塗擦とは、薬剤などを皮膚の表面に塗布し、さらにすり込むようにして浸透させる行為を指す。特に擦り傷などの患部に薬を塗り込む際に用いられる表現である。
塗地とは、地面に倒されて泥にまみれる様子を指す。そこから転じて、戦いや勝負において完全に敗北し、立ち直れないほどの惨めな状態に陥ることを意味する。
塗布とは、液体やペースト状のものを表面に広げて覆うことを指す。特に薬剤や塗料などを患部や材料に均一に塗り付ける行為をいう。
塗料とは、木材や金属などの表面に塗布することで着色や防腐、保護などの効果をもたらす流動性の物質を指す。ペンキや漆、ラッカーなどがこれに含まれ、水性塗料など様々な種類がある。
塗籠とは、寝殿造における母屋の一室で、壁を厚く塗り固めて造られた部屋を指す。主に寝室や物納のための空間として用いられた。
塗物とは、漆を塗って仕上げた器物の総称であり、漆器と同義である。特に木地に漆を塗り重ねて製作された工芸品や日用品を指し、塗師と呼ばれる職人がその製作に携わる。
塗師とは、漆を用いて器物に塗装を施す職人を指す。特に漆器の製作や漆細工に携わる工匠を意味し、「ぬりし」が転じた語である。
若狭塗とは、福井県小浜地方で生産される漆器の一種である。卵殻や籾殻の粉末を色漆に混ぜて塗り重ね、金銀箔を施した後、研ぎ出すことで独特の文様を表す技法、またその製品を指す。
肝脳塗地は、戦場などで惨たらしく殺された様子を表す四字熟語である。肝臓や脳髄が地面にまみれるほどの凄惨な死に様から転じて、主君や国家に対して忠誠を尽くし、いかなる犠牲も厭わない覚悟を喩える意味でも用いられる。『史記』を典拠とし、「肝脳地に塗る」と訓読する。
高い地位について束縛されるよりも、たとえ貧しくとも自由な生活を送ることをよしとするたとえ。荘子が、神に捧げられて尊ばれる死んだ亀よりも、泥の中をのそのそと歩く生きている亀のほうがよいと言い、仕官を断った故事に基づく。
塗抹詩書とは、幼児を指す四字熟語である。幼い子供が大切な書物でさえも無造作に落書きしてしまう様子に由来し、転じて幼児の無邪気ないたずらを喩える表現として用いられる。「塗抹」は塗りつぶす意、「詩書」は儒教の経典である『詩経』と『書経』を指し、合わせて「詩書を塗抹す」と訓読する。
塗炭の苦しみとは、泥にまみれ、炭火で焼かれるような極めて過酷な苦痛や悲惨な境遇を意味する。古代中国の経典『書経』に由来する表現で、人々が耐え難い苦難に陥っている様子を強く印象づける四字熟語である。
道聴塗説とは、路上で聞いた話をそのまま路上で人に語るという意味から転じて、確かでもなく、自分で確かめもせずに、いい加減な受け売りの話を言いふらすことを指す。『論語』陽貨篇に由来し、聞きかじりの知識を軽々しく語ることは、学問や徳を損なう行為であると戒めている。
「霑体塗足」は、体を濡らし足を泥まみれにして田畑で働く姿を表す四字熟語で、苦労の多い労働の様子を指す。『国語』の「斉語」に由来し、「霑」は体を濡らす意、「塗」は泥にまみれる意をそれぞれ含む。
彗氾画塗とは、箒で水をまき、土を塗るように、物事を容易に行うことを意味する。『漢書』王褒伝に由来し、特に政治や統治が円滑に進む様子を表す。
塵飯塗羹は、塵で作った飯と泥で作った汁という意味から、子供の遊びごとを指す。転じて、見かけだけで実質の伴わないもの、あるいは役に立たないものを喩える表現である。『韓非子』の故事に由来し、形式ばかりで中身のない事柄を批判する際に用いられる。