重陽とは、五節句の一つで、陰暦九月九日に行われる節句を指す。易の考え方では「九」が陽の極みとされ、月と日の両方に九が重なることからこの名がある。菊の節句や重九とも呼ばれ、秋の行事として親しまれている。
落陽とは、夕暮れ時に地平線や水平線に沈みかけた太陽のことで、夕日や入り日とも呼ばれる。一日の終わりを告げる、赤く染まった光景を指す語である。
陽春とは、春のうちでも特に日差しが穏やかで暖かく、草木が芽吹き始める頃を指す。また、陰暦における一月の異称としても用いられる。
陽炎(かぎろい)とは、夜明け前に東の空に揺らめく微かな光を指し、曙光の趣きを帯びる。また、春や夏の日に地面から立ち上るゆらゆらとした気流の揺らぎ、すなわち「かげろう」を意味することもある。表記としては「火光」と書く場合もある。
善い行いをしたことに対する報いが明らかに現れることを指し、特に陰徳を積んだ者が受ける目に見える形での良い結果を意味する。
陽炎は、春から夏にかけて日光で熱せられた地面から、空気が炎のようにゆらめき立ち上る現象を指す。その揺らぎは糸がたなびくように見えることから、糸遊や遊糸とも呼ばれる。かぎろいとも読み、かげろうとも発音される。
陰画を感光紙に焼き付けて得られる写真で、被写体の明暗や色彩が実際と同様に再現されるものを指す。ポジティブやポジとも呼ばれる。
陽狂とは、狂気を装うことを指し、そのような振る舞いをする人物をも意味する。表記としては「佯狂」とも書かれる。
電池などの電流を発生する装置において、二つの電極のうち電位が高い方の極を指す。正極とも呼ばれ、外部回路に対して電流が流れ出る側である。
太陽が発する光線を指し、特に地上に降り注ぐ明るく暖かな光を意味する。自然の恵みとしての側面を持ち、生命の営みや季節の移ろいを感じさせる表現として用いられる。
春の盛りに輝く太陽の光を指し、特に晩春の華やかな陽気を表す。また、若々しく美しい様子を形容する際にも用いられる。
夕方に西の空に沈みかけた太陽、またはそのときの赤く染まった光を指す。時間の経過とともに色合いが刻々と変化し、一日の終わりを告げる情景を象徴する言葉としても用いられる。
岳陽楼は中国湖南省岳陽市の城西に位置する楼閣で、洞庭湖に面した景勝地として知られる。古来より多くの文人墨客が訪れ、その絶景を題材に詩文を詠んだことで名高い。
紫陽花はユキノシタ科の落葉低木で、日本でガクアジサイを品種改良して生まれた園芸種である。初夏に小さな花が集まって半球状の花序を作り、花の色は咲き進むにつれて淡青色から青紫色、淡紅色へと変化するのが特徴である。別名をシチヘンゲやヨヒラともいい、「八仙花」と書くこともある。なお「紫陽花」という漢字表記は、中国の別の植物を指す漢名を誤って転用したものとされる。
陰陽師とは、古代日本の律令制において陰陽寮に所属し、陰陽道に基づいて天文や暦の観測、地相の判断、占いなどの職務を担った官職を指す。中世以降は、民間において加持祈祷などを行う者を広く意味するようになった。「おんみょうじ」とも読まれる。
陰徳陽報とは、人に知られずに善行を積むことを陰徳といい、それがやがて目に見える形で良い報いとなって現れることを意味する四字熟語である。この考え方は、古代中国の書物『淮南子』に由来し、隠れた善行が必ず陽の目を見る形で報われるという道理を示している。
一陽来復は、陰極まって陽の気が再び生じることを意味する。本来は易経に由来し、陰暦十一月の冬至を指すが、転じて厳しい冬の後に春が訪れるように、不運が続いた後に好転が訪れることを表す。また、新年を迎えることの喩えとしても用いられる。
洛陽紙価とは、著書が世間から高く評価され、盛んに売れ読まれることを意味する四字熟語である。その由来は、晋の左思が「三都の賦」を著した際、その評判により人々が争って写本を作ったため、都の洛陽で紙の値段が高騰したという故事に基づく。
陽関三畳は、別れを幾度も繰り返し惜しむことを意味する四字熟語である。唐の詩人王維の「元二の安西に使ひするを送る」(別名「陽関曲」)の第四句を三度繰り返し歌うことで、別れの情を深く表現した故事に由来する。ここで「畳」は繰り返すことを指し、別れの場面での名残惜しい心情を詠んだものである。
有脚陽春とは、春の陽気が足を持って歩き回るかのように、至るところに恩恵をもたらすことを意味する四字熟語である。唐の宰相・宋璟が仁政を敷き、民に慕われた故事に由来し、為政者の徳が広く行き渡り、万物を潤す春のようであることを喩えている。
衡陽雁断は、手紙や音信が途絶えることを意味する四字熟語である。中国湖南省の衡陽にある回雁峰は、雁が南下する際の限界地点とされ、そこを越えると雁も飛来しなくなるという故事に由来する。転じて、遠方にいる人からの便りが絶え、消息が途絶えた状態を喩えて用いられる。