文教とは、学問や教育を通じて人々を教え導くことを指し、広く教育や教化の営みを意味する。特に、文部科学省が管轄する教育行政や、それに関連する政策・制度を指して用いられることも多い。例えば、学校や図書館などの教育施設が集中する地域を「文教地区」と称するように、教育・学術に関わる事柄全般を包括する概念である。
カトリック教会における高位の聖職者で、大司教に次ぐ地位を指す。特定の教区を管轄し、その地域の信徒の指導や教会の管理・監督を司る役割を担う。
布教とは、特定の宗教の教えを人々に伝え、その信仰を広める活動を指す。主に宗教家や信者が、未信者に対して教義を説き、理解と帰依を促す行為をいう。
回教とは、七世紀初頭にマホメット(ムハンマド)がアラビアで創始した一神教で、唯一神アラーを信仰し、コーランを聖典とする。イスラム教のことであり、その呼称は、主に回鶻(ウイグル)民族を経て中国に伝わった際に「回回教」と呼ばれたことに由来する。
邪教とは、人々の心を惑わせる誤った教義を掲げる宗教を指し、社会に害毒を流すような宗教集団を意味する。正しい教えから外れた邪宗とも呼ばれる。
政治と教育、あるいは政治と宗教を指す語で、特に後者の意味では「政教分離」のように国家と宗教の関係を論じる文脈で用いられる。
背教とは、かつて信奉していた宗教の教えに背き、信仰を捨てることを指す。特にキリスト教において、信者が自らの信仰を放棄したり、他の宗教に改宗したりする行為を意味する。
殉教とは、自らの信仰する宗教の教えを守り、そのために命を捧げることを指す。特に迫害や弾圧の中で信仰を貫き通し、死をもって証しを示す行為をいう。
密教とは、大日如来を本尊とし、その深遠な教えを秘伝として伝える仏教の一派である。加持や祈祷などの実践を重んじ、日本では真言宗系の東密と天台宗系の台密の二大系統に分かれて伝承されている。顕教に対する語として用いられることもある。
教訓とは、経験や事例を通じて得られる人生の指針となる知恵や戒めを指す。過去の失敗や成功から学び取り、将来に活かすべき道理や心得を意味し、個人の成長や行動規範の基盤となる。
教護とは、非行に走った児童を保護し、更生を目指して教育と指導を行うことを指す。
他人をそそのかして特定の行為、特に悪事を行うよう仕向けることを指す。法律用語としては、他人に犯意を生じさせて犯罪を実行させる共犯の一形態を意味する。
人々を善い方向へと教え導き、その心や行いをより良いものへと変化させることを指す。また、仏教においては「きょうけ」と読み、衆生を教え導いて仏の道へと入らせるという意味も持つ。
教示とは、知識や方法などを教え示すことを指す。相手に何かを伝え、理解させる行為を表し、「ご教示ください」のように用いられる。
教会とは、キリスト教において共通の信仰を持つ人々の共同体を指すとともに、その信者たちが礼拝や集会を行うための建物、すなわち教会堂をも意味する言葉である。
教授とは、学問や技芸を教え授ける行為を指し、例えばピアノや華道などの指導を行うことを意味します。また、大学や高等専門学校において、特定の専門分野の教育と研究に従事する者の職名、あるいはその人自身を指す場合にも用いられます。
教書とは、ローマ法王が公式に発する訓告文書を指す。また、アメリカ合衆国においては、大統領や州知事が議会に対して提出する、政治方針や勧告を記した文書のこともいう。
教会が正式に認めた教義を指し、またそれを箇条書きにまとめたものを意味する。
教諭とは、学校教育法に基づき、幼稚園から高等学校および特別支援学校において、児童・生徒の教育を担当する正規の教員の職名を指す。また、広義には人を教え導く行為そのものを意味する。
教え鍛えることを指し、特に軍隊において兵士を訓練することを意味する。また、かつて学校の正規科目として行われた軍事訓練を指す場合もある。
特定の宗教を信仰し、その教団に所属する人を指す。信徒や信者と同義で、例えばイスラム教徒のように用いられる。
小・中・高等学校において、校長を補佐し、校務を整理する役職、またその職にある首席教員を指す。
異教とは、自らが信仰する宗教とは異なる宗教を指す。特にキリスト教の文脈において、キリスト教以外の宗教を指して用いられることが多い。
釈迦の教え、すなわち仏教を指す。また、連歌や俳諧において、仏教にまつわる事柄や思想を題材として詠んだ歌や句を意味する。
道教は、古代中国に起源を持つ宗教であり、老子や荘子の思想を基盤としつつ、陰陽五行説や神仙思想、さらには仏教の要素も取り入れて形成された。その教義の中心には、無為自然の生き方と、不老長寿を追求する実践が据えられている。
宗教上の教えを人々に分かりやすく説き聞かせることを指す。また転じて、相手の言動を戒めたり善を勧めたりするために、堅苦しい調子で長々と教え諭す行為をも意味し、往々にして聞き手に退屈さや窮屈さを感じさせるニュアンスを伴う。
動物を人間の意のままに従わせるために訓練すること。特に馬や犬、猛獣などに対して、服従させたり特定の芸を習得させたりする行為を指す。
顕教とは、仏教の教えのうち、経典などによって明らかに説き示されたものを指す。密教の立場から、その奥義を秘した教えに対し、一般に公開され理解しやすい教義を総称していう。顕宗とも呼ばれる。
教え諭し、戒めること。特に、道徳や道理を説き聞かせて、人の行いを正しい方向に導くことを指す。
教鞭とは、教師が授業中に用いる鞭を指す。転じて、教師として教壇に立って教えることを意味し、「教鞭を執る」という表現で用いられる。
大司教とは、ローマ・カトリック教会において司教の上位に位置する高位聖職者の称号であり、通常は大都市を中心とする大司教区を管轄する。
特定の宗教の教義を広めることを使命とする人を指す。特に、キリスト教において異なる文化や地域にその信仰を伝え、布教活動に従事する者をいう。
チベットを中心に発展した仏教の一派であり、俗にチベット仏教とも呼ばれる。ダライ・ラマやパンチェン・ラマを活仏として崇拝する特徴を持つ。
教外別伝とは、禅宗において経典や言語による伝達を超え、師から弟子へと直接心から心へと悟りが伝えられることを指す。文字や言葉に頼らず、以心伝心によって仏法の真髄を継承するという教えのあり方を表す四字熟語である。