孔聖とは、儒教の祖である孔子を尊んで呼ぶ称である。特にその教えや人格を聖人の域にあるとして崇める文脈で用いられる。
四聖とは、世界の四大聖人とされる釈迦・キリスト・孔子・ソクラテスの四人を総称する語である。
聖人に次ぐ徳の高い立派な人物を指す。特に孔子に次ぐ賢人として孟子や顔回を指して用いられる。
俳句の芸術において卓越した境地に達し、後世に範と仰がれるほどの偉大な俳人を指す。特に松尾芭蕉を称える際に用いられる尊称である。
聖火とは、神聖な儀式において神仏に捧げられる清浄な火を指す。特に近代オリンピックでは、ギリシャのオリンピアで採火され、リレーによって開催地へ運ばれ、競技期間中聖火台で燃やし続けられる火を意味する。
聖賢とは、徳が高く知恵に優れた聖人と賢人を指す。また、清酒を聖人、濁酒を賢人にたとえて、清酒と濁酒の総称としても用いられる。
聖者とは、知徳に優れ人々から尊ばれる人物を指すとともに、特定の宗教において厳しい修行を経て顕著な功績を残した者を意味する。キリスト教の文脈では、殉教や信仰に篤い生涯を送った信徒を特に指す場合がある。
聖寿とは、天子すなわち天皇の年齢、またはその寿命を敬っていう語である。
アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス市北西部に位置する地区であり、世界の映画産業の中心地として広く知られている。
知徳に優れ、物事の道理に通じた人物を指す。聖人と哲人の両方の資質を兼ね備えた者をいう。
宗教の教義の根本となる書物で、聖人や教祖の言行や教え、あるいは神聖な伝承を記したものを指す。キリスト教における聖書、イスラム教におけるコーランなどがその代表例である。
聖堂とは、聖人を祀る建物を指し、特に孔子を祀る聖廟を意味する。また、キリスト教における礼拝のための教会堂をも表す語である。
聖人の母を指す語で、特にキリスト教においてはイエス・キリストの母であるマリアを指して用いられる。
釈迦の説いた教えを指し、またその教えを記録した経典の総称として用いられる。仏法の尊称であり、特に仏教の教義や聖典を敬って呼ぶ語である。
聖躬とは、天子すなわち皇帝の御身体を敬っていう語で、玉体や聖体と同義である。
聖猷とは、天子のすぐれた計略やはかりごとを指す。特に、君主が国家を治めるために巡らす深遠な策略や英知に富んだ方策を意味する。
聖廟とは、聖人を祀る廟を指す。特に孔子を祀る孔廟を意味し、また菅原道真を祀る廟、とりわけ京都の北野天満宮を指す場合もある。「廟」は霊を祀る場所、御霊屋の意である。
聖誕祭はキリスト教においてイエス・キリストの降誕を記念する祭儀を指し、一般に十二月二十五日に行われる。降誕祭とも呼ばれ、冬の行事として広く知られるクリスマスに相当する。
仏教、特に禅宗において、一切の執着を離れた広大な境地を指す。そこでは聖なる者も凡夫も区別がなく、平等であり、あらゆる対立概念を超越した絶対の悟りの状態を表す。『景徳伝灯録』に由来する語。
聖読庸行とは、聖人の書物を読むほどの学識を持ちながら、実際の行動は平凡であることを意味する四字熟語である。『揚子法言』に由来し、知識と実践の間に隔たりがある様を表す。
清聖濁賢は酒の異称である。故事によれば、魏の曹操が禁酒令を出した際、酒を愛する人々が清酒を聖人に、濁り酒を賢人にたとえてひそかに飲んだことに由来する。『三国志』魏志に典拠を持つ四字熟語で、酒を風雅に表現した言葉として用いられる。
聖人無夢とは、徳が高く心身が安らかな聖人は、心にわだかまりや悩みが無いため、夢を見ることがないという意味の四字熟語である。『荘子』大宗師篇に由来する。
三聖吸酸とは、中国の儒教・仏教・道教の三つの教えの聖人たちが、互いの教えの良いところを吸収し合うことを意味する四字熟語です。主に異なる思想や文化が融合し、互いに学び合う様子を表す際に用いられます。