言葉である。例えば「客種が悪い店」のように、客の質や傾向を評する際に用いられ、客層や客筋と類似の意味を持つ。
政治に関わる人を指す語で、特に政治活動に従事する者を意味する。政治家と同義で用いられるが、「セイキャク」と読む場合もある。
旅館や宿などで偶然同じ部屋に泊まることになった客を指す。また、飲食店や乗り物などでたまたま同席することになった客のこともいう。
食客とは、他人の家に客として遇され、食事や生活の面倒を見てもらっている者のことを指す。居候とほぼ同義で、特に他家に寄食している状態を表す。また、「ショッキャク」と読む場合もある。
客をもてなすこと。特に、店舗やサービス業において来訪者に対応し、世話をする行為を指す。
訪客とは、人を訪ねて来る客、すなわち訪問客のことを指す。
酒に酔った状態にある人を指す語で、特に酒席などで酩酊した客をいう。千鳥足で歩く様子など、酔った挙動を伴う場合に用いられる。同義語に「酔漢」「酔人」があり、「スイカク」と読むこともある。
過客とは、通り過ぎて去って行く人のことを指し、旅人や行き交う人々を意味する。また、訪ねて来た客人を指す場合もある。
遊客とは、定職を持たず遊び暮らす者を指すほか、観光地を訪れる旅行者や、遊郭で遊女を相手に遊ぶ客を意味する。また、「游客」と表記されることもある。
雲客とは、雲の上に住む人の意で、朝廷に仕える高官を指す。また、雲の中に身を置く人、すなわち俗世を離れた仙人や隠者を喩える表現としても用いられる。
賓客とは、特に格式を重んじて扱われる客、あるいは公式の場における客を指す。丁重なもてなしを要する立場の者をいう。
詩歌を詠む人、特に風流を解する文人を指す。中国の詩人屈原の代表作「離騒」に由来し、詩人や風雅な趣を持つ人々を意味する。
知客とは、禅宗寺院において来客の接待や案内を担当する僧侶の役職名である。漢字「客」を含み、読みは唐音に由来する「シカ」とされる。
客人(まろうど)は、訪ねてくる人、すなわち訪問客を指す語である。その由来は「まらひと」が転じたものとされ、まれに来る人という意味に基づく。また、「賓」の字を用いて表記されることもあり、「まれびと」と読まれる場合もある。
客実(まろうどざね)とは、客の中でも特に重要な人物、すなわち主賓や正客を指す語である。また、「賓実」と表記されることもある。
常日頃から親しく交際している客を指す。また、太鼓持ちのように他人の機嫌をとり、おもねる者を意味する場合もある。
客となって身を寄せること、またはその宿となる家を指す。また、旅先での仮の住まいを意味することもある。
客臘とは、昨年の陰暦十二月、すなわち旧暦の年末を指す語である。陰暦における「臘」は十二月を意味することから、過ぎ去った年の最後の月を表す表現として用いられる。
芸者や遊女のもとに通って遊興にふける男性を指す言葉である。遊里に出入りして金銭を支払い、女性の相手を買う客のことをいう。古くは「飄客」とも表記された。
遊里に遊び興じる男性を指す語。花街の客として遊興にふける者をいう。「嫖客」とも書く。
「騒人墨客」は、詩文や書画など風雅な芸事を愛でる文人を指す四字熟語である。「騒人」はもと屈原ら楚の詩人を称したが、後に広く詩人や風流を解する人を意味するようになった。「墨客」は書画や文筆に優れた人を表し、合わせて風雅な文芸に親しむ人々の総称として用いられる。
遷客騒人とは、左遷されて他郷に赴いた官吏や、物思いに沈んで詩歌を詠む文人を指す四字熟語である。中国宋代の范仲淹が「岳陽楼記」で用いた表現で、境遇の変化に心を動かされやすい文人墨客の心情を表している。
『史記』「呂不韋伝」に由来する四字熟語で、多くの食客を抱えていたことを表す。呂不韋が三千人もの食客を養っていた故事から、多くの人材を抱え、盛大な勢力を誇る様子を指す。
主人と客の立場が逆転するように、本来あるべき順序や立場、重要度などが反対になってしまうことを指す。物事の本末が転倒し、中心と周辺の関係が入れ替わる様子を表す。
子墨客卿とは、文人や学者が他国に招かれて賓客として遇されることを指す四字熟語である。揚雄の『長楊賦』に由来し、墨を扱う文人(子墨)が客卿として礼遇される様を表す。転じて、優れた文才を持つ者が他国で重んじられることを意味する。