本来講義や講演を行うべき当人に代わって、その役割を引き受けて行うことを指す。また、そのようにして代わりに講義や講演を行う人そのものを指す場合もある。
長講とは、講演や講談などを長時間にわたって行うことを指す。
天皇や皇族、貴人などの前で学問や知識について講義をすることを指す。
輪講とは、特定の書物やテーマについて複数の参加者がそれぞれ分担して調べ、順番に発表や講義を行う学習形態を指す。主に大学のゼミナールなどで用いられ、参加者は事前に自身の担当部分を深く準備する必要がある。
講義や講演など、他者が行う話を聞くことを指す。特に、大学の授業や公開講座などに参加して、正式な履修生ではなく、話を聞くだけの立場で出席する場合に用いられる。
講演とは、特定の題目について、大勢の聴衆を前にして話をすること、またその話そのものを指す。講話とほぼ同義であるが、やや形式張った場で行われることが多い。
学問や書物の内容について、その意味を解き明かし説明すること。特に大学などの教育機関において、教員が学生に対して行う授業や、その内容を指す。
講座とは、大学において特定の専門分野の研究と教育を担当する教授や助教授などで構成される組織、あるいはそこで行われる講義を指す。また、これに類似した形式で行われる講習会や、出版物、放送番組などについても用いられる語である。
ある主題について筋道を立てて説明し、人々に聞かせること。また、その内容そのものを指す場合もある。
講師とは、講演や講習において講義や指導を行う者のことである。また、学校において専任の教師ではなく、外部から招かれて授業を担当する者を指す場合もある。大学においては、准教授の下位に位置する教育職の職名として用いられ、「専任講師」などの形で使われる。なお、「コウジ」と読む場合は、仏典の講義者や宮中歌会での朗詠者などを意味する。
講釈とは、文章や物事の意味を解き明かして説明することを指す。また、わざとらしく理屈を並べて説明する様子を表し、「講釈を並べる」などの表現で用いられる。江戸時代には、軍学や兵書に通じた者が軍記物を講じたことに由来し、講談の呼称としても使われた。
講談とは、軍記物や武勇伝、仇討ちなどの物語を独特の調子で語り聞かせる話芸である。江戸時代には「講釈」と呼ばれ、専門の講談師によって演じられる。
講義や演説を行う際に用いられる、一段高く設けられた台を指す。教師や講師、演説者が立ち、聴衆に対して話をする場所として機能する。
講堂とは、学校や寺院などにおいて、多数の人々を集めて式典や講演、説法などを行うための広い建物を指す。特に仏教寺院では、僧侶が経典の講義や説教を行う建物として、七堂伽藍の一つに数えられる。
書物を読み、その内容や意味について解説を加えながら進める学習形式を指す。特に古典や専門書など、難解な文章を解釈し、講義する場合に用いられる。
夷講とは、商売の神である夷を祀り、商売繁盛を祈願する行事を指す。主に陰暦十月二十日に行われるが、地域によって実施時期は異なる。冬の季語としても用いられる。
講筵とは、講義や講演が行われる場を指す語である。「筵」はむしろを意味し、そこから転じて学問を講じる座席やその場そのものを表す。
地位や身分の上下を気にせず、堅苦しい礼儀作法にとらわれずに振る舞う宴会のあり方を指す。通常の格式を排し、打ち解けた雰囲気で行われる集いを表す語である。